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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.22 ■ TEAM





 ――ヘリコプターのプロペラが空気を叩く様な音を奏でながら、灰色の空の下を飛んでいる。
 日本では珍しい真っ黒なその機体の中では緊張した面持ちを浮かべた三人の少年少女の姿があった。

 工藤 勇太。
 念動力系統の能力者。
 その能力は、数年前の虚無の境界との接触でIO2にも知れ渡っている実力者だ。能力は今も発展途上であるとすら言われ、ジーンキャリア筆頭、鬼鮫。さらには、IO2の最高のエージェントであるディテクターからも一目置かれている。

 護凰 凛。
 神気を操る、凰翼島の巫女。
 鬼鮫と懇意にしているエストと呼ばれた天女からも太鼓判を押された、若いIO2エージェントの一人だ。五級エージェントでありながらも、この作戦に参加するのは無謀だと思われたが、その実力の片鱗や、工藤勇太との連携を鑑みて参戦する事になった。

 柴村 百合。
 元・虚無の境界構成員。
 過去の素性を知る者ならば、彼女を同行させる事には反対するべきだが、“空間接続”と呼ばれる能力を駆使して戦闘出来る事や、内情に詳しい事から、今回の同行が決定。ディテクターの推薦もあった故に、上層部はこれを承諾するに至った。




 たった三人の少年少女を乗せたヘリコプターは、現在東京都新宿区、新宿駅上空を飛んでいた。
 この作戦を打ち立てた武彦はモニターの前で腕を組み、その様子を見つめていた。



「……はぁ」

 そんな武彦の横で、作戦参加者名簿とその能力が書かれたプロフィール表を見つめ、楓は嘆息した。

 ここはIO2東京本部に設けられた、特別対策室。
 全画面のモニターがそれらを映し、何人ものIO2職員が他支部との連絡を取りつつ、状況を集計し、作戦を取り決める場だ。

「どうした?」

「どうしたもこうしたもないわ。あんな三人の子供に、新宿奪還を命じてモニタリングするなんて……。
 武彦、貴方いつから捨て駒を使うような非道な真似をする様になったのよ」

 楓の言葉に武彦は苦い笑いを浮かべた。

 IO2に戻ってから、楓に馨の生存と今の状況を打ち明けた武彦は、勇太のクローン計画について言及したのであった。
 楓から返ってきた答えは、実にあっさりとした研究破棄の承諾である。これには武彦も思わず唖然とさせられたが、楓はそんな武彦に胸中を告げた。

 ――「姉さんから怒られたのよ」

 ただそんな一言をどこか嬉しそうに告げる楓の姿に、武彦は呆れた様な笑みを浮かべた。
 馨が生きていた事。そして、もうすぐ帰って来るという事。
 それはつまり、楓の執念がようやく矛先を下ろすという事になるのだと実感させられる一幕であった。



 ――閑話休題。



 武彦は楓に向かって振り返り、ただ一言告げる。

「まぁ見てろ。他のメンバーがいたら、あいつらにとっちゃ邪魔なのさ」

 禁煙ですが、と言いたげな若い女性職員の視線を無視しながら、武彦は再びモニターを見つめていた。

「能力者達、所定のポイントへと到着を確認しました。空間接続に成功した模様です」

 報告された声を聞いて、武彦は口角を吊り上げる。

「退魔陣、準備は?」
《いつでも行けますよ》

 スピーカー越しに鳴り響いたエストの声であった。

 エストはIO2の人員と機動力を生かし、東京を取り囲む様に退魔の陣を形成するという大仕事に取り掛かっていたのであった。
 事前準備にはあまり時間もなく、発動の確認などはしていなかった。つまりはぶっつけ本番であるが、ワガママを言っている場合ではない。

「――発動しろ」

 武彦の声をきっかけに、エストが陣を発動させる。
 関東全てを取り囲んだ、神気の通り道が淡い光を放ち、そしてそれが弾ける様に上空へと浮かび上がる。

「成功ですね」





◆◇◆◇◆◇◆◇





《――退魔陣の発動を確認した。勇太、周囲の魑魅魍魎の反応はどうだ?》
「確認します!」

 ビルの屋上に降り立っていた勇太が街を見下ろす。
 黒くドロドロとしたスライム状の魑魅魍魎達がその動きを緩慢なものに変え、動いている。

「消えてはくれないみたいですけど、効果はありそうです!」
《了解だ。すぐに掃討を開始しろ》
「了解」

 勇太と凛、そして百合がそれぞれに目を合わせ、強く頷く。

「凛、移動は全て私と勇太がサポートする。アンタの役目は砲台よ」
「えぇ、分かってます」

「勇太、アンタは陽動しながらアレをどうにか一箇所にまとめて。動きが緩慢なら、それも可能だと思う」

「俺も能力で倒せるけど?」

「アンタの能力は、あの巫浄 霧絵や幹部と戦う為にとっておきなさい。わざわざ手札を見せてやる必要ないわ」

「あぁ、なるほど。頭良いな、百合」
「……うるさいわね。行くわよ」
「褒めたのに邪険に扱われるってどうなの……」

 工藤勇太、乙女心を理解するには少々時間が必要になるだろうお年頃である。

「とにかくこの作戦、絶対に成功させないとな……!」





―――
――





「――掃討作戦?」

 IO2内にあるとある会議室。以前楓と会談した際に使われた楕円状のテーブルが置かれた部屋は、今は遮光カーテンによって光は遮られ、テーブルの中央部を上には、ガラス板が吊り降ろされ、そこには東京の映像が映し出されていた。

「そうだ。今、エスト達が東京を覆うように退魔結界とやらを作る準備を行なっている。そこで、敵の注意を引きつけつつ、魑魅魍魎どもが支配した東京を急襲するって心算だ」

 その作戦の概要を説明しているのは武彦であった。
 ここにいるのは、武彦と鬼鮫、そして楓。勇太と凛、それに百合の6名と何名かのエージェントであった。

「一つ宜しいですか?」
「どうした?」

 凛が小さく手を上げて尋ねた。

「東京を急襲したとしても、虚無の境界は今や日本各地の主要都市を襲っています。あわよくば取り返そうにも、虚無の境界の計画には支障はないのではないでしょうか?」

 凛の言葉は確かに一理ある考えであった。

 現在の虚無の境界は日本全国の主要都市を襲い、IO2としても混乱を極めている。いくら東京本部が近いからと言って、今更急襲された都市を奪還した所で意味はないのではないかと考えるのは、妥当な線だ。

 ――しかし武彦は逡巡する間もなく凛へと告げた。

「東京を取り返す。それは最優先事項だ」
「何でです?」

 今度は勇太が訊き返す。

「昨今の虚無の境界の動きを見ていれば判る。

 奴らにとっても東京は何かの目的があって潜伏していたに違いない。それに、もしも日本の主要都市を破壊して連携を破壊する心算で動いているのだとすれば、東京という日本の中心地は奴らにとっても要になる。

 最悪、東京を奪還しようとすれば、巫浄霧絵はともかく、幹部ぐらいは姿を現すかもしれない。

 ――そこを俺達で叩く」

 武彦の目に、見慣れない鋭い眼光が宿る。
 そんな姿を見た勇太は、普段の武彦が見せない表情に息を呑み、そして深い深呼吸を一度、二度と繰り返した。

 周囲の視線を一身に受けながら、勇太は武彦を見つめる。

「で、俺達は何をすれば良いんです?」






――
―――





 ――中空に突如として姿を現した、巫女装束さながらの凛を見つけた魑魅魍魎は一斉にその身体から触手を伸ばし、攻撃を仕掛けようと試みる。

「祓符・明!」

 緩慢となっているその動きなど歯牙にもかけない凛は、印とも文字とも取れる符を投げつけてその一体を霧散させた。

 ――開戦の火蓋が切って落とされたのだ。

 そんな事を改めて感じた勇太は、その近くにいた魑魅魍魎達を視認すると同時に念動力を発動させ、それらを空へと浮かび上げる。

「凛、真っ直ぐ投げなさい!」
「はいッ」

 百合の指示通りに数枚もの護符を空へと真っ直ぐ投げつけた凛。それと同時に、百合が小さく口を開く。

「空間接続《コネクト》」

 浮かび上がった魑魅魍魎の周囲に浮かんだ幾つもの円状の歪みが、護符の通り道を形成し、それらを通って魑魅魍魎を次々と斬り裂いた。

「うっひょー、すげぇなぁ……」

 思わず勇太が声をあげる。
 空間転移を扱える勇太から見れば、百合の能力の凄まじさは一目瞭然だ。その上、中空にそれを一斉に展開するともなれば、空間を把握しなくてはいけない。

 少なくとも自分には無理そうだ、と感心している。

「何腑抜けた声出してんのよ。この調子でサクサク片付けるわよ」
「へーい」





◇◆◇◆◇◆◇◆






「……あ、あの三人は一体……」

 武彦や楓らと共にモニターからその光景を見つめていたIO2エージェントの一人は、目を大きく見開きながらそう呟いた。
 しかしそれは何もその弾性だけではない。先程まで忙しなく動いていた司令室だが、魑魅魍魎を僅か数秒で数十にも及ぶ数を撃破したその光景に、誰もがその手を止め、言葉を失っていたのだ。

 ――その光景を見つめて武彦は口角を吊り上げた。

「おい。あいつらばかりに良い恰好させる訳にはいかねぇだろ」
「――ッ、ハイ!」

 武彦の一言が、彼らを正気に戻したのであった。

 もはや絶望視されていた日本の行く末。それを担う三人の少年少女。そして、そんな彼らを連れて帰ってきた伝説とも呼べるエージェント、ディテクター。

 そんな彼らを前にして、司令室にいる者達は、一縷の希望の光を実感していた。

「勝てる、かもしれない……」

 誰かがついに口を突いて出てしまった言葉。
 それは、東京を襲われ、魑魅魍魎によって動きを制限されたせいで折れかけていた職員全員だからこその一言だ。

 今まさに、打ち震えそうな感覚を抱きながら、彼らは日本全土のIO2へとその映像と共に、発信する。





    ――『反撃を開始する』





 その言葉はその日、日本のIO2全ての職員の心に燻っていた想いを再燃させる事になるのであった。







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