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<東京怪談・PCゲームノベル>


Last Route・Happy smile / 藤郷・弓月

 1つの季節が巡って、また1つの季節が終わって、もう1つの季節がきて……。
 いく度となく繰り返されてきた季節。
 そしていく度となく繰り返してゆく季節。
 千里さん、あなたがいなくなってから、もう4年の月日が経ちます。
 あなたと出会ったこの東京は、目まぐるしいくらいに景色が変わって行っています。
 新しい物がどんどん増えて、古い物が少しずつ消えてゆく。
 それが良いと言う人もいますが、私は少し違います。
 千里さんと出会ってから、少しずつですけど過去も大事なんだなって、思うようになりました。
 あなたは今、どこにいますか?
 檮兀さんは一緒ですか?
 聞きたいことが、話したいことがいっぱいあります。
 あとどれだけ待てばあなたに会えますか?
 早く、会いたいです。

   ***

――……キーン、コーン。

 チャイムと同時に置いたペン。それを鞄の中にしまっていると、聞き慣れた声がしてきた。
「弓月、今日こそはお願い聞いてもらうんだから!」
 そう言って身を乗り出して来たのは、大学生になった最初の日にお話をして友達になった子。
 明るくてかわいくて、友達もすごく多い彼女は話していても楽しい。でも、彼女には1つだけ難点がある。
「合コン行こう! 合コン!」
 そう、この合コンコール。
 入学後すぐに嵌ってしまったらしくて、それ以来ずっとお誘いを受けてる。でも私には行くつもりがないから、いつもこう答えてるんだ。
「何度も言ってるけど、合コンにはいかないよ。拝んでも頭を下げられてもダメなものはダメ。他をあたってちょうだい」
 にこっと笑って残った教本をしまう。そうして鞄を持ち上げようとするんだけど、今度は後ろの方から声がした。
「藤郷君。先日君に訪ねられた本が見付かったぞ」
「え、本当ですか!」
 今度は正真正銘本物の笑顔。
 振り返った先にいたのは今の講義、日本民俗学で教鞭を振るってくれていた先生だ。
 先生は私の笑顔を見ると、皺くちゃの顔に皿に皺を作って本を差出してきた。そこに書かれているのは「古代民族神話・永久の鎖」と言う文字。
「そうです! この本です!」
 長い間探していても会えなかった本。
 もしかしたら先生なら持ってるんじゃないかってダメもとで聞いてみたんだけど、言ってみるもんだな♪
「先生、ありがとうございます!」
 頭を下げて本を受け取ると、先生は感心したように私を見た。その視線に私の目が瞬かれる。
「君は熱心な生徒だな。こんなに古い書物を読みたいなど、なかなかない。ゆくゆくは民俗学の第一人者と――」
 以下略。
 この先生、すごく良い先生だけど話が長いんだよね。
 とりあえず欲しい本も手に入ったし、帰ってゆっくり読もう♪
 私はウキウキしながら本を鞄にしまった。そして今度こそ帰ろうとしたんだけど、すっかり忘れてたよ……。
「弓月って真面目よね。そもそもなんでそんなに合コンダメなのよ。男だっている気配ないのにさー」
 まだいたのね。
 でもまあ、何と言われようと合コンに行く気はないの。それをそろそろわかって欲しいんだけどな。
「私にはやることがいっぱいあるの。だから合コンなんて行ってる暇はないんだよ」
 千里さんがいなくなってから、私は必死に鹿ノ戸家やそれに近いことを調べてまわってる。
 だってもしかしたら、千里さんの体を私が治してあげられるかもしれないでしょ?
「ちょっとくらい良いじゃない。あんた目当ての奴もいるのよー」
 ああ、そう言うこと。
 今日はいつもにも増して食い下がると思ったら、私が来るって約束で引き込んだ男の子がいるんだね。
 とは言っても、それこそ行く訳にはいかないよ!
「だーめ。そう言うのは本当に――って! ごめん、私これから用事あるから! 合コン以外ならいつでも誘って! それじゃ!!」
 ふと見えた時計の針に慌てて鞄を持ち上げ直す。そうして教室を飛び出すと、背後で友人の恨めしそうな声が聞こえたけど、そんなの気にしてる余裕はない!
「急がないと、おじいさん来ちゃってるよ!」
 思わず声を上げて走り出す。
 向かうのは、ここ数年でかなり通い慣れた場所。それも私にとって……ううん、千里さんにとっても大事な場所。
「す、すみません……遅く、なりました……っ」
 息を切らせて到着した私を、初老の男性が迎えてくれる。
 その人は穏やかな笑顔で私を見ると、汗を拭うようにとハンカチを差出してきた。
「お嬢さんはいつも元気ですね。ですが、そんなに走って来なくても大丈夫ですよ」
「で、でも、あまりお待たせする訳には……」
 上がった息を整えながらハンカチを受け取ると、遠慮なく汗を拭う。その上で改めて笑顔を浮かべると、おじいさんは「やれやれ」と笑ってお墓に向き直った。
 そう、ここは千里さんのご両親が眠るお墓。
 1、2ヶ月に1回くらいの割合で来てたら、いつの間にか千里さんのお母さんの親戚の人と仲良くなっちゃった、と言う訳。
 今ではこうしてお墓参りをしながら近況報告をするのが月の恒例なんだよ。
「そう言えばお嬢さん。もうあそこに行くこともなくなりましたか? それともまだ……」
 おじいさんの言う「あそこ」って言うのは、千里さんと最後に会った神社のこと。
 おじいさんの話だと、千里さんはあの神社で寝泊まりすることもあったみたい。言われた場所を調べたら毛布とか出て来たもん。
「まだ、たまに」
 そう苦笑して答えると、おじいさんは困ったように笑いながらお墓に花を供えた。
「こんなに可愛らしいお嬢さんが待ってると言うのに、千里は何をしているのか……」
 私が神社に行くのは決まって寂しいと思った時。
 以前、たまたまおじいさんと神社で会って、その時に泣き顔を見られて白状してから、おじいさんは特に私のことを気にしてくれてる。
 本当に、優しいおじいさんだよね。
「私なら大丈夫です。千里さんたちが抱えてた沢山のことが解決するには時間が必要なんです。だから何年かかっても当然だと思いますし、私なら待ってられます!」
 たとえ、あと何年掛かろうとも。
 そう言って笑った私に、おじいさんは穏やかに微笑んだ。その笑みが少し寂し気だけど、大丈夫。
 だって千里さんは必ず戻って来るんだから!
「それじゃあ、私は家に帰ってやりたいことがありますので!」
 失礼します。そう頭を下げると、おじいさんの優しい声が降って来た。
「……あまり、無理はしませんように」
 本当に、千里さんに似て優しいおじいさん。
「はい、ありがとうございます!」
 私は笑顔でそう答えると、おじいさんの傍を離れて歩き出した。
 本当ならこのまま家に直行するんだけど、今日はもう少しだけ寄り道して帰ろう。
「ここも、全然変わらないな」
 変わってゆく街並みの中で、ここだけが昔のまま。
 彼が働いていた喫茶店がある住宅街は、周りの変化なんて気にしないように時が止まってる。
 まるで私と一緒に千里さんの帰りを待ってるみたい。
「あれ、そこにいるのって……弓月?」
 突然聞こえて来た声に驚いて振り返る。
 そこにいたのは、さっき大学で合コンのお誘いを持ってきた友人だ。その後ろには彼女と一緒に会場に行こうとする仲間の姿もある。
「良い所で会った! こんなところにいるんだから暇よね! だったら一緒に合コン――」
 そう彼女が言ったところで私の耳は聞こえなくなった。
 ううん。聞こえなくなったんじゃない。
 ただ目の前に在るものに釘付けになって、聞けなくなったんだ。
「……千里、さん?」
 ポツリと零した声だけが自分の耳に届く。
 友人の背に立つその人は、最後に会ったときに比べて少しだけ身長も伸びて、顔だちも精悍になってる。
 もしかしたら前以上に凛々しくなったかもしれない。
 すごく会いたくて、春も夏も秋も冬も、あなたがいないことだけが寂しくて、それを補うようにずっと勉強ばかりしてた。
 でも絶対に帰って来る。そう信じてたから、だから必死に頑張って来れた。
「お帰りなさい!」
 そう言って呆然とする友人の脇を通り過ぎると、真っ先に千里さんに駆け寄った。
 彼に会ったら絶対に笑顔で出迎えよう。そう思ってたから、精一杯の笑顔を彼に向ける。
 でも――
「なに泣いてんだ」
 クスリと笑って頬を拭う千里さんに、かあっと頬が熱くなる。だから慌てて涙を拭うんだけど、それでも止まらなくて、私は涙を拭うのを諦めると、そのまま彼を見上げて微笑んだ。
「お帰りなさい、千里さん!」
 後ろでは友人の「誰アレ!?」とか言う声が聞こえるけど、そんなのは気にしない。
 だって千里さんが帰って来たんだよ?
 目の前に千里さんがいるんだよ?
 我慢できるはずがない!
 でもそんな私の気持ちなんてお構いなしに、千里さんが酷いことを言う。
「合コン、行かないのか?」
 これはきっと冗談。笑って言ってるから間違いないんだけど、それでもやっぱりグサッとくるよ。
 私は頬を膨らませて千里さんを見ると、彼と、そして周りの人に聞こえるように言った。
「いきません! だって私には千里さんを世界一の幸せ者にするっていう夢があるんですから!」
「何だその夢」
「千里さんが困っても、この夢は諦めませんよ? 私が覚悟して待ってたぶん、千里さんには覚悟して貰います!」
 そう言って周りの視線なんてお構いなしに彼に抱き付いた。
 直接伝わる温もりに、彼が本物だって実感する。だからそれを味わうように目を閉じると、千里さんの手も、私の背中に回ってくる。
「私、幸せです」
 胸にこみ上げる暖かな光。
 それを抱き締めながら顔を上げると、千里さんの目が見えた。それに「あ」と声を零す。
「目……」
「ああ。なんとか、な」
 そう言って合わさった額に笑みが零れる。
 もう、あの眼帯も必要ないんだ。
 そう思うと肌身離さず持っていた眼帯が少し可哀想かな? でも本当のことだもん。
「千里さん。貴方が居る世界が、貴方が大好きです!」
 これからはあなたと2人。幸せな未来を築いていきたいな。
 良いよね、千里さん♪

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里Lastルートへの参加ありがとうございました。
最後は弓月ちゃんらしい笑顔で前向きなお話になりましたね。
冒頭は弓月ちゃんが千里に宛てて手紙やメールをいくつも書いてるんじゃないかと思い、それを想像しながら書きました。
きっと再開後に、ものすごい勢いで渡されてタジタジになるんじゃないかと(笑

では少しでも楽しんで読んでいただけたなら、嬉しいです。
機会がありましたら、また大事なPC様をお預け頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。