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実録!怪談御伽−百鬼夜行
今日も今日とて平和である。
たとえどこかで税金の取り立てが行われようとも、たとえ誰かが差し押さえにあっていようとも。
6月の雨後の空は、実に澄み切った青だ。
公園のベンチに寄り添う老夫婦がいて、休日の会社員はジョギングに勤しんでいて、子供達は最新のゲームにキャッキャウフフと楽しんでいる。
東京上空に、時空観光船ハッサンが空中で静止していた。
ハッサンの真横には、それよりもやや小型なTC(ティークリッパー)の特務船が並ぶ。
「行っけ〜!」
TCの船とハッサンの乗客口が繋がり、ハッサンへと先陣を切って突入する綾鷹・郁。
水色のセーラー服に4本ほどプリーツの入ったスカートはパリッとのりがきいている。
腕章には大きな丸の中にサと書かれている。
だんっ、と勢いよく扉を開け、やや芝居がかった調子で告げた。
「一つ!人の財布を啜り、二つ!不埒な脱税三昧、三つ!見事に溜まった税金……取り立ててくれよう、桃太郎!」
「わぁっ、桃太郎税理士だ!」
乗客の子供が嬉しそうな声を上げる。
ポーズを決めた郁はにやりと笑い、
「確保ぉー!!」
久遠財務省の特捜部が、TC立ち会いの下で差し押さえを強行した。
関係の無い乗客も巻き添えに、強制連行されるハッサン。
旅行を中断された乗客は阿鼻叫喚の図と化していた。
「せっかくのバカンスなのに台無しよ!!!」
「し、仕事の予定がぁああ」
「すみませんすみませんすみません、実は乗り合わせた飛行機が……」
「ねぇ、ママーおしっこー」
アテンダントも動転していてまったく役に立たない。
乗客一行は、一時公園へ降ろされた。
「どーすんだよコレ」
船を差し押さえられたハッサンの乗客達が途方に暮れている。
遙か久遠の都から出発したハッサンからの乗客は、タコ型やエビ型、ゾンビタイプに芋虫、アメーバと実に多彩だった。
公園の周囲には何事かと一定の距離を保ちつつも、遠巻きに野次馬の視線が集まる。
取り立てには色々と手続きが必要で時間がかかるため、TC地球支社が急遽間に合わせの観光資料を配付した。
表紙には「地球のミステリーハウス!」と題されている。
どこかでみたことがあるような家が写っていた。
「あー……あたしの家」
パンフレットに写っていたのは瀬名・雫の家だった。
怒って添乗員に詰め寄る雫だが、事情もしらないようで平謝りされ気力を削がれていった。
監修する時間がなかったのだ。
「仕方ないわね。雫、私達でやるしかないじゃない」
郁がやってきてハッサン一行を引き連れて観光することに。
どろどろどろ。
おどろおどろしいBGMが鳴り響き、一行を出迎えた。
昼間なのに周囲は暗く、紫や青白い炎が照らしている。
「あたしの……家」
がっくりとうなだれる雫に郁は手を添えた。
雫の家はオバケ屋敷へと全面改造されていた。
しょうがなく一行と一緒に雫の家に入る。
薄暗い廊下が続き、天上からはしだれ柳の枝はが垂れ、周囲にはそれっぽい墓や井戸が置かれている。
「うぎゃあああ!!!」
観光客の悲鳴に驚いて振り返ると、ゾンビの客が両手を挙げて固まっていた。
白目を剥いて気絶している彼の前には、1枚の写真が飾られている。
長い黒髪の女性が這うようにしてこちらへと向かっている様子が飾られた写真で、長い髪の切れ目からギラギラと血走った片眼だけを覗かせてこちらを伺っていた。
それだけでも恐怖に値するが、その写真には何人もの女性が同じように這って、集団でこちら側へと向かっているのだった。
それは以前に雫が仕事で目の当たりにした光景を写真にして飾っているものだった。
「ゾンビが死霊を怖がるってどうなのよ……」
郁は苦笑しつつも改めて写真を見ると、
「確かに、ちょっと怖いかも、ね」
ぷいっと写真から顔を背けた。
バラエティの番組収録と間違われてつつ、何とか一日を終えた一行。
観光のシメにうどん屋に立ち寄るが、
「出て行け−!!」
客の特殊な姿に店を追い出された。
辺りはすっかり夜で、他にここらで食事の出来るお店は開いてなかった。
仕方なくTC秘蔵のおやつを乗客に配って回ると、キィィィンと飛行機の高出力な音が近づいてきた。
ようやく代わりの観光船が到着したのだ。
初夏の風の中、別れを惜しんで一行と抱擁したり、記念撮影をする雫と郁。
「ぐす、お姉ちゃんまたあそんでね」
エビの形をした子供を抱擁し、頷く郁。
「それでは、改めてご旅行をお楽しみ下さい!」
観光船の入り口へと案内する郁。
だが乗船する前に、代わりの観光船は飛び去っていった。
「あ、え……あれ??」
「会社が消滅したみたいですねぇ。どうやら取り立てが相当厳しかったみたいです」
苦笑する元ハッサン添乗員。
「郁、もう出し物がないよ」
雫が困ったように訴える。
郁は仕方なく、盆踊りを踊ってみた。
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