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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


破滅の道、運命の道


 買って来た物をテーブルに置いてから、フェイトは再び小屋を出た。
 アデドラ・ドールの姿が、見当たらないからだ。気になってしまう事に、理由はない。
 それほど探す事もなく、アデドラは見つかった。
 小屋から少し離れた場所で、森の奥の方を見つめながら立っている。
「お帰りなさい」
 フェイトの方を見ずに、アデドラは言った。
「とりあえず、そう言っておくわ。貴方が最終的に、どこへ帰るつもりなのかは知らないけれど」
「……まだ決めてない」
「決めるきっかけ、くらいには、なるかも知れないわね」
 森の奥に、アデドラは右手の人差し指を向けた。
「向こうから、悲鳴が聞こえる……」
「あんたの心の中から、じゃなくて?」
「生きている、子供たちの悲鳴よ」
 子供たち。
 その単語がフェイトに、先程の新聞記事を思い出させた。
 子供たちが、相次いで行方不明となっている事件。
「生きている、ってのは間違いないんだな」
 フェイトは、懐から拳銃を取り出した。
「助けられる……って事なんだよな」
「どうするの?」
 アデドラが、訊いてくる。
「別に、貴方が行く事ないと思うわ。だって休暇中なんでしょう?」
「だから、仕事で行くわけじゃあない」
 答えながらフェイトは、少女が指差す方向へと踏み出した。
 仕事でなければ、何なのか。それはフェイト自身にも、わかってはいない。
 わかっているような気はするが、言葉にはできない。
 言葉にした瞬間、とてつもなく陳腐でつまらないものになる。そんな気がした。


 初めてアデドラと出会った時のように、霧が濃くなってきた。
 その霧の奥に、アメリカと言うよりもヨーロッパ的な城館が建っている。
 子供たちの悲鳴が聞こえる、とアデドラは言っていた。
 確かに悲鳴としか表現しようのない悲痛な思念を、フェイトも感じる。
 それを被害者の思念とすれば。加害者の思念もある。
 悲鳴を上げる者たちに、さらなる責め苦を与え、己の欲望を満たそうとする。そんな悪意に満ちた思いが、城館全体から溢れ出しているのだ。
 IO2には一応、連絡を入れておいた。
 だが増援を待たず、フェイトは単身で、城館の敷地内へと踏み込んだ。増援を待っている間に、捕われた子供たちの身に取り返しのつかない事態が乗じるかも知れないのだ。
 霧は、ますます濃くなってゆく。
 まるで白煙のようでもある霧が、あちこちで渦巻いている。
 渦巻く霧のうねりが、何やら人の顔のようにも見えてしまう。
 フェイトは足を止めた。
 目の錯覚ではない。質量を感じさせるほど濃密な霧が、本当に人面の形を成している。うねり、揺らめきながら、微笑んでいる。
 邪悪な微笑み。
 そう感じながらフェイトは、拳銃をぶっ放した。
 霧の人面が1つ、ニコニコ笑いながら牙を剥き、襲いかかって来たのだ。
 フェイトの銃撃が、霧の人面を擦り抜けてゆく。
 普通の弾丸である。仕事ではないから、対霊銃弾の用意はない。
「くっ……!」
 フェイトは、城館の庭園に倒れ込んだ。
 霧の牙が、左肩の辺りをかすめてゆく。衣服が裂け、微かな血飛沫が飛んだ。
 霧ではあり得ない、物理的な衝撃と痛みを、フェイトは左肩に感じていた。
 単なる霧のうねりではない、凶悪な人面の形をした怪物たちが、あちこちでニヤニヤと牙を剥いている。
 実体を持たない、それでいて実体ある物理的な攻撃を仕掛けて来る怪物の群れ。
 こんなものを生み出す力と技術を持った組織を、フェイトは1つ知っている。
「虚無の境界……!」
 肯定も否定もせず、霧の人面たちが一斉に食らいついて来た。無数の牙が、様々な方向からフェイトを襲う。
 目を閉じ、攻撃を念ずる。フェイトに出来る事は、それしかなかった。
 念が、そのまま力となって迸った。
 霧の人面たちが、一瞬だけ断末魔の形相を浮かべてから潰れて飛び散り、単なる霧に変わって弱々しく漂った。
 フェイトは軽く頭を押さえ、よろめきながらも辛うじて倒れず、踏みとどまった。
 思念を、力に変換する能力。こんなものを使えるようになったのも、あの研究施設のおかげであるとは言える。感謝すべきなのかも知れない、と思う事はある。
 よろめく足取りでフェイトは庭園を横切り、城館の玄関扉に体当たりを喰らわせた。
 そのまま屋内に転がり込み、身を起こしながら拳銃を構える。
 広いエントランスホールのあちこちから、人影が殺到して来た。
 ほとんど刀剣と言ってもいい大型のナイフを手にした、人間の男たち。うわ言のようなものを口々に唱えながら、襲いかかって来る。
「古きものに滅びを……そして、新たなる霊的進化を!」
「それを妨げる者に死を!」
「古き者どもに死と滅びを!」
 何本ものナイフが、凶暴に閃きながら自分に向かって来る。
 フェイトは、手の中で拳銃をくるりと回転させ、銃身を握った。
 相手は人間である。問答無用で撃ち殺すわけにはいかない。
「銃の使い方、間違ってるよな俺……」
 ぼやきつつ、銃身を握ったまま拳銃を振るう。グリップ部分がハンマーのように振り回され、襲い来るナイフを片っ端から叩き落としてゆく。
 得物を失った男たちの顔面に、首筋や鳩尾に、フェイトは拳銃のグリップを叩き込んでいった。殴打の手応えが、銃身から立て続けに伝わって来る。
 倒れた仲間らを踏み越えるようにして、男たちは怯む事なくフェイトに斬りかかり突きかかった。
 拳銃を持った相手に、ナイフ1本で挑みかかる。恐怖を克服している、と言うより恐怖を感じなくなっている。洗脳同然の思想教育、あるいは薬物によって。
 虚無の境界という組織の、最も厄介な部分であった。
「何人かは撃ち殺す、しかないのか……!」
 フェイトが迷いかけた、その時。
「……どうして、殺さないの?」
 言葉と共に、軽やかな気配が降り立った。フェイトの視界の隅で、黒髪がサラリと揺れる。
 アデドラ・ドールが、そこに立っていた。
「人を殺した事、ないわけじゃないんでしょう?」
「……まあ、ね」
 フェイトは見回した。
 ナイフを手にした男たちが、1人残らず倒れている。
「……殺したのか?」
「あたし、人を殺した事はないわよ。魂は奪ってきたけど」
 殺す事と何が違うのか、をフェイトが訊いてみる前に、アデドラは言った。
「魂を奪われると、自分の意思では何か食べる事も出来なくなって、最終的には死んで腐っていくだけ……まあ、殺すのと大して違わないのだけど」
 自分が生ける屍に変えてしまった少年の事を、フェイトはふと思い出した。
 倒れ動けぬ男たちを一瞥し、アデドラはさらに言う。
「この人たちからは、生気をほんの少し吸い取っただけ。放っておけば、そのうち目を覚ますわ……こんな連中、生かしておいてどうするの、という気はするけれど」
 言い捨てて、アデドラはすたすたと歩き出した。
「お、おい……」
「こっちよ」
 歩調を変えず、振り向きもせずに、アデドラは言った。
「子供たちの悲鳴は、こっちから聞こえる……助けに行くなら、早い方がいいと思うわ」


 石造りの、大広間である。
 その中央で、子供たちが30人近く、小屋ほどの大きさの檻に閉じ込められていた。
 人種は様々で、男女の比率もほぼ半々。泣き叫んでいる男の子もいれば、虚ろな眼差しのまま膝を抱えている女の子もいる。恐怖のあまり、心を閉ざしてしまった様子だ。
 その檻の上で、男が1人、発狂した猿の如く喚いている。
「そうら泣け叫べ子供たち! お前たちの恐怖と絶望こそが、賢者の石を完成へと導く鍵となるのだ!」
「人類を滅ぼして霊的進化とやらを起こす……ってのが、あんたら虚無の境界のお題目だったよな確か」
 フェイトは、話しかけてみた。
「その妄想を実現するのに、賢者の石がどう役に立つのかな?」
「滅びるのは愚者のみで充分よ。我ら虚無の境界は永遠に存在し続けるのだ! 賢者の石の力でなあ!」
 男の叫びに呼応したかの如く、そこに何かが出現した。
 一言で表現するなら、巨大な蛸である。
 大型トラックほどの大きさの肉塊から生えているのは、しかし吸盤付きの8本足ではなく、十数匹もの大蛇だった。
 檻の鉄格子をくぐり抜けられる太さの蛇たちが、シャーッ! と凶暴に牙を剥き、子供たちを狙っている。
 そんな怪物を嬉しげに指差しながら、男は喚いた。
「そやつが今から子供たちを貪り食らう! 食われる者どもの命が、恐怖と絶望の念が、そやつの体内で凝縮・精製されて賢者の石となるのだ!」
「……賢者の石がどういうものなのか貴方、全然わかってないわね」
 男の傍らに、いつの間にかアデドラが立っている。
「永遠と言ったわね。それなら永遠に生き続けてみる? あたしの中で」
「な、何だ貴様……」
 うろたえ、よろめき、檻の上から落ちそうになった男に向かって、アデドラは細い片手を掲げた。そうしながら、答える。
「……賢者の石よ」
 アイスブルーの瞳が、仄かな輝きを発したように、フェイトには見えた。
 石造りの大広間。その内部の風景が、歪んだ。
 歪みが、いくつもの、人の顔のようなものを成した。先程の、霧の人面に似ている。
 ……否。あれらとは比べ物にならぬほど凶悪でおぞましい顔面たちが、音声なき絶叫を張り上げながら、錬金術かぶれの男に襲いかかった。多方向から噛み付いた。食らいついた。
 男の、手足が食いちぎられた。胴体が食い破られ、内容物がドバァーッと噴出した。
 噴出したものをガツガツと噛みちぎり咀嚼しながら、人面の群れが声もなく絶叫する……
 何かが、檻の上からドサッと落下して、石の床に横たわった。
 たった今、食い殺されたはずの男である。その身体には、1つの外傷も見当たらない。見開かれた目は虚ろで、一切の光を失っていた。
 まるで、あの少年のように。
 人面の群れは、最初から存在しなかったかの如く、消え失せていた。
「不味いわ……こんな魂は、もうお腹いっぱいだと言うのに」
 アデドラが、静かに呟く。
 フェイトは息を呑んだが、戦慄している場合ではなかった。
 何匹もの大蛇を生やした大蛸が、目の前で猛り狂っている。
 錬金術かぶれの男が、魂を奪われて廃人と化した。そのために制御を失ってしまったようである。
 放っておけば子供たちが食われてしまう状況に、何ら変化はない。
 大蛇の群れが凶暴に口を開き、襲いかかって来る。フェイトも、子供たちもアデドラも、まとめて食い尽くしてしまう勢いだ。
 迫り来る怪物を、フェイトは正面から見据えた。
 怪物を倒した事は、ある。
 まだ工藤勇太という、一介の高校生だった頃。錬金術ではなく陰陽道にかぶれた1人の男が、式鬼という怪物を繰り出してきた。
 化け物。あの男は、そう言っていた。
 この子供たちも、きっとフェイトの事を化け物だと思うだろう。
「化け物でいいよ、俺は……!」
 攻撃の念が燃え上がり、膨張し、あの時と同じ力となって、フェイトの全身から迸った。
「俺は、化け物だから戦える!」
 襲い来る大蛇たちが、その本体たる大蛸が、ズタズタに裂けちぎれて飛び散った。
 巨大な肉の残骸が、石の大広間にぶちまけられる。
 その凄惨な光景の真っただ中に、フェイトは弱々しく倒れ込んでいた。
 化け物だから、戦える。人を守る事も出来る。
 消耗しきった精神力で思考しながらも、フェイトはそれを口には出さなかった。
 誇らしげに口に出すような言葉、ではないのだ。
 複数の足音が聞こえた。
 IO2の捜査官たちが、大広間に踏み込んで来たところである。
 フェイトは力を使い果たした。子供たちの救出は、彼らに任せるしかないだろう。
 アデドラの姿は、いつの間にか消えていた。ただ、声だけが残っている。
「いつか貴方が、自分の化け物を持て余した時……その時は、あたしが貴方を食べてあげる。安心して、と言うのも変かしらね」
 幻聴かも知れないものを聞きながら、フェイトはゆっくりと意識を失っていった。