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幸せの雨 〜藤郷・弓月〜
シトシトと落ちる雨。
鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。
――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。
女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?
貴女と、君と……永遠の幸せを……。
* * *
――千里さん。貴方が居る世界が、貴方が大好きです!
藤郷・弓月からそう告げられて半年。そして鹿ノ戸家に関わる呪いが解けてからも半年。
ここ数か月の変化は目まぐるしく、鹿ノ戸家の呪いを奴と解いて回っていた時期すらも凌駕するほどに充実している。
「……そろそろ時間か」
鹿ノ戸千里は腕の時計に視線を落とすと、僅かに息を吐いて起き上がった。そこにまぶしいばかりの朝日が飛び込んできて目が眩む。
「っ、良い天気だ」
ここ数日は雨ばかり降っていて天気が良くなかった。なので久々の太陽に目が驚いているのかもしれない。
千里は「やれやれ」と息を零し、神社の社から抜け出した。そうして目的の場所に向かおうとするのだが、その足がすぐに止まる。
「げっ」
視線を向けた先に見えた人影。これに思わず声が漏れる。
「あ、千里さん! やっぱりここに居たんですね!」
少しだけ怒ったように駆け寄るのは、千里に好意を寄せる女性――弓月だ。
半年前に再会した時にも思ったが、見た目は立派な女性に成長した。まあ、少しばかり成長が足りない部分もあるが、その辺は仕方がない。
そんなことを考えていると、怒った様子で近付いてくる弓月の足が止まった。
「何で私の家に来ないんですか! 野宿はダメだって言ってるじゃないですか……って、どうかしましたか?」
目の前で彼女を見詰め、千里の首が傾げられる。そして当然のように弓月の首も傾げられると、千里はとんでもないことを口にした。
「しぼんだか?」
「へ?」
何が。そう問い返そうとしたのだろうが、直ぐに言葉の意味に気付いたらしい。かあっと顔を赤く染めて胸を隠すと、鋭い視線で千里を睨み付けた。
「朝からどこ見てるんですか! 今話してるのはそう言うことじゃ――」
「朝じゃなければ良いわけか」
へぇ。と、耳元でささやかれて言葉に詰まる。
肩を強張らせて口をパクパクさせて。
半年間いろいろな自制をしてきたが、少し過保護すぎたかもしれない。この程度でこの反応は……
「可愛いし、まあ良いか」
ぼそっと呟いて弓月の頭を撫でる。
その上で、先ほど彼女が言おうとしていた言葉を思い出す。
弓月が言う「野宿はダメ」というのはそのままの意味。半年前――いや、その前から野宿する癖があった。
出会った頃は他人を近付けないためにそうだったのだが、今は違う。4年前に共に姿を消した人物と同じ家に住んでいる。
それでも家に帰らないのは単なる癖。野宿の方が気楽に寝れるからだ。
そして最初に言っていた「何で私の家に来ないんですか」と言う言葉は、野宿をするくらいなら藤郷の家で暮さないかという誘いの一部。
これも半年前から言われていることで、千里的には悪い気はしない。
弓月の家族は皆良い人で千里のことを温かく迎えてくれる。それにいつでも来て良いとまで言われているのだ。
それでも向かわないのは、野宿とは違う理由があるから。
「ほら、時間ないんだろ。急がなくて良いのか?」
未だに顔を紅くしてぶつぶつつぶやいている弓月に声を掛ける。と、彼女は慌てて時計を見た。
「もうこんな時間! 急がないと!」
「走った方が良いか?」
頭を撫でていた手を離し、ゆったりと彼女の手を取る。そうして握り締めると、同じような強さで手を握り返してくる。
その感覚に笑みを浮かべて顔を覗き込む。
「早歩きで大丈夫です。それより、その……」
「風呂なら銭湯ですませてある。臭わないだろ?」
弓月の考えそうなことはだいたい想像がつく。
「急いで歩くからな。ちゃんとついて来いよ」
千里は顔を寄せることで彼女を安心させ、そのついでにと頬を唇で掠めとる。そうして歩き出すと、顔を真っ赤に染めた弓月も歩き出した。
***
「……これは、どういうことだ?」
憮然とした表情で進行表を眺める千里に、同じく進行表を手にした弓月が笑顔を向ける。
そんな2人の服装はタキシードとウェディングドレスと言うもの。
「ブライダルモデルのアルバイトです♪」
「いや、それはわかるんだけどな? 俺が渡されてる意味がわからねえ」
弓月からブライダルモデルのバイトを受けたと聞き、1人では恥ずかしいと言うから同行したのは確かだ。
だが何故、自分まで参加することになったのか。千里にはそれが不思議で仕方なかった。
「私は千里さんの都合を聞かないと……って言ったんですけど、ここのオーナーの方が千里さんにぜひって」
断ったんですよ? と上目遣いで言う彼女の目を見詰める。その目が少しだけ揺れたのを見て、千里は大きく息を吐いた。
「あ、あの! ダメでしたらもう1度オーナーに――」
「良い」
「え」
驚いたように目を見開く弓月に苦笑する。
「一緒にやりたんだろ?」
弓月の策ではないにしろ、一緒にやりたいと言う想いがあることは彼女の目を見ればわかる。
元々隠し事が出来ない性格だから、問い詰めれば正直に白状するんだろう。それでもそれをしないのは千里が弓月を甘やかしたいからだ。
4年と言う長い月日を、ずっと待ち続けていた彼女。その彼女に出来るのはこんなことくらいしかない。
言葉や物で感謝の気持ちを伝える方法もある。けれどそれだけでは足りない。
そんなものでは十分な想いは伝えられない。だから出来る限りのことをしてあげたいと思う。
厳しくあたって来た期間を思えば、他人から見て甘やかし過ぎだと言われても、千里からすれば全然足りない。もっと甘やかしても良いと思うくらいだ。
「千里さんは絶対似合うと思うんです。だから一生のお願いと言うか、その……」
千里が快諾するとは思っていなかったのだろう。口ごもる彼女に、千里の口からため息が漏れる。
その音にハッとなって弓月の顔が上がった。
不安げに揺れる瞳が問う「呆れましたか?」「駄目ですか?」「怒ってます?」と。
「ばぁか」
ピンッと額を指ではじいて笑う。
「一生のお願いは別の所で使え。予行練習になんか使うんじゃねえよ」
これが予行練習でなくて何だと言うのか。
千里は額を抑えて呆然とする弓月の頭を撫でるように叩き、こちらを見ている従業員に目を向けた。
「中断させて悪かったな。進めてくれ」
バイトの意思はあるが難点が1つだけある。それは、これから行う式がバイトだと言うこと。
千里は隣で必死に説明を聞いている弓月を見ると、フッと笑みを零して自らも目を落とした。
きっと弓月のことだ。
一緒に居られるだけで嬉しいとか、それ以上のことを望むのは贅沢だとか考えているんだろう。
「それでは撮影を始めます。新郎新婦役のお2人は誓いの言葉からスタートして下さい」
撮影は順調に進み、進行役の言葉に従って弓月と向かい合う。
ウェディングドレスを纏う彼女は、普段の可愛らしさはそのままに、どこか大人の色香も纏っている気がする。
「……弓月」
周囲には聞こえない声でそっと囁くと、彼女の不思議そうな目が自分を捉えた。
「余計なこと考えるんじゃねえぞ」
出会えたことに感謝する気持ち、幸せだと思う気持ち、それら全ては弓月が思う以上にいつも感じている。
彼女がそういう思いを懐かせてくれた。
「お前は俺を世界一の幸せ者にするって言ったけどな。そんなのは随分前に達成してんだよ」
だから――
そう言葉を切って弓月のベールを持ち上げる。
不思議そうにこちらを見詰める視線はそのまま。そのことに「相変わらずだな」と思いながら顔を寄せると、僅かに目が見開かれて笑う。
「目、閉じろよ」
そう言って、触れるだけの口付けを落す。
「傍に居ろよ。ただし、家に入るのはもう少し待ってくれ……今の状態でお前の家に入ると、いろいろとマズイんだ。襲わない保証がない」
「!」
クツリと笑って顔を離す。
弓月はと言えば、面食らった顔でこちらを見詰めている。その顔を見て思うのは「馬鹿だな」とか「愛しい」とかいった想い。
「ちょっとちょっと弓月ちゃん! そんな顔しちゃダメだよー! 今の所、もう1度やり直しね……千里君、ごめんねー」
「ふぇ!? ご、ごめんなさいっ!!」
勢い良く頭を下げた弓月に周囲からは「ドンマイ」とか声が聞こえる。けれど千里からすれば役得だ。
「もう何回かNG出すのもアリだな」
ヒッソリそんなことを囁きながら、自らの唇に指を添えた。
―――END...
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 21歳 / 大学生 】
登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 22歳 / 「りあ☆こい」従業員 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『鈴蘭のハッピーノベル』のご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。
この度は、ご発注ありがとうございました!
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