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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.28 ■ 揺さぶり






 冥月、零、そして百合が見つめる中でも続く武彦の尋問。
 冥月の行った拷問にも近い仕打ちは、百合にとってもその光景に僅かに恐怖する程であった。
 同じ組織にいた彼女にとって、冥月が冷徹に戻る、というのは偏に自分の知っている頃の“お姉様”に戻る、という事を意味していたのだが、どうやらそれは違う様だと心中で密かに理解する。

 ――自分は冥月を本当に知ってはいないのではないか。

 そんな思いが胸中には渦巻いていた。
 とは言え、これぐらいの事で百合の心酔ぶりが消えてなくなる、という事には至らず、僅かこの数分後には「冷徹なお姉様もステキ……」と胸中をポジティブに切り替える事は誰も知る由もない。

 その隣に立っていた零は、突然見る事になったその拷問に少々青い顔をしている。

 武彦の尋問から、デルテアがどれほどの情報を持っているかと判断していた冥月は、そんな零の異変に気付き、零の傍へと歩み寄った。

「零、まだこの尋問は続く。少し違う部屋で休んでいるか?」
「……大丈夫、です」
「無理するな。あまり顔色も良くない」

 冥月が手を翳して影の世界を調整し、百合へと声をかけた。

「零を頼む」
「えぇ、解りました」

 冥月に頼まれ、百合は零を連れて影の向こうへと歩き出す。どうやら腰が引けてしまいそうだったらしく、百合に連れられて歩いていく零はゆっくりと辿々しい足取りであった。

 ――未来の妹(仮)にとんでもない姿を見せてしまったと、冥月はこの時、まだ気づいてはいないが、気付いた時には気まずい気分を味わう事になるのは間違いないだろう。

 零と百合が退出した影の空間。そこで武彦は尋問を続けた。

「お前達が動き出したって事は、少なくとも何かやらかすつもりだろう。冥月一人の為に動くはずがない。その目的は?」

 武彦の問いかけに、デルテアは口角を吊り上げるだけで何も語ろうとはしない。
 堪らず武彦もデルテアの頬を叩くが、その程度の事で動じる事はなく、デルテアはそれでも笑みを浮かべていた。

 ――時間を稼いでいる、といった所だろう。

 武彦の尋問は甘い。判断をする時間を与え、答えずとも叩かれる程度なら答える必要はないと判断される。

 いい加減煮詰まっていてもしょうがないのだ。後にIO2が控えている以上、こちらとしては必要な情報を早い段階で手に入れたい、というのが冥月の本音である。

 ――であれば、一体誰が有益な情報を握っているか、だ。

 インテリぶっているデルテア。確かに印象から察するに、この中では立場は上にあるのだろうと察する事が出来る。
 しかし、実際に裏の部分を行うとするならば、やはり影だろう。

 そうなれば、デルテアの横に縛られている陽炎が最も有力な情報を握っている可能性が高い、という事になる。

 だが、影であれば、耐えられない拷問であれば死を選ぶ可能性もある。
 そうなってしまっては、手がかりを得られないのだ。

 冥月はそこまで思考を巡らせ、そして殺気を十二分にその場に放った。突然一帯を包んだその冷たい殺気に、デルテアも思わず僅かに目をむき、息を止めた。

 それでも冥月は何も言わず、ただゆっくりと一人ずつの後ろを足音を立てながら歩いていく。
 言うなればこれは、餓えたライオンに、背中に生肉をつけて立っている様な状態である。
 デルテアの顔にも僅かに緊張が走る。

(……参りましたわ……。先程からの態度を見る限り、拷問というだけで済む相手、とは思えませんわ……。それが策なのか本気なのか……)

 デルテアの困惑は深まる一方だった。

 デルテアにとって黒 冥月という女の本性は測りかねている。
 前情報では殺しをしなくなったが、実力ある能力者。ただそれだけの存在であった。しかしながら今回、自分達は見事に作戦を封殺され、そしてこの状況に追い込まれているのだ。

 前情報が間違いだったとは思えない。デルテアは、グレッツォをベルベットの諜報部隊は信頼して良いと考えている。
 だとしたなら、自分達の行動は逆鱗に触れるきっかけであった、と考えるべきだ。そんな考えがデルテアを支配していた。

 そんなデルテアの心の変化に気付きながら、冥月は一人ずつの背後をゆっくりと歩き、その反応を確かめる。

 陽炎、デルテア、グレッツォ。それらの後ろを歩きながら、デルテアが一体誰を守ろうとするのかを判断しているのだ。
 そして最期に歩み寄ったベルベットの後ろで、冥月は誰にも見えない様に口角を吊り上げた。

(こいつ、か)

 デルテアから伝わる緊張感がピークに達した事を冥月は見落とさなかった。

 武彦が尋問を続けている事を意に介していないかの様なデルテアであったが、さすがにベルベットという幼い子供を狙われる事は危惧していたのだ。

「武彦、私はこいつを調べる」
「ん。あぁ」

 武彦の返事を聞き、冥月はベルベットの頬を叩いて軽快な音を立てた。

「……ん……」

 僅かに意識を取り戻したベルベットが目を開け、正面に立った冥月を見つめ、状況を確認する様に周囲を見回した。

「ベルベット! 何も答える必要はない――ッ!」
「――黙っていろ」

 デルテアの口を冥月が影を操って塞ぎ、ベルベットを睨み付ける。

 状況を察したのか、動揺を顕にしたベルベットがしきりに自分の周囲を見回す。

「フラペア……、フラペア……!」
「お前の大好きなお友達ならそこにある」

 冥月が指を差してフラペアと呼ばれた人形を見せる。
 手に持たせていては能力を使われる可能性が高い。そうならない様に、すぐ傍に置いていたのだが、ベルベットにとってフラペアと呼ばれたその人形はどうやら余程大事なようであった。

 冥月はベルベットの小さな顔に手を伸ばし、顎を掴んで自分を見つめさせた。

「さて、お前の仲間が素直になるまで、私がお前を尋問してやろう」
「――ッ!」

 デルテアの声にならない叫び声。そして隣りに縛られたグレッツォから感じる血の臭いにベルベットは状況を飲み込み、涙目になりながら口を開いた。

「な、何も喋らない……!」
「どうだか、な」

 冥月の言葉と共に、身体が闇の中へと沈んで行く。

「武彦、万が一敵がここに侵入してきても厄介だ。それぞれ別々に隔離する。用があったら前と同じ合図をしてくれ」

「あぁ、分かった」

 グレッツォと陽炎の身体もまた、同じように影の中へと飲み込まれていく中で冥月が淡々と武彦へと告げ、ベルベットの元に向かって影に消える様に移動していく。

「――はぁ……ッ」

 口を押さえつけられていたデルテアが、ようやく影から口を解放されて息を再開する。ひとしきり荒々しく呼吸し、デルテアは武彦を睨みつけた。

「フフ、あの女さえいなければ何も心配する必要はなさそうですわね」

 それは武彦への挑発であった。最悪、自分が殺されても仕方ない。しかしそれでも、情報を渡すつもりは一切ないという気概の表れでもあった。
 しかし武彦は自身を馬鹿にする様なデルテアの言葉など一切気にする様子も見せず、ポケットから取り出した煙草に火を点け、そして紫煙を吐き出した。

「フゥー……。確かに、俺は冥月の様に拷問に能力を使うとかって事は出来ねぇし、な。だが、一つ勘違いしてるみたいだから教えてやる」

 武彦がデルテアを見つめ、再び煙草の煙を吐き出した。

「お前がどれだけ折れずに耐えた所で、他が折れて瓦解しちまえば意味なんてねぇんだよ」

「さしたる問題じゃありませんわ。所詮、私達が知っている情報なんてたいしたものじゃありませんもの」

「インテリぶってる割には、頭が回らねぇな」

「……何ですって?」

 武彦の言葉にデルテアの矜持が擽られたのか、デルテアは武彦を睨み付けた。

「今のお前達の状況、分かってないんじゃねぇのか?
 冥月や俺だけじゃない。IO2全体が既に虚無の境界が動いている事に目を向けている。その気になれば、お前の脳から全ての記憶を読み取る様な真似が出来るヤツまでいるんだ。今お前がやってる挑発も貫こうとしてる意地も、意味なんてねぇんだよ」

 武彦は思い浮かべる。有難い発明品を作り出すおかしな研究者を。実際、記憶を映像化するというトンデモな機械を開発している事は武彦も知っている。もちろん、それはあくまでも武彦がIO2に所属していた頃の話であり、今では実用化されている事までは知らなかったが、そうなっているだろうと当たりをつけるのは容易な事だ。

「そんな……」

 ――馬鹿な真似、出来る訳がない。
 そう一蹴してやろうと考えたデルテアであったが、かつてスカーレットがデルテアに似た様な事を口にした事を思い出し、言葉を飲み込んだ。

 記憶を読み取る事が出来る能力者もいるだろう、と。

 見当違いな推測ではあったものの、その存在を彷彿とさせる武彦の言葉に、デルテアは歯噛みした。

「素直に答える気がないなら、引き渡すまでだ」

 追い打ちをかける様に武彦がデルテアへと告げた。






◆◇◆◇◆◇◆◇





 別空間へと引きずり込まれたベルベットは、正面に立った冥月に対して敵意を顕にしつつ口を固く閉じる。何も答えまいとする姿勢を物語ったその姿に、冥月は自身が幼い頃を思い出していた。

(情報を割り出される前に自害する。それが私達の常識だったが、そういった訓練は受けていない、か。となれば、やはり能力者としての力を買われていただけ。専門的な教育は受けていないのだろう)

 冥月はそう考え、ベルベットに向かって口を開く。

「お前達の目的については、お前と一緒にいたあの喧しい男から聞いた」
「……嘘」
「嘘なものか。さすがに内蔵を抉られて黙ってはいられなかった様だぞ」

 冥月がカマをかける。
 しかし、事実としてグレッツォは冥月に拷問を仕掛けられ、気を失っていた。それはあの血の臭いと静けさから、ベルベットも理解していた。

 しかしベルベットは告げる。

「……グレッツォも私も、目的なんて知らない。所詮は使い捨ての末端」

 その言葉は決して嘘と断じるのは容易な言葉ではなかった。冥月はベルベットのその言葉に僅かに表情を変えた。

「どういう意味だ?」

「私達は代用品にしか過ぎない。実働部隊を仕切るだけの、ただの駒だもの」

 ベルベットの言葉に、冥月は小さく息を飲み込んだ。






to be countinued...




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ご依頼有難う御座います、白神怜司です。

前回の真意が見抜けず、申し訳ありません。
一応今回の冒頭で補足し、反映させて頂きました。

今回は心理描写が多かったので場面展開はあまり進みませんでしたが、
ベルベットの言葉の真意や、デルテアの状況把握など、
次回へのヒキとして利用してもらえれば、と思います。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司