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預言者
――神聖都学園。
巨大複合教育施設。そんな言葉で称される様に、この学園には幼い子供だけではなく、大学生や専門学生など、多くの生徒が在籍しているのだ。
そんな学園の理科室で、今日も授業が行われている。
食塩水の混合に関する授業が行われていた。黒板に書かれていく数式を目にしながら、それぞれの生徒がそれをノートへと写していく。
「はい、ここまでで何か質問はありますか?」
「あの、先生」
「どうしました?」
一人の女子生徒が恐る恐ると手を挙げた。
「湿気やすい食塩は、実は水面に到達する直前に溶けているのではないでしょうか?」
その女子生徒が投げかけた質問が、静かで単調であった授業に波紋を広げる。鋭い疑問を呈した事から、ついには因果律を巡る論議になっている。言うなれば授業の炎上、といった所である。
教師は返答に窮し、議論で授業が潰れたのだ。
――後日。
先日の授業でそんな授業の流れもあったからか、少女は塩についてインターネットを介して調べていた。その中で、少女は不思議な謳い文句を出している塩を見つけた。
「因果律に抗う塩、ソルチモ……?」
まさか先日の授業中に飛び火した、因果律という言葉が出て来るとは思わず、少女はそれの無料試供品を頼んでみる事にした。
同じ授業に参加していた郁にその事を話すと、郁も是非ともそれを見たいと、少女の家へと遊びにいく事になったのであった。
「どうぞ上がって」
「おじゃましまーす」
そう言って入ったのは、雑居ビルの一角にあるとある探偵事務所であった。どうやら少女の兄がそこで探偵稼業を行なっているらしい。住居と一体となったその家で、郁はその不思議な造りを見回していた。
ゆっくりと配達指定時間までを過ごしていた少女と郁のもとに、「ごめんくださーい」と軽快な声が聞こえてきた。宅配便のようだ。
早速郁と少女はそれに飛び付き、中身を確認する。すると、ソルチモと呼ばれるその塩はまるで湿っているかの様に固まり、既に水に溶けている様な状態だったのだ。
「……何これ、不良品?」
郁の言葉に、宅配業者は首を傾げる。
中身は真空状態で保存されていた為、外部からの水の侵入は一切見当たらない。湿っているのだとすれば、それは梱包の段階で不具合が生じたのだろうとしか判別出来ないのである。
しかし、その様子を見た少女は「あ……」と声を漏らしたのであった。
少女が何か思い当たったのである。
そんな少女にどうしたのかと尋ねようと郁が振り返った瞬間、入り口の近くにあった給湯室とも言える一角の水道管が勢いよく破裂した。
塩を出そうとそこの近くまで来ていた郁や配達員は、突然のその出来事を前に、驚きのあまり言葉を失い、勢いよく飛んできた水によって体を濡らされた。
「……な、何なのよー!」
郁が苛立ちを顕に声をあげると、どういう訳か濡れずに済んだ少女はバツが悪そうに苦い笑みを浮かべながら郁へと告げる。
「ソルチモは預言者の一種、って書いてあったんです」
「預言者?」
濡れた苛立ちから訝しげに少女を見つめる郁は、その言葉に耳をピクッと動かして尋ね返した。
聞けば、少女が見たそのサイトで、そんな謳い文句もあったのだと少女は補足する。それを聞いた郁は素直にそのソルチモに興味を抱き、追加注文を頼むのであった。もちろん、これは郁のお金である。
――更に後日。
学園へとやってきた郁は、何処か楽しげな表情を浮かべて少女へとソルチモの話題を振った。
届いたソルチモは再び湿っていた。を箪笥の上に置くと、再びソルチモが濡れていたのだ。そこでソルチモを箪笥の上に置いてみる事にした郁であったが、ソルチモの予言は再び的中した。
雨漏りによって、その場所が濡れたのである。
こんな面白い出来事を前に、郁が黙っていられるタイプではない。少女もまた、そんな不思議な塩を前にして興奮していた。
「ねぇ。この塩をスカイツリーに持って行ったらどうなるかな!?」
興奮気味の郁と少女。完全に悪乗りする形で、二人はスカイツリーに新たに頼んだソルチモを持って意気揚々と出発する事になるのであった。
東京スカイツリー。
そこに至るまでに、今度は一体何が起きるのか。そんな事を賭けながら、少女と郁は楽しそうにその道を歩いていた。
しかし、今回届いたソルチモは完全に水に溶けた状態であった。
これはすなわち、あの水道管破裂よりも惨事が起こる可能性がある、という事だが、この時の郁と少女は、スカイツリーの展望室に行くまでそれを知らずにいた。
「こ、これって……」
「み、水だね……」
ソルチモの中身を二人で確認した途端に、二人の興奮は一気に冷める事になった。
水道管の破裂でずぶ濡れになる程度ならば、塩は多少溶ける程度で済んだ。
しかし、スカイツリーの展望室でこの状態という事は、何かが起きるには違いない。そんな事に思い至った郁は、少女と共に慌ててエレベーターに駆け込み、降りようと試みる。
そのタイミングで、館内に放送が鳴り響いた。
『お知らせします。
温帯低気圧となっていた、台風55号が再び勢力を増している為、安全措置の為、展望室にいらっしゃるお客様はエレベーターで順次、展望室から出て下さい。
繰り返します――』
展望室が騒然とする中、郁と少女はソルチモによってそれがもたらす惨事を理解した。
早く退出しなくては。そんな事を思いながら、エレベーターがようやく開いた。
そこから出てきたのは、アシッド族であった。
「な……ッ!?」
「え……? きゃあッ」
後方に飛び退いた郁と、それに反応出来なかった少女。少女はアシッド族の者によって体を抱きかかえられ、その場で小さな悲鳴をあげた。
(何でこんなトコにアシッド族が……! 過去じゃないの!)
郁は苛立ちながらも事象艇へと連絡を開始しようと試みるが、台風55号の突然のぶり返しのせいで通信が届かない。
苛立ち、外を見つめた郁の目に映ったものは、ここぞとばかりに出てきたアシッド族の宇宙船であった。
「我らは敵に非ず、我らの恩恵を甘受せよ!」
零を抱えたアシッド族の一人がそんな言葉を口にした。
ソルチモがこの世界に出回ったのは、彼らの仕業であった。因果律に抗うこのソルチモを悪用しようと、鉱山を急襲、強奪を企んだのだ。
巻き込まれる形となってしまった郁は、アシッド族が来たその事実を受け入れてソルチモの出処に思考を巡らせたが、今はそんな事をしている場合ではない。
(だめ……! このままじゃ東京も水没して、この過去がアシッド族によって変えられてしまうわ!
誰か、誰かが……――!)
郁はこの状況でも力になれるであろう者を探して思考を巡らせ、そして行き着いた。
「も、もしもし!?」
◆◇◆◇◆◇
スカイツリーの入り口。
アシッド族が占拠していたその場に、一人の女子高校生が歩み寄った。
「寄るな、人間!」
「人間、ね」
少女は不敵な笑みを浮かべると、自身の体を抱きしめる様に俯いた。途端に制服が裂け、皮膚が顕になると、今度はその皮膚ですら裂け始める。
奇怪な現象を前に呆然としているアシッド族の者達。豪雨の中で突如として現れたそれは、さながら人間とは呼べない風貌と成り代わった。
「チィッ、なんだこいつは!」
「ガアァッ!」
慌てて武器を構えたアシッド族を、少女――玲奈は殴り飛ばした。
次々と襲いかかるアシッド族だが、既に玲奈の敵ではない。襲い来るアシッド族をなぎ倒していく。
しかし、水嵩が増した玲奈の足元に、アシッド族の宇宙船が掃射。
身動きが取りにくい状況で、不利な戦いを強いられる事となった。
この状況を降りて見ていた郁は、慌てて環境局に援軍を頼もうと連絡する。非常回線は繋がったものの、しかし答えは否であった。
《嵐のせいでそれは出来ないわ》
「どうして!?」
《どうしてって言われても……。そういえば、協力者はあの三島玲奈ね。だったら、今から転送する物を渡しなさい》
そんな淡々とした言葉と共に送られてきたのは、一つのカプセルであった。
「これって……」
《そ、見た事あるでしょう?》
その言葉を聞くや否や、郁は慌てて玲奈の近くへと駆け寄る。玲奈も銃撃から逃げつつ、郁と合流した。
「まずいかもしれないわよ、これ……」
「ねえ、これ飲んで!」
唐突にそんな事を言われた玲奈は目をキョトンとさせながら、郁の手に握られたカプセルを受け取った。
「……何これ?」
訝しげな表情でそれを見つめた玲奈が郁に尋ねる。しかし郁は「良いから早く!」と急かすばかりである。
「まったく、飲めば良いんでしょ?」
諦めた玲奈がそれを口にし、飲み込む。
すると玲奈の身体が淡い光に包まれ、醜い身体は天使族の姿へと変貌を遂げた。
「あ……、これ、って……」
「私と同じ、だよ」
郁の言葉に、玲奈は込み上がってきた感情を飲み込んだ。
美しい姿となった玲奈だが、絶望的状況は変わらない。そんな事を考えた途端、玲奈の身体にある感覚が蘇っている事に気付いた。
「……お帰り」
小さく呟いた後で、玲奈は飛び出た。
「駆逐なさい」
玲奈の指示と同時に、空から一条の光が飛び込んできた。立ち込めていた暗雲を切り裂き、その光は宙を飛んでいたアシッド族の宇宙船を撃ち抜いたのだ。
美しい姿に戻った玲奈。
そして、戦艦玲奈号の再臨であった。
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ご依頼有難うございます、白神怜司です。
今回はツインという事で、主要人物二人で登場となりました。
零の存在は名前を表記出来ない為、こうして少女として書かせて頂きました。
お楽しみ頂ければ幸いです。
今回でようやくカニ女状態卒業、ですね。
少女としては痛烈なキャラでしたが、何よりですw
それでは、また機会がありましたら、
宜しくお願い致します。
白神 怜司
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