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<東京怪談ノベル(シングル)>


それも日常―U





 車がなんとか行き来出来る程度の道幅の山中を進む、真っ黒なワゴンタイプの車。それらが連なって走っている先に、こんな場所には不釣合いなスポーツカーが斜めに停まっていた。
 ボンネットを開き、ヘッドライトに照らされた若い女性の肢体。ピッタリと張り付いたスカートの上からでも判る、綺麗なラインを象る姿。そして、そこから伸びる美しい脚。
 それらを見た先頭の車の男達は無線機で他の車に停車を告げると、そこから降りて女性へと歩み寄っていく。

「よお、姉ちゃん。どうしたんだ?」

 その後姿から、その女性が上玉であると判断した男は下卑た笑みを押し殺しつつ、女性に声をかけた。
 そこでようやく振り返った女性。その美しさに思わず男は息を呑み、言葉を失った。

 後ろ姿からだけが良い女、というのは今までに何度も見てきた。そんな経験が、男の中で自然とハードルを下げていたのだ。しかし振り返ったその女性はあまりに綺麗な顔立ちをしており、その姿に思わず見惚れてしまったのだ。

 長い濡羽色の黒髪を靡かせ、クスッと笑みを浮かべた女性――琴美。

 琴美の身体を見て、男は唾を飲んだ。
 ピッチリと着こなしたスーツ。その間から見えるブラウスは白く、胸元の膨らみを僅かに覗かせている。
 スーツという姿でありながらも、その妖艶な魅力を余すこと無く発揮しているその服装は、現実味を帯びず、まるで女優がそれを着ているかの様に仕立てられた気すらする程であった。

「ちょうど良かったですわ。車が急に調子を悪くして、困ってましたの」

 その口調から、どこぞのお嬢様かと男は思考を巡らせる。一緒になって降りてきた男も、ヘッドライトに照らされた琴美を見つめ、純粋に見惚れていた。
 それでも彼らはテロリストであり、目的を遂行する為には大掛かりな軍が動いていない今がチャンスである。

 本来ならこんな山奥にいる女をどうこうしている所ではあるが、今はそんな事にかまけている場合ではない、と気を引き締める。

「俺達は急いでるんでな。悪いが通れるだけ動かしたら助けは自分で呼べ」

 それでも車を動かす程度はしてやれば良い、と男は判断した。
 いずれにせよ、それをしない事には自分達も動けないのだ。

「あら、お急ぎですの――?」

 唇の下に人差し指を当てて琴美が微笑む。

「――テロリストのお兄さん方」

 そのゾッとする様な笑みを浮かべながら告げられたその言葉に、男は思わず目をむいた。
 しかし次の瞬間、琴美が両手を勢い良く振る。その動きにも対処出来なかった男だが、その後方にいた男はそれを見て叫ぶ。

「――ッ! ワイヤーだ!」
「が……ッ」

 ヘッドライトによって照らされた銀線が僅かに煌めき、男の首を縛り上げた。そして琴美はヒールのある靴で回し蹴りをして、男の肺から空気を押し出す。
 一瞬での出来事に反応出来なかった男は、薄れていく意識の中で琴美の顔を睨み付ける。

 そこには、恍惚とも取れる笑みを浮かべた女の顔があった。

「チッ、なんなんだ、アイツ! おい、敵だ!」

 目の前で崩れた味方の男。そして、唐突に動き出した琴美に警戒心を顕にする男が声をあげる。しかし琴美はそんな男の対応に慌てて身を隠す事もなく、両手を下ろした。

 その両手に、クナイが現れ、鈍い光を放っていた。

「暗器……!? 時代錯誤も大概にしやがれ!」

 男が手にもった拳銃を琴美に向ける。しかしそれと同時に滑空してきたクナイが銃口に突き刺さった。
 男が銃を構えていなければ、それは確実にその男の胸を貫いただろう。

 しかし、男にはどうにもそれが偶然とは思えなかった。
 まるで銃口を狙っていたとでも言わんばかりに、クナイの先端がそこに突き刺さったのだ。

「行かせませんわよ」

 そんな言葉を放ったその直後、琴美は上半身を低く構えて弾ける様に男に肉薄した。滑る様にその場から男へと近づき、銃口のクナイを抜き取り、そのままクルッと反転した琴美は、男の後頭部をクナイの柄の部分で強打し、意識を刈り取る。
 いくら身体を強靭にしていた所で、脳を揺さぶられてしまえば、空気を失ってしまえば意識は刈り取れる。

 それは単純でありながら、極めて難しい要求である。
 何せそこをピンポイントで攻撃しなければならないのだ。

 しかし琴美は何も躊躇せずに動き出す。





◆◇◆◇◆◇◆◇




「――増援部隊の映像、出ます!」

 司令室に響いたその声に、その場にいた全員の目がモニターに釘付けられた。

 そこに映ったのは、筋骨隆々の男たちが無残に倒れている姿と、その内の残りの三人が逃げていく所を、人間とは思えない程の速さで肉薄した一人の女性の姿であった。

 スーツ姿。しかも、さながら何事もなかったかの様に無傷な琴美が、艶やかな髪を振る。躍動する胸元は、ブラウスが苦しいとばかりに張り詰められ、飛び上がり、スカートから僅かに見えた脚。その美しいまでのラインを惜しげもなく晒しつつも、一人の男の後頭部を捉え、その場に崩した。

「ざ、残敵数2名、です」

 その言葉に周囲がどよめき立つ。
 ナノマシンによって強化された肉体。それに銃の腕前と言い、明らかに彼らはプロと呼ぶのに相応しい実力を持った集団であった。

 にも関わらず、琴美の宣言通り、接敵から8分弱。既に残りは二名だと言うのだ。

 逃げる事も叶わなくなった男達が一矢報いようと振り返り、銃口を向ける。しかしそれよりも早く、琴美は既にクナイを投げ放った。
 男が銃を翳したその手に吸い寄せられるかの様に、クナイは真っ直ぐ男の手の甲へと突き刺さったのだ。

「すご、い……」

 琴美の動きに、思わず声を漏らしたのは着任したばかりの新米であった。

「伝達しろ。
 掃討は間もなく完了する。事後処理の準備を済ませよ、とな」

「は、はい!」

 長官は映像越しに琴美を見つめながら、背筋に僅かに走った悪寒に首を横に振った。

 ――もしも琴美が敵となったら。

 そう考えるだけで、途方も無い脅威にしか感じられなくなってしまう様な気分であったからだ。





◆◇◆◇◆◇◆◇




《ご苦労だった》

 敵勢力の鎮圧に成功した琴美が自身の車に乗り込み、帰路へとつく。
 事後処理に琴美が手を出す事はない。琴美自身、それは別働隊に任せる心算であった為、戦闘中に援護部隊が自分を見つけた事は承知していた。

 一切の汚れもなく、琴美はまるでドライブでもしていたかの様に車を走らせていく。

「……たいした事ありませんでしたわね」
《そう言えるのはお前ぐらいなものだ》

 その言葉に、可笑しそうにクスクスと笑う琴美。
 それは命を賭した戦闘の興奮状態からか、あるいはその死線を潜り抜けた事から溢れてきた満足感からか。

 それが後者だと知る者は少ないだろう。

《明日は休みにする様に手配してある。ゆっくりと休め》
「お言葉に甘えさせて頂きますわ」
《なぁに、数日かかる殲滅でさえ、一晩で終わったんだ。甘えさせてもらったのはこっちだ》

 そう言って、通信は途絶えたのであった。

 琴美は通信を切った後も、恍惚感に頬に朱に染め、くつくつと込みあげてくる笑いを噛み殺す。
 胸元のブラウスのボタンはさらに一つ外され、膨らみは更にその姿を現していた。

 琴美にとってはどうという事もない任務であったのは事実だが、命を賭したやり取りというのは琴美に何にも代え難い達成感を、満足感を与えるのであった。

 そんな興奮を噛み締めながら、琴美は深夜の街の中へと車を走らせていくのであった。





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