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<東京怪談ノベル(シングル)>


それも日常―V





 ナノマシンによる人体強化部隊のテロリスト。
 そんな非常識な集団との戦闘を、一切の難なく遂行させてみせた琴美は翌朝、シャワーを浴びていた。

 昨夜の帰宅は日を跨ぐ寸前であった。
 敵の使っていた銃火器による硝煙の匂いを落とす為にシャワーを浴びてから休んだのだが、翌朝である今は眠気を飛ばす様に冷たいシャワーを身体に降り注がせたのだ。

 バスルームから出てきた琴美は、下着姿のままベッドの上に置いていた携帯電話を確認する。連絡はない。どうやら本当に一日オフをもらえたようだと琴美は実感していた。

 琴美がいくら任務を完璧にこなすとは言え、そしてその美貌を持っているとは言えど、まだ彼女は19歳の少女である。
 本来、19歳の少女と言えば、休みの日は友達と遊んだりとするだろうが、琴美は違った。
 そもそも、育ちからして一般人のそれとは全く違うものなのだ。

 それでも琴美にとって、休日というのはそれはそれで有難いものには違いなかった。特に束縛される事もなく、自由にして良いというのは些か困る部分もあるのだが。

 とにかく、こんな良き日を家でダラダラと過ごす、というのは琴美にとっては勿体無い事である。





 ――茶色のロングブーツに、紺色のプリーツスカート。上着は肩の開いた、白い七分袖の服。胸元は強調される程開いたりはしていないが、その服の上からでも身体のラインはハッキリと判る程だ。

 そんな琴美が靴を踏み鳴らして街を歩いて行く。その姿に、男性だけならばともかく、同じ女性としての羨望の眼差しさえ向けられていくのは当然の事だと言えた。

 琴美は今、街の中を歩いていた。

 あまりに綺麗な存在、といったその風貌。そしてその振る舞いから溢れる気品に、下卑た笑みを浮かべるナンパ男でさえ、その足を進める事は出来ずにいる。そんな彼女の高貴さ故か、中途半端なナンパ騒動など今までされた事すらない、というのが現実である。

 そんな琴美が向かっている先は、有名ブランドの洋服店でもなければ、小洒落た雑貨屋でもない。
 それは一件の古い漢方薬を置いている店であった。

 中は独特の香りが広がり、そして焚かれた香からはさらにその店内の雰囲気に合っている匂いが放たれていた。

 店内は雑然としている、焦げ茶色の家財が置かれている。そして天井約4メートル程までビッシリとカウンターに並べられた木造りの棚。その一つ一つに漢方薬が保管されているのだ。

「おや、久しい客人だ」

 机に座り、煙管を手にした背の低い老婆が琴美に対して口を開いた。その顔は皺がしっかりと刻まれているものの、眼光は鋭く、琴美を値踏みするかの様に向けられている。

「ご無沙汰しておりますわ、店主」
「ヒェッヒェッ、こんな店にまた来るなんてねぇ。何か入り用かい?」

 しがれ気味の声を楽しげに発した老婆は琴美に対して尋ねながらも、その注文のおおよその見当はついていた。

「そうですわね。227番が欲しいと思ったのですけど」

 棚に刻まれた番号は、220番までである。それ以外は特殊な注文番号となる為、自分が特注しているものには番号を教えられるというのがこの店の裏形式となっている。

 ここは暗器を取り扱う数少ない裏商店、“天牙楼”。
 表向きは漢方薬のみを取り扱っている様に見えるが、琴美の一族はこの天牙楼と古くから付き合っている。

 琴美の一族――つまりは、忍の一族だ。

 現代となっては忍など時代錯誤も良い所だろう。しかしながら、その常人離れした身体能力や、完璧なまでの暗殺業。それらを鑑みれば、その実力は時代の波に呑まされてしまって良いものではない。

 もともと忍の一族としては華がある琴美は、その才能は抜きん出ていた。
 くの一。つまりは女性忍者が得意とする暗殺は色香が一般的であるからだ。

 しかしながら、琴美はそれを良しとはせず、色香を使う事に抵抗を感じていた。それでもその身体に植え付けられた長年の教育によって、気品と色気のある女性へと成長したのは言うまでもない。

 ともあれ、琴美は特務統合機動課に入り、その実力をふるって来たのだ。



 ――閑話休題。



 琴美がこうして天牙楼に来たのは、自身の暗器にそろそろ傷が増えてきた事や、パターンを増やそうという考えからである。
 その身体能力の高さから、銃などという飛び道具相手でも不利という事はない。しかしながら、それでも対応策を練ろうと考えたのは、偏に昨夜のテロリスト集団との交戦が理由であった。

 琴美にとっては新たな戦い方を手にする事は、それだけで有意義なものである。
 年齢相応とは言い難い休日の過ごし方ではあるものの、琴美にとってはこれは自分の得る恍惚なまでの感覚に対する、あくなき探究心であるとも言える。

 そんな琴美に対し、細めていた視線を外した老婆は小さく笑う。

「成る程ねぇ。面白い物に興味を持ったね」

 老婆はそう告げた。

 225番から230番と呼ばれるその裏形式は、少しばかり特殊な暗器を置いているのだ。それを記憶していた琴美は、敢えて227番を指名したのだ。

 今までクナイのみを主要武器としてきた琴美が、それを欲する。
 それは老婆にとって、ただ単純に“面白い”という感想が浮かんでくるものであった。

 老婆はゆっくりと立ち上がると、裏に向かって歩いて行く。
 待つ事二分足らずで、老婆は布に巻かれた何かを台の上に置いた。

「こいつだよ」

 テーブルの上でゆっくりと布が広げられる。そこに入っていたのは三寸釘の様な先端が尖った釘である。
 一見すればそれはただの針に見えるが、問題はその針の先端を走っている小さな窪みであった。

「手投げ用の毒針。薬物を入れるこの薬袋を変えれば、暗殺用にも麻酔用にも使えるだろうさ」
「今は麻酔用だけで事足りますわ」
「ヒェッヒェッ、そうかい。今は、だね」

 琴美のその言葉の揚げ足を取るかの様な老婆の言い回しであったが、琴美はその言い回しを訂正するつもりもない。任務とあらば、毒針を用意する事も辞さないのだ。





 ――ようやくそんな女性らしさとは縁遠い買い物を終えた琴美は、雑踏の中へと戻っていく。

 遅くなった昼食を小洒落た喫茶店で済ましながら読書を楽しむその姿は、まさに一枚の絵画の様に周囲からの注目を浴びていた。

 そんな一時を堪能し、琴美はストッキングを数枚買い足し、帰路へとつくのであった。

 物騒とも取れる一日であったが、どうやら琴美にとっては満足な休日を過ごせた様だ。
 その手の内に三寸釘の様な何かさえなければ、であるが。






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