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<東京怪談ノベル(シングル)>


それも日常―W





 
 自衛隊、特務統合機動課。東京拠点。
 そんな長ったらしい名前を連ねているそのビルの一角にて、現在ブリーフィングが行われていた。

「先日、そこにいる水嶋のおかげでテロリストによる東京侵略は未然に防げたのは諸君の記憶にも新しいと思う。
 今回はそのテロリスト共の拠点へと我々が急襲をかける事となった」

 緊張感の漂うブリーフィングルーム。
 その中に、一人だけ制服とは全く違った服装をしている少女の姿があった。

 編み上げで膝まで伸びたブーツは足を組まれ、そこから伸びている白くはりのある白い肌。独特な藍色のミニ着物を改造した様な上着は腹部で帯によって止められ、組んだ足から素肌を顕にしている。
 そしてその付け根から太ももをピッチリと覆った黒いスパッツは、その柔らかできめの細かい肌をしっかりと締め付けない様に覆っている。
 着物の下には黒いピッチリと身体を覆うシャツを着ているが、それがかえって胸元の女性特有の膨らみを強調させ、その姿を覗かせている。

 武器は携帯していないものの、明らかに普通とは違う服装。
 しかしそれは、彼女――琴美にとっての戦闘服である。

 そんな奇抜な服装。そして、自衛隊という少しばかり特殊な環境下にいる男性達にとっては少々刺激の強い服装だが、下手に見惚れようものなら長官から激が飛ぶのだ。男性隊員達にとって、琴美の服装は少々侮れない。

 そんな琴美をチラッと見た長官は、琴美の相変わらずの蠱惑的な笑みに小さく嘆息する。
 圧倒的な実力を持ち、死線を潜り抜ける事で一種の快楽を得ている少女。そんな琴美にとって、敵地点への急襲は、言うなればボーナスステージが約束されている様なものである。

 もちろん、大前提として生きて任務を成功させる事、というのが条件に加わってはいるものの、琴美に対してそんな事を聞くのは野暮とも言える事である。

 我に返った長官が軽く咳払いをして話を戻した。

「今回の作戦は至ってシンプルだ。
 我々は水嶋を輸送し、遊撃させる。その間に周囲を包囲し、そこからローラー作戦を決行する」

 その言葉に僅かに動揺する者、そして何の疑いもなく頷く者。長官の正気を疑う者といった具合に、三者三様の反応が返って来る。

 長官の正気を疑う者や、動揺をした者は先日の琴美の実力を知らないのだ。
 そうなるのも無理はないと言える。

 とは言え、そんな彼らも『特務のくノ一』という存在は当然知っている。

 死地に追いやられながらも、一切の傷も負わずに敵を殲滅し、そして返って来る。そんな実績と、見た目からつけられた呼び名は、すでに自衛隊特務統合機動課だけではなく、それを取り仕切る国の上層部にまで知られているのだ。

 とは言え、敵の本拠地に生身の人間一人を送り込む必要があるのか。
 そう考えた一人の女が挙手した。

「長官。発言を」
「許す。何だ?」

「ハッ。いくら何でも、遊撃に彼女一人というのは些か危険ではないでしょうか? 弾幕を張って逃亡を困難にしながら敵地を囲う、というのも不可能ではありません」

 その主張に、動揺や疑いを抱いた者達は首を二度縦に振った。

 しかしながら、長官は臆する事も逡巡する事もなくその主張に向かって答えるべく、琴美へと視線を投げかけた。

「水嶋、どうだ?」

 琴美に周囲の視線が降り注ぐと、琴美はその美しい黒髪を手で払って立ち上がった。

「お言葉を返す様ですが、そんな無駄なお金をかける必要はないかと思いますわ」
「な……ッ!?」

 これには主張した女性も声をあげた。

 身を案じた相手に、こうにも軽んじられるとは思っていなかったのだ。しかし、琴美はそんな女性の心中を察したのか、付け加える。

「ご心配頂いたのは嬉しい事ですが、私には不要ですわ。あの程度の連中であれば、傷をつく事もありませんもの。それに、今回は私にも一手、試したいものもありますもの」

 その言葉は、周囲の者達を呑み込むかの様に告げられた。

 死地へと赴くというのに、試したい物があるというのだ。
 それはまさに、自分が生きて帰って来れる事は揺るぎようのない事実として信じきっている言葉ではないか、と突き付けられたのである。

 危険な任務に対して、気負いすら見せない姿。
 そして、圧倒的な自信。揺らがない強さ。

 弱冠19歳という少女を前に、ここまで完膚無きまでに尊敬の念を抱いた事が、未だかつてあっただろうか。
 そんな事を感じながら、長官に苦言を呈した女性は腰を下ろした。

「……ブリーフィング内容に変更はない。諸君らの健闘に期待する」
「ハッ!」






◆◇◆◇◆◇◆◇






 空気を連続で叩く様な音が、空から響き渡る。
 その音を奏でているヘリコプターの中には、琴美と彼女のサポートをすべく同乗していた、数名の狙撃手の姿があった。

「水嶋、作戦内容は把握しているな!?」

 自然と大きくなる声。
 これから始まる任務を前に、緊張しているというのが本音であった。

 しかし琴美はそんな事を見抜いたかの様に妖艶とまで言える様な、艶っぽい笑みを浮かべた。

「――――――」
「おい、なんて言った!?」

 口が僅かに動いたが、ヘリの音でその声はかき消された様であった。
 もう一度聞こうと声をかけた隊員を意に介さず、琴美はヘリコプターから後ろ向きに飛び降りる。

 落下予定ポイントを示したランプが点灯した為、琴美はさっさとヘリから大空へと身体を投げ出したのだ。

 脱出口の扉を閉め、所定のポイントに向かうヘリの中で、琴美と話していた男は聞こえなかった言葉を気にしていた。
 そんな男は、同乗していた他の男の手が僅かに震えている事に気付き、「どうした」と声をかけた。

 するとその男は口を開いた。

「き、聞こえなかった、のか?」
「あ? 何が?」
「アイツだよ……。あのくノ一、何て言ったのか、本当に聞こえなかったのかよ?」

 その言い回しに、少しばかり苛立つ様な顔をして男はもう一度尋ね返した。

「だから、何だってんだよ?」




 ――楽しませてくれると良いですわね。





 そんな言葉を告げたのだと、男は琴美の姿を思い出しながらそう言った。
 死地に対して快楽を求めるなど、正気の沙汰とは思えない様な発言だ。しかしそれを琴美はあの艷やかな笑みを浮かべて告げたのだ。

 例え恋仲にはなれずとも、あわよくば親しくなってみたいなどと思っていた同乗していた狙撃手達は、そんな琴美の狂気とも取れる言葉に僅かに身震いを感じていた。

 戦闘に快楽を求める者。
 戦争の最中、そういった類がいるという噂は彼らも耳にした事があった。

 しかしそういった者は、あくまでも戦いそのものに対しての刺激を求める傾向が強いのだ。

 しかし琴美の告げたその言葉は、まるで質が違うものであった。

「……な、なんつーバケモンだよ、あのアマ……」

 そんな本質の片鱗に触れた事に、親しくなりたいなどと少しでも考えていた浅はかな想いは露と消えていくのであった。






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