コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


それも日常―X





 陽動作戦、と呼ばれるものの主体となるもの。それは、囮になるべき存在がいかに敵陣営の注意を引くか、という点にあるだろう。
 本来、斥候としての意味合いが強い琴美はその長所を生かし、敵陣営の中へと侵入を開始する。



 敵陣営は山間の廃病院を拠点としているらしく、その内部を改造しているらしい。これは自衛隊が秘密裏に掴んだ情報ではあるが、この病院の持ち主はこの国のお偉い方としても名を連ねている人物となっている。

 ――詰まる所、今回琴美達のもとへギリギリまで出動要請が届かなかったのは、権力による軋轢が生まれる事を危惧したからだ、というのが本音である。

 そんな事前情報を耳にしたからと言え、権力云々に腰が引ける様な立場ではない。それが、特務統合機動課が一般的な自衛隊とは別の枠組みにある強みである。
 特務統合機動課に出動要請が届いた以上、その全権は特務統合機動課へと譲渡され、そこに権力で介入する余地はないのだ。

 この病院の持ち主こそがテロリストの指導者である可能性を疑っている者は既に多く、今更言い逃れは出来ない状況である。これまで調査の手が伸びなかったこの場所も、ついに琴美を皮切りに、表舞台へと上がる事になるのだ。



 ――閑話休題。



 山間の廃病院となっているが、既に整備されなくなって久しい。
 そのせいか、病院に連なる道はどこも地盤が緩く、陥落している場所もあるようであった。勿論それに足止めされる琴美ではないが、どうにもその陥落箇所が意図的に操作されている様にすら見えるのだ。

 恐らくこれは、外部からの侵入経路を防ぐ為の工作。そう判断した琴美は、木の枝から木の枝へと飛ぶ様に渡っていく。

(……ご丁寧ですこと)

 皮肉めいた琴美の心の呟き。
 琴美の目に映ったのは、陥落箇所を木々の隙間から見つめている無機質な機械、監視カメラの存在であった。
 どうやら琴美の推測は正しかった様だ。

「聞こえます?」
《―――――》

 琴美は嘆息する。
 ただのテロリスト集団とは到底思えない、電波障害を発生させてまで周辺をかっちりと固めているのだ。ここまで来ると、ただのテロリスト集団として考えるのは少々無理がある、というものだ。

 もともと、ナノマシンを利用して人体の改造を施すとなれば、相応の技術や資金力が必要になる。
 恐らく廃病院を拠点にしたのは、その技術を隠す隠れ蓑にしやすい環境であった可能性もある。

 ――となれば、あの廃病院は研究所も兼ねている可能性が高い。

 自分達が動いているとなれば、あまり悠長に事を構えている場合ではない可能性がある。権力でもみ消す事が出来ないとなれば、真っ先に特務統合機動課が動き出したと推測される可能性は極めて高い。

 ――琴美は作戦の主旨を改める事にした。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 状況は切迫していた。
 研究所内のデータを急いで移動させ、機材を運び出す。その場で処分出来るものは処分せよ、という上からの通達によって、廃病院内は慌ただしく動いていた。

「周辺はどうだ?」
「今の所、何者かが侵入した形跡もありません」
「そうか」

 その場の責任者と思しき男性が呟き、思考を巡らせた。

 ――おかしい。

 男の勘がそう告げていた。
 筋骨隆々の身体。そして迷彩服のズボンに黒いブーツ。上着はタンクトップ姿。見るからに軍人か、或いは軍人崩れにも見えるその男は、その見た目通りの経歴を持っていた。

 海外の特殊部隊に在籍していたのだ。

 戦火を目に焼き付け、硝煙の匂いを懐かしいものとすら思う程に。そして遠くで聴こえる空爆音を子守唄に生きてきた。そんな男だ。

 そんな彼の勘が、違和感を感じさせていた。

(上層部の慌てぶりから察しても、何もアクションがないってのは有り得ねぇ。だとすれば、既にここに何かしらの手は打っている、と考えるのが妥当か)

 男の判断は的確に現状を把握していた。

「外の様子が変わりないとしても、見張りは強化しろ。どうも嫌な予感が――」
「――た、隊長! 侵入者です!」
「……チィッ! 遅かったか!」





◆◇◆◇◆◇◆◇





 ――鳴り響く銃声。

 接敵したのは、外から丸見えになっていた崩れた建物の部分であった。ここはどうやら一切の手も加えられていない様である。

 訓練された兵達によるそれは、砂煙で視界が消え去る前に止められた。どうしても素人であれば、ある程度撃ち尽くしてから手を止める、といった行動に出がちだが、それをしないのだ。

 物陰に隠れながら、琴美は推測を重ねた。

 明らかに訓練された銃撃のタイミング。そして、素人のテロ集団とは思えない動き。敢えて接敵した琴美はそんな戦力を分析しながらも、自分を囲む様に展開している敵の動きを感じ取りながら、やがて物陰から飛び出た。

 周囲から見れば、そこで出てきたのが少女であり、そして着物にも似た服を着ている事から、何かの見間違いかとすら思えるだろう。
 しかしそれはあくまで、琴美が一瞬にして上り詰めたトップスピードを前に、思考する余裕がある者であれば、だ。

 何かが飛び出してきた事に慌てて銃口を引いた男。しかし次の瞬間、それはくるりとその場で回転し、何かを周囲に飛ばした。

 近くで漏れる短い悲鳴。
 それでも男は引鉄を引く事も出来ず、その美しい動きに僅かに見惚れてしまったのだ。

 妖艶とも取れる目付きに、男であればその視線を釘付けにされる事は抗えない程の完璧な身体。そんなラインを持った女性が、舞う様に飛び出てきたのだ。
 そして次の瞬間には、その足が男の銃を空に向かって蹴り上げた。

 躍動する髪が重力に追いつこうと舞う中、琴美は止まる事なく男の背後に回りこむ。

 ――ふわりと香った香水が、男の意識の最期の記憶となった。

「プロでも、たいした事ありませんのね」

 周囲に倒れた男達の肩に刺さっていたのは、先日用意した三寸釘であった。
 飛び出た一瞬を使って敵の位置を割り出し、そして回転しながらその全てに針を投げ飛ばしたのだ。

 それですら、琴美にとっては何ら造作のない事である。

 琴美はくるりとその場で髪を揺らすと、カツカツと足を踏み鳴らして奥へと歩いて行く。

 揺れる長い艷やかな髪。
 顕になった足を惜しげもなく魅せつける様に歩く琴美の姿。

 そしてその瞳は、入り口の上部に備えつけられた監視カメラに向けられた。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 監視カメラ越しに琴美を見つめた男は、思わず口角を吊り上げた。

 もともと、海外の特殊部隊に在籍していた彼にとって、日本の形式だけの自衛官や警察など、取るに足らないおままごとの集団であると一笑に付していたのだ。

 しかしカメラの向こうで立ち止まった琴美を前に、自分が鍛えた部下があっさりと一蹴された事は、途絶えた通信と立っている位置から容易に想像出来た。

「上物が来やがった、な」

 男は危機感ではなく、喜びからそう呟いた。

 次の瞬間、突如カメラが映像を途絶えさせる様を見つめながら、男は口を開いた。

「俺のリミッターを、もう一段階外す。薬を用意しろ」
「――ッ!?」

 その言葉に、男の横にいた副官の様な男は目を見開き、男へと詰め寄った。

「いけません! そんな事をすれば、身体がどうなってしまうか……!」
「構わねぇ。そうでもしなきゃ、楽に勝てそうにない程の上物が相手だ。全身全霊をもって迎えてやるさ」

 男の獰猛な瞳は、今も砂嵐を映し出すモニターへと向けられていた。





to be countinued...