コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


それも日常―Y






 廃病院内は琴美の推測通り、研究施設としての役回りをこなせる様に改造されていた。
 外壁が老朽化し、崩れかけている事を利用し、病院の内部をくり抜いたかの様に建物を建て、それを老朽化した外壁によって外からは見えない様に細工されている。

 琴美が交戦し、内部へ入る為の扉を開いた先には、整備された内装が広がっている。

 もともとの造りを無視した部屋の配置などからも、それらが廃病院の造りとはまったく違う事は明らかであった。
 とは言え、琴美はそういった物に対する情報収集は必要無いと考えている。

 ――何せ彼女は、この廃病院を利用しているテロリスト集団を屠るつもりで、ここへと足を伸ばしているのだ。

 わざわざ情報を持ち帰らずとも、後からゆっくりと調べれば良い。

「いたぞッ!」

 声と共に続く足音。しかし見つかった事に対して琴美は動じる事もなく、悠然と歩いて行く。
 そんな琴美の行動に驚かされたのはテロリストの集団であった。

 先の戦いの映像を見た訳ではない彼らにとって、たった一人の少女を相手に数人で挑むなど、正直理解は出来ない。
 そんな背景を抱えつつもやってきた彼らの前に現れたのは、着物を改造した美女。それこそ、何かの冗談ではないかと思える様な光景である。

 しかし次の瞬間、ふわりと舞った着物の袖から銀閃が男達に向かって飛来する。僅かに反応出来たのは一人であった。身体を逸らしてギリギリで難を逃れた男は、一体何があったのかと倒れた味方を見つめた。
 肩に刺さった三寸釘らしき針。どうやら意識を混濁させて眠らせるだけの物の様だが、毒針と呼ぶに相応しいそれを、僅か一振りで全員の肩に向かって投げつけたのだ。

 男は驚嘆し、改めて琴美へと視線を移した。
 悠然と自分に向かって歩いてくる琴美を、男は恐怖しながら見つめた。そして、自分に近くに落ちていたその毒針を投げつける。

 琴美はそれを人差し指と中指で空中で受け取ると、笑みを浮かべる。

「あら、わざわざ返してくださったのですか?」

 ――冗談じゃない。

 男は琴美のその動体視力と度胸。そして実力の片鱗を垣間見た事で、そんな事を心の中で呟いた。

 確実に見えていなければ。そして、確実に受け止める自信がなかれば、誰が意識を刈り取る様な針を投げられて受け止められると言うのか。

「でもこれは、貴方にあげたもの、ですわ」
「――ッ!?」

 再び投げて来るのではないかと身構えた男に、琴美は肉薄する。この位置からの銃撃は隙が生まれる。そう判断した男はサバイバルナイフを取り出し、琴美に対峙し、突き出した。
 しかし、フッと身体を折り曲げた琴美にあっさりとそれを避けられ男の伸びた腕の下で琴美は身体回転させ、足を払った。

「甘いですわね」

 起き上がりながら胸を揺らし、放たれた毒針。それが刺さり、男の意識が朦朧としていく中、琴美は一連の動作のままに髪を掻きあげ、男に「おやすみなさいな」と小さく告げた。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 
 最深部に向かって歩み続ける琴美が、突如その足を止めた。
 人の気配が徐々になくなってきたのだ。恐らく外でもローラー作戦が開始され、そろそろ片付く頃合いだろう。

 そんな琴美に対峙する様に、まるでそこには獰猛な獣が佇んでいるかの様な気配が感じられた。
 仄かに漂う血の匂いがそこには充満し、琴美はその先で低く唸り声をあげている何者かを見つめ、嘆息する。

「……そこまで堕ちてしまいましたか」

 そこにいたのは、既に人間と呼ぶには憚られる様な、筋肉が盛り上がり、さながらゴリラの様な身体をした男の姿であった。

 ナノマシンによるリミッター解除をしたのは一目瞭然であった。
 人間がいくら鍛えたとしても、そんな姿になる事はないだろう。

 既に皮膚が破れかけ、そこからは血が滲んだ形跡がある。しかし、盛り上がった筋肉によって血が止まり、ある意味では強固な鎧を纏っているかの様な風体だ。

 琴美は毒針を使う心算であったが、あれだけ硬質化してしまった身体では毒の効き目も遅いだろうと判断し、クナイを腰のホルダーから取り出した。

「グッルァァァ!」
「獰猛な獣ですわね……ッ!」

 弾ける様に飛び出し、肉薄するそれから逃れる様に琴美は横へと飛び、片手を地面について宙返る。

 地面に向かって振り下ろされたその両手は、琴美の立っていたその場所を陥没させた。

 琴美は毒袋の抜いた釘を簪代わりに後ろ髪を結い、クナイを両手に構える。

 あれだけの速度では、髪を巻き込まれる可能性もある。もともと紙一重で避け、そして急所を攻撃するという戦闘スタイルに近い琴美。得物の小ささもそれに関係しているが、あれではどう転ぶか解らないのだ。

 琴美の目に、鋭い眼光が宿る。そしてその瞳は妖しく光り、口角を吊り上げる。

「ガァァァッ!」

 男は再び肉薄し、琴美の身体を抉る様に腕を振るった。
 しかし琴美はそれを避け、その腕にクナイを走らせる。

 本来であれば人体を傷付けるにはそれだけで十分だが、男の硬質化した筋肉がそれを僅かな傷に留めた様だ。

 すれ違う様に駆け抜けた琴美は、クスッと笑みを浮かべると楽しげに口角を吊り上げ、クナイを再び構える。

 そんな琴美を前に、男の本能が警鐘を鳴らした。

 妖艶な笑みはまるで、狩りを楽しむ様だ。肢体を踊らせながら、僅かに火照った身体。命のやり取りを楽しむその心。

 獣と成り果てた男の本能ですら、そんな琴美の笑みを前に悪寒を走らせた。

「どうしたんですの?」

 そんな隙を琴美が見逃すはずもない。
 肉薄し、今度はクナイを逆手に持ち、それを腕の筋肉と筋肉の間に突き立て、その手から放す事もなくそれを支柱に、琴美はくるりとその場で回り込んだ。
 抉られ、傷を広げた男が痛みに声をあげるが、琴美はさらにもう片方の手に握っていたクナイを男の脇腹に突き立てた。

 そして後方に飛び、更に両手にクナイを構える。

「グッ、ガァァッ!」
「フフフ……、さぁ、おやすみなさい」

 その言葉は、まるで男をあやすような口調であった。

 琴美は眼前へと駆け寄り、男の首を掻き切り、そのまま擦れ違い、男の膝にクナイを突き立てた。

 身体の自由を奪われた事。そして、ナノマシンによって肉体を酷使した代償か。血を多少出しただけで男の意識は薄れていく。
 琴美に背を向けたまま、男はその場に力なく倒れ込んだ。

「……それなりに、楽しませてもらいましたわ」






 内部の殲滅をたった一人で遂行した琴美はその後、内部から妨害電波を発している装置を停止させ、司令室へと連絡を取った。

 作戦通り、周辺へと逃げようとしていた研究者達は一斉に検挙する事に成功し、琴美は現場での状況を報告する為に帰還を告げられた。

 ――後にこの事件の黒幕は、やはり廃病院の所有者である事が判明した。
 どうやら、大掛かりなテロ行為を仕組んだのは、“とある組織”が背景に絡んでいた様だ。

 しかしながら後日、その男は獄中でその生涯の幕を閉じた。
 死因は、心臓麻痺。

 背後に何かが動いている。
 それを掴んだ特務統合機動課が動き出すのは、また別のお話である。




《水嶋、任務だ》

 自身の車を走らせていた琴美に、司令からの命令が告げられた。
 琴美はその言葉に、口角を吊り上げながら返事をする。







FIN



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回は6話連続のノベルでしたので、
すべての事件や行動を絡ませて書かせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共、機会がありましたら、
是非宜しくお願い致します。

白神 怜司