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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


戦いの天使たちは龍の国へ(1)


 妖精王国は現在、半ば藤田公国と呼ぶにふさわしい状態にある。
 旧与党総裁の子息を擁立し、その後見人という立場を得た藤田あやこが、議長とも良好な関係を保ちつつ、今や王国全体の実権を握りつつあるのだ。
「そんな偉い人が、こんな使い走りみたいな事やってんですか?」
「権力者って暇なのよね。大抵の事は、議長がやってくれるし」
 綾鷹郁の問いに、藤田あやこは苦笑混じりに答えた。
「自分で動き回る仕事の方が、私には合ってるみたい」
「あたしも艦長なんてお仕事は合いません。前線で暴れ回る方が、あたし向きです」
 郁が少しだけ、恨みがましい声を出した。
「……久遠の都に戻って来てくれる、つもりはないんですね」
「綾鷹郁という、私なんかよりずっと優秀な艦長がいるもの」
 妖精王国旧与党に味方していた龍族の艦隊を、散々に撃ち破った。あの時の郁の、艦長としての手並みは、実に見事なものだった。
 久遠の都には、自分はもう必要ない。あやこは、そう思う事にしていた。
 あやこは妖精王国から、郁は久遠の都から、偶然にも同じ目的で、ここを訪れた。
 地球上、日本の東京である。
 高峰研究所の応接間に今、2人はいた。
 久遠の都の有力者である高峰沙耶大使が、行方不明になったという。亡命が疑われる事態となっているらしい。
 高峰大使の、亡命阻止。その任務を帯びて綾鷹郁は、沙耶の実家である高峰研究所を訪れていた。彼女の行き先に関する、手がかりを得るためだ。
 一方、妖精王国でも、高峰研究所と関わりのある事態が生じていた。
 撃沈した狐国の海賊船から、高峰研究所製と思われる部品が発見されたのだ。
 狐国は、妖精王国にとっては龍国と並ぶ因縁の敵である。そこに高峰一族が力を貸しているとなれば、放っておくわけにはいかない。
「どうも、お待たせいたしまして……」
 上品な感じの老婆が1人、応接間に入って来た。
 彼女に導かれる格好で老人が1人、続いて入って来た。杖をつき、ぷるぷると震えながらだ。
「うわっ、進んじゃってる……」
 正直な事を言う郁の尻を、あやこは思いきりつねった。
「……主人は、御覧の通りでございます。お話が出来ますかどうか」
 申し訳なさそうに、老婆が言う。
 高峰家の長老と、その夫人である。
 あやこは、胸を衝かれる思いだった。
 虚無の境界との交渉は、やはり老人には想像を絶する負担となってしまったのではないか。
「……自分の、せいで……などと思うてはならんぞ、藤田殿……」
 長老が、辛うじて聞き取れる声を発した。
「単に、わしが老いぼれておるだけじゃ……よくぞ、わしが物を喋れる時に訪ねて来て下さった……孫の、事じゃな?」
「はい。沙耶さんが、どちらに行かれたか……ご存じでしたら、お教えいただきたいと」
「教えてくれたらぁ、イイ事してあげるよん? おじーちゃん……うっふふふ、50年くらい若返っちゃうよーなぁ痛っ、痛い痛い痛いってば」
 郁の頬を、あやこは思いきりつまんで引っ張った。
「あの子は……何日か前に身の周りのものを整理して、いなくなってしまったんです」
 長老夫人が、心痛を露わにして言う。
 今にも泣き出しそうな妻の傍らで、長老が、うわ言のように呟いた。
「…………龍国…………」
 その声が、次第に聞き取り辛くなってゆく。
「幹事長の…………沙耶が、行くとしたら……あやつの所…………」


 狐国の海賊船から発見されたのは、高峰研究所製の霊界ラジオであるらしい。
 あやこは実物を見ていない。廃品として海賊船もろとも、アリゾナ州の廃船管理所に送られてしまったからだ。
 あまりにも速やかな廃棄処分からは、何か政治的な臭いが感じられなくもなかった。まるで藤田あやこの目には触れさせまいとするかのような、速やかさなのだ。
 廃船管理所の所長は、慇懃な男だった。
「申し訳ありませんが、廃品の譲渡は禁じられております。捨てた方の、プライバシーに関わる問題もございまして」
「ゴミ漁るストーカーみたいなのも、いるしねえ。そういう奴らへの対策、ちゃんとやってんるんだぁ。おじさん偉いっ」
 そんな事を言いながら郁が、テニスウェア姿で所長に迫ってゆく。
 アンダースコートから、濃紺のブルマがちらちらと見え隠れした。
「でもぉ、あたしら別に誰かをストーキングしてるわけじゃないから。ね、いいでしょ? 霊界ラジオの1つ2つ、わかりゃしないってぇ。上役の人にバレちゃったら、あたしが話つけてあげるからぁ」
「わ、わかりました……あの、それでは本当の事を申し上げます」
 籠絡された所長が、脂汗を流しながら言う。
「あの霊界ラジオは、私が輸送船に移しておいたのです。その輸送船が……盗まれてしまいまして」
「それは、おかしいわね」
 即座に、あやこは指摘した。
「ここで処分するべき廃棄物を、わざわざ輸送船に乗せて……どこへ運ぶつもりだったの?」
「そ、それはその、ここでは処分しきれない物もありまして」
 うろたえる所長の胸ぐらを、郁が掴んで揺さぶった。
「正直に言いや。きさん、横流しばするつもりやったろうがぁあ!?」
「お、お許しを〜」
 所長が、泣き声を発している。
 あやこは、溜め息をつくしかなかった。


 証拠品が盗まれてしまった以上、狐国と高峰研究所との関係追及は、とりあえず諦めるしかなかった。
 今はとにかく、高峰沙耶の行方を追うしかない。その過程で、狐国との繋がりに関しても何か掴めるかも知れない。
 高峰長老の言葉を信じるならば、沙耶は現在、龍国にいる。龍国の、幹事長のもとに身を寄せている。
 その幹事長と沙耶との間には、かねてより親交があったらしい。
 龍国へ直接、乗り込むには、中立地帯を抜けて行かねばならない。
 中立地帯には、厳重な監視体制が敷かれている。そこを気付かれる事なく突破するには、予言者付きの艦艇がどうしても必要となる。
『だから、私の野心号を貸せと言うのか』
 携帯電話の向こうで、議長が文句を言っている。
『私はな、歴史資料の修正で忙しいのだ。こんな事を言いたくはないが貴殿のためにやっているのだぞ、藤田あやこよ』
「大変、感謝しているとも。貴女が正しい公認歴史書を編纂してくれるおかげで、藤田家の冤罪が証明される。私の悲願だ。議長閣下は、それに専念して下されば良い。野心号だけを貸して下さらぬか」
『私の船を、私抜きで勝手に動かすと言うのか!?』
「もちろん無理にとは言わぬ。その場合、貴女と敵対する方々に、艦艇を貸してもらう事になる……貴女の敵対勢力に、私は借りを作ってしまう事になるなあ。借りは返さねばならん」
 いささか自己嫌悪を感じながらも、あやこは言った。
 表立ってはいないが、議長と敵対する者たちはまだまだ多い。そういった勢力に、藤田あやこが味方する事になるかも知れない。
 たちの悪い脅迫だという事は、あやこも自覚している。
『……立派な政治家になったものだな、貴殿も』
 議長が言った。
『よかろう、貴女には返しきれぬ恩義がある。野心号を今、そちらに転送しよう……壊すなよ』
「約束は出来んが、努力はする」


「この艦は客船ではない、という事だけは最初に申し上げておく」
 野心号の艦長が、苦虫を噛み潰したような顔をしながら言った。
「待遇の良さを期待されては困ります。乗り心地も、保証いたしませんぞ?」
「この娘の運転する事象艇よりは、遥かにましだろう」
 あやこが、続いて郁が言った。
「また今度、乗せてあげるよ藤田艦長。天国まで連れてっちゃるきに!」
「天国よりも、今は龍国へ行かねばならん」
 言いつつ、あやこは艦長と目を合わせた。
「もとより乗り心地など求めてはいない……どれほど荒っぽい操船でも構わぬ。一刻も早く、私たちを龍国へ運んで欲しい」
「運ぶだけで、よろしいのですな」
 艦長が、まっすぐに眼光と言葉を返してくる。
「貴女がたの回収は任務外であると、そのような解釈でよろしいか?」
「無論だ。龍国で、私たちを放り出してくれれば良い」
 あやこは、にやりと笑って見せた。
「……地獄への片道切符は、すでに購入済みだ」
「今、はっきりと理解した」
 艦長が、恭しく一礼した。
「貴女は、我が王国に無くてはならぬ存在……御武運を、祈ります」


「中立地帯を抜けて、我が国に侵入して来た者どもだ」
 上役の男が、2枚の顔写真を出した。
 2人とも知っている、と少女は思った。
 片方には実際、会った事がある。
 もう1人とは面識がない。だが写真を一目見ただけで、誰なのかはわかった。
「こやつらを、知っているのか?」
「知っています。妖精王国の藤田あやこ……それに、綾鷹郁」
 少女は即答した。
 綾鷹郁。その名を口にしただけで、どす黒いものが胸の奥で蠢き、燃え上がった。


 龍国の幹事長は、いわゆるハト派の筆頭として知られる人物であるらしい。
 そんな人物と高峰沙耶との間に、いかなる繋がりがあるのかは不明だ。
 とにかく幹事長の居場所は、郁が突き止めてくれた。沙耶の目撃写真、及び幹事長本人の後援会列席記録を、調べ上げる事によってだ。
 その場所へと向かう郁とあやこを、複数の男たちが取り囲んだ。
「どこへ行く」
 不穏極まる口調で、そんな言葉をかけてくる。
「歩いてるだけなんだけど……文句ある?」
 喧嘩を買うような口調で、郁が言った。黙らせた方が良い、とあやこが思った時には遅かった。
「かおるに馴れ馴れしく話しかけていいんは、イケメンの男だけじゃき!」
「その言葉の訛り……よそ者だな、お前たち」
 男たちが、拳銃を構えた。
「密入国者を歩き回らせるわけにはいかん。一緒に来てもらおう」


 郁と2人で暴れれば、この男たち全員を叩きのめすのは、そう難しい事ではない。
 ただ、事を荒立てるのは最後の手段にしておきたかった。
 あやこも郁も、だから男たちに連行されるまま大人しく歩いた。
 そして、洞窟らしき場所に到着した。
「……大人しく来てくれて、助かったよ」
 1人の、温厚そうな初老の人物が、あやこと郁を出迎えた。
「脅すような形になってしまったのは、申し訳ないと思っている。とにかく君たちの安全を確保するには、これしかなかったのだ」
 龍国の幹事長。顔写真も、郁が入手してくれた。本人である事に間違いはない。
 問題は、その幹事長の隣に高峰沙耶が立っていて、拳銃を握っている事だ。
「高峰さん……」
「何も言わないで」
 あやこに銃口を向けたまま、沙耶は言った。
「このまま、大人しく帰ってちょうだい……久遠の都のために」