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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔法の本





「むむむ……ッ」

 決して何処ぞのサッカー解説者じゃないんだよ。
 今日お仕事を終わって、お代と一緒にもらった魔法の本。

 私は今、その本と睨めっこしてるのです。

「一晩だけ、本の中に入れる魔法の本、かぁ」

 興味がないはずがない。

 自他共に認める好奇心旺盛ぶりは私の長所でも短所でもあるのです。
 そもそもそうでなかったら、私は“この世界”には来ていなかったでしょうし。

 私のいた国――世界では、激しい戦乱が続いてました。
 それがようやく終わりを迎え、私は他の世界に興味を持って異空間転移をしたのです。

 それが私の冒険の始まりだったのです。



 ――とまぁ、私の事は置いといて。



 目の前にある魔法の本は、お客様から頂いた物です。

 曰く、一日だけこの本の中で過ごせるとか。
 曰く、お菓子で出来た世界とか。

 ……別に、お菓子で出来た世界っていう言葉に惹かれた訳じゃないのです。違うったら違うのです。

 異世界を旅してきた私だから、そういう違った世界を見るというのは、むしろ義務なのです。
 お菓子で出来た世界なんて幸せがいっぱいだと思うのです。

 そんな幸せな世界なら、是非一度味わってみたいじゃないですか。
 物理的に……いえ、精神的にです。

「れっつおーぷん♪」

 という訳で、早速出発でーす。





 本を開いた途端、目の前を覆った光の粒子。
 それに思わず目を閉じていた私が次に目を開けると、そこはなんともカラフルな世界でした。

 まるでクレヨンで塗って造られた様な、どこか温かみのある世界。
 それと、なんとなく甘い香りが漂ってます。

「わぁーっ」

 思わず感嘆の声もあがるというものです。

 早速私は空を飛んでこの世界を堪能してみようと思います!
 レッツ冒険、レッツお菓子の国です。

 飛翔形態を取った私は早速空へと飛びました。

 眼下に広がるのは、森の様です。

 葉は風に靡く様なものではなく、まるでトッピングされたチョコレートの様にしっかりとくっつき、様々な色の木々が連なっている。

 そんな光景を実際に見られるなんて夢みたいなのですよ。
 しばらくは空から堪能してみる事にしました。





◆◆◆◆◆◆





 お菓子の国の魔法使い。
 魔族であるその女性は、間近に迫った魔法菓子の展覧会の準備に慌ただしく日々を過ごしていた。

「困ったねぇ、メインになりそうな物がない……」

 独りごちる魔族の魔法使い。

 そんな彼女の目に映ったのは、空を飛ぶ人の形をした何かであった。

 翼と角と尻尾が生えた、見目麗しい女性。
 そんな彼女――ファルスを見た魔法使いは突発的に湧いて出たインスピレーションに突き動かされる様に、目の前に手を翳した。

 浮かび上がる魔法陣。その上に集まった光の粒子が徐々に形を作ると、それは茶色一色のチョコレートで出来た蜘蛛であった。体高にして2メートル程。体長は足を含めると、4メートル程はあるだろう巨大な蜘蛛だ。

「さぁ、あの空を飛んでる“素材”をしっかりとチョコで包んで私の前に連れてきておくれ」

 ファルスを素材と称した魔法使い。
 蜘蛛は自らの主人であるその女性の命令を受けると、音もなくその場から歩いて行く。

「フフフ、あんな可愛らしい娘だ。チョコにしたらきっともっと美しいだろうさね」

 魔法使いの女性は小さく呟いた。
 ファルスをチョコ化の糸で包み、そのままチョコにして魔法菓子の展覧会に花を添えようという心算である。





◆◆◆◆◆◆





「ステキー……」

 空を飛んでいて、私は色々なものが本当にお菓子で出来ているのだと実感しました。

 その中でも印象的だったのは、鳥さん。
 なんと鳥さんもお菓子で出来ていたのですよ。

 甘い匂いをした可愛らしい鳥さんだったので、さすがに味見という訳にもいきませんでしたけど、それでも見れただけでちょっと幸せ。

「わ……ッ、おっきぃー……」

 眼下にいた、大きなチョコレート色の蜘蛛さん。
 チョコレートで出来てるおかげでグロテスク具合は半減です。助かります。

 そんな事を思っていたら、私に向かって蜘蛛さんが糸を吐いてきました。
 慌てて空で旋回して避けた私は、蜘蛛さんがこちらを見ている事に気付きました。

 ……あれ、もしかして私狙われてる、かも?

 こんな時は逃げるが勝ちなのです。


 ――えぇ、そう思っていた時期が私にもありましたよ、っと。


 私が飛んで逃げる程、あの蜘蛛さんが勢いよく走って追いかけてくるのです。
 おかげで森の木が倒れてしまったり、潰れてしまったり……。

 こんなステキな世界を壊してしまうのはちょっと気が引ける……。

 なので応戦開始です!

「って、わわッ」

 糸が尻尾に絡みついたので見てみたら、尻尾がチョコになっちゃいました!

 もしかして、あの糸に捕まったらチョコになっちゃう、とか……?

 嫌な予感しかしないのです。
 これは逃げるしかない、とか思いながら翼を広げたら。

 ――シュルシュルッ。

「……え、わっ、ちょっと!」

 広げた翼に糸が絡まってチョコになってしまって、私はバランスを崩してそのまま空からゆっくりと落ちてしまいました。

 まずい、ホントにピンチかも。

 幸い落ちた拍子に翼や尻尾が折れてしまう事はなかったので、こうなったら走って逃げるしかないのです。

「おやまぁ、チョコになっちゃいそうだねぇ」
「え?」

 突然声をかけられたので、私は慌ててそっちを振り返りました。
 そこに立っていたのは、一人の女性です。もう見たまんま魔女さんって感じの人です。

「に、逃げて下さい!」
「大丈夫だよ。この世界はみんなお菓子で出来てるんだから」
「そ、そういう問題なんですか?」
「あぁ、そうさ。だからお嬢ちゃんもチョコになると良いよ」

 な、なんだかおかしな話です。
 お菓子だけに、とか思ってません。思ってませんったら。

「ど、どうすれば良いんですか?」

「なぁに、あの糸に包まれて全部をチョコになれば良いんだよ。そうすれば、お嬢ちゃんもすぐにお菓子の仲間入りだからね」

「わ、解りました……」

 ちょっと怖いですけど、魔女さんが言うなら。

 そんな事を思って私が蜘蛛さんの近くに立つと、蜘蛛さんが口を開けて糸を吐き出そうとしました。

 そこで、魔女さんが口を開いたのです。

「――あ、そうそう」

「え?」

「あの蜘蛛は、私が用意したんだよ。アンタをチョコにして、飾る為に、ね」

 ――口角を釣り上げてそう言う魔女さん。

 その言葉に、私は騙されたのだと知りました。
 その次の瞬間、身体が糸に巻きつかれてしまいました。

「だ、騙した……んですか……?」
「さてね。アンタは綺麗なままでいられるんだから、感謝して欲しいね……」

 その言葉に、私は何だかどうしようもなく悔しくなりました。
 騙されて、チョコにされるのです。

 思わず涙が溢れそうで……――。

 そこで、私の意識は途切れました。





 一日だけの魔法の本の世界。
 そうして魔法の効果が切れた私は、この世界に帰って来たのです。




 ……ちょっとだけ、チョコレートが食べたくなったのはご愛嬌です。





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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

一人称視点と魔法の本の世界ということで、
少々絵本っぽくしてみました。

口調はかわいらしく、という事でしたが、
今回は絵本語りの敬語口調でまとめさせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共、機会がありましたら
宜しくお願い致します。

白神 怜司