コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


戦いの天使たちは龍の国へ(2)


 あやこと郁の全身から、セーラー服がちぎれて飛んだ。
 純白のテニスウェアが、露わになりながら裂けた。
 ブルマが、レオタードが、見えるそばから破裂し、細かな布切れと化してひらひらと舞い、堆積した。
 2人に拳銃を向けたまま、高峰沙耶が呆気に取られている。
 銃口の前で、スクール水着とビキニがちぎれて舞った。
 褌が、はらりと落ちた。
 2匹の龍が、そこに出現していた。
「何……何なの、これは……」
 沙耶が、呆然と呟く。
「どういう事なの、藤田さん……一体、何のつもり?」
「遺伝子改造よ」
 龍の片方……藤田あやこが、言った。
「龍国へ潜入するなら、このくらいはやるわよ」
「そう……それが、貴女たちの覚悟というわけね」
 沙耶が、拳銃を下ろした。
「ただ私を連れ戻すためだけに、そこまで……」
「わかってくれたんなら、一緒に久遠の都へ帰ろうよ」
 もう1頭の龍……綾鷹郁が、言った。
「亡命騒ぎになっちゃってるんだから。今すぐ帰れば、そんなに大変な事にはならないと思う。だから」
「帰るわけには、いかないわ……私もまた貴女たちと同じくらいの覚悟で、ここに来ているのだから」
 傍らに立って同じく呆然としている幹事長に、沙耶はちらりと目を向けた。
「……私は、こちらの幹事長の招きで来ているの。布教のためにね」
「布教……?」
「そうよ藤田さん。彼が、和平の礎となる……もう1度言うわ、久遠の都へ帰りなさい。機が熟した頃に、もう1度来て」
 ある事に気付いて、あやこは洞窟の内部を見回した。この場にいるのは自分と郁、それに沙耶と幹事長、計4人だけではなかったのだ。
 龍族の若者が大勢、岩陰のあちこちで、何やら分厚い書物を貪り読んでいる。
 聖書であった。
「高峰さん、貴女……龍族に、キリスト教を広めようと言うの?」
 あやこも聞いた事はある。地球では、バチカンを中心として、人類と龍族との和平機運が高まりつつあると。
「龍約聖書には、こうある。龍の祖先はバチカン人であるとな」
 幹事長が言った。
「すなわちキリスト教こそ、地球人類と我ら龍族との間に和平をもたらす教えなのだ」
「それで仮に龍族と地球人類が仲良くなったとして……その後は、どうなるの」
 あやこは問うた。
「龍国が地球と同盟して、妖精王国やダウナーレイス族に圧力をかけようとしている……とも受け取れるわよね」
「それは軍人の考え。我々は地球人類だけでなく妖精王国、久遠の都とも、永久の友愛を築かんと願っておる。志しておる」
 幹事長が言った。政治家らしい臆面のなさだ、とあやこは思った。
「貴女は利用されている……という気がするわ高峰さん。この国の、政治屋さんたちにね」
 巨大な龍の視点から沙耶を見下ろしつつ、あやこは言った。
「まあ、しばらく好きなようにやってみなさいな。私としても、貴女の目的を見極めないといけないから。ただ1つ、これだけは言っておこうかしらね……高峰長老、亡くなられたわよ」
 野心号でこの国に向かっている途中、その訃報が届いたのだ。
「貴女の事、心配なさってたと思うわ」
「……祖父は祖父、私は私よ」
 沙耶は、素っ気ない口調を作った。
 その声が微かな震えを帯びているのを、あやこは聞き逃さなかった。
 沙耶が動揺しているのは、間違いないだろう。
 2頭の龍が、いつの間にか1頭になっている事にも、気付いていないのだから。


 異形の龍から可憐なダウナーレイスへと戻った綾鷹郁は、龍国のとある裏町に足を踏み入れていた。
 幹事長と沙耶が、藤田あやことの会話に気を取られている、その隙をついて洞窟を抜け出したのである。
「いらっしゃいませ……」
 目的のバーに郁が入るや否や、そこのマスターと思われる男が、しかめっ面を作った。
「……っと、駄目駄目。うちは未成年立ち入り禁止だよ、お嬢ちゃん。ジュースやミルクティーが飲みたいんなら、喫茶店へ行きな」
「ふふっ、お固いオジサマって嫌いじゃないわよん」
 セーラー服のスカートをひらひらと舞い上がらせ、濃紺のブルマを見え隠れさせながら、郁はマスターに擦り寄って行った。
「安心して? お酒飲みに来たわけじゃないから。ジュースやお茶が欲しいわけでもなくてぇ……ちょっと教えて欲しいコトがあるんだなぁ、これが」
「な……何かな?」
 引きつったマスターの顔を、頬髭や顎髭を、郁は撫で回した。


「……ってなわけで、優しいマスターさんから全部聞いちゃったんだけど」
 路地裏に追い詰めた狸人に、郁は容赦なく銃剣を突き付けた。
「な……何の事やら、あっしにゃ全然わかりませんや、お嬢さん」
 とぼける武器商人に向かって。郁は銃剣を一閃させた。
 狸人の服が綺麗に裂け、肥えた腹部がでっぷりと飛び出して来る。
 剥き出しのヘソに銃剣を向けながら、郁は脅した。
「すっとぼけは無し、腹ぁ割って話しいや……何なら本当に割ったるぞなもし」
 アリゾナの廃船管理所から、霊界ラジオが輸送船もろとも盗まれた。
 その窃盗犯に関しては、いくらか調べはついていた。
 犯人の夫が、龍国のとある裏町でバーを経営している。
 このような実力行使なしで調べ上げる事が出来たのは、そこまでだった。
 狸の武器商人が、何事かを喚いた。
 中立地帯の、地名だった。
「あのマスターの女房から買い取ったもんは、そこに置いてある!」
 ヘソに銃剣を突き付けられたまま、狸人が泣き喚く。
「と、盗品だなんて知らなかったから……あっ、いや知ってました! でもイイ値になりそうなもん積んでたからつい魔が差しちまったんですよう! ゆっ許してお嬢様!」
 良い値になりそうなもの、というのは高峰研究所製の霊界ラジオの事であろう。
 それを積んだ輸送船がアリゾナの廃船管理所から盗み出され、この狸人の手に渡り、今は中立地帯のとある場所に隠されている。
 中立地帯であるはずの場所が、盗品の管理所となっているのだ。
「ワケわからんきに……一体、何が起こっとるんじゃ」
 狸人の太鼓腹に油断なく銃口を向けたまま、郁は呟いた。
「……ワケわからんもんは、無理矢理調べさしてもらうぞな」


「野心号は、妖精王国の艦であるぞ」
 案の定、野心号の艦長は良い顔をしなかった。
「それを、久遠の都の軍人が、好きなように使うのか」
「久遠の都と妖精王国の、まあ和平政策の一環だと思って。ね?」
 郁は頼み込んだ。
「今のこのワケわかんない事態を、何とかしなきゃいけないのは、妖精王国の人たちだって同じでしょ」
「……出来るのか、本当に」
 艦長が、腕組みをしている。
「この艦の全システムを使って、龍国の情報部をハッキングする。そして何もかも調べ上げる……そのような事、口で言うほど簡単に出来れば、苦労はないのだぞ」
「口で言った事は、必ず実行する……有言実行が、かおるクオリティよん」
 郁は、ウインクをして見せた。


 龍国議会においては、いわゆるハト派が急速に台頭しつつあった。
 保守派の後援を得て昇進した若い総督が、ハト派の筆頭である幹事長に接近している。
 地球人類それに妖精王国やダウナーレイス族との和平路線を押し進めんとする若手の勢力が強まってきた事もあり、議会では近々、バチカン和平案が採択される見通しである。
 自分の望み通りに事が進んでいる、と沙耶は思った。
 総督とは1度、料亭で会った事がある。
 その時、支持率の低下で弱気になっていた総督に、沙耶は和平路線への転向を助言した。
 地球人類、妖精王国、久遠の都……周辺国ほぼ全てを敵に回してしまっている龍国の現状に、世論は厳しい。手っ取り早く支持率を上げるには、和平路線しかないというのが現状なのだ。
 全てが上手くゆく、と思われていた状況の中に、とてつもない異分子が紛れ込んできた。
 藤田あやこ、それに綾鷹郁。
「いやー苦労したわ、ここまで辿り着くの」
 にこにこと笑いながら、郁が携帯端末を差し出してきた。
「あとは、この暗号さえ解読出来れば、龍国情報部のシステムは丸裸よん。この最後の下着1枚を……沙耶さんの綺麗な手で、優しく優しく脱がしてあげて」
「……何故、私が?」
 とりあえず端末を受け取りながら、沙耶は訊いた。
「まあ見ての通り、その暗号ってのがヘブライ語だから。バチカン人の子孫の人じゃないと、ちょっと大変なのよねー」
 沙耶の出自まで、郁はきっちりと調べ上げてある。
 まったく油断がならない、などと思いながら沙耶は、端末のキーボードに綺麗な指を走らせた。そして暗号の解読に取りかかる……
(待ちなさい私……何をしているの? 言われた通りに暗号の解読など……!)
 沙耶は、睨みつけた。
 郁はニコニコと、一癖ありそうな笑みを浮かべている。
 ごく普通に沙耶は、暗号を解読しなければ、という気になっている。
 共感能力。綾鷹郁の持つ、最も危険な力。
(やはり、この娘の力は……布教者にとって、脅威……)
 その時、洞窟全体が微かに揺れた。
 爆撃による、震動だった。
「何事……」
 息を呑む沙耶に向かって、龍と化したままの藤田あやこが言う。
「羊の皮を、脱ぎ捨てたみたいね……噂の総督さんが」
「何……何を言っているの、藤田さん」
 再び震動が来た。洞窟の天井からパラパラと、小石が降った。
 総督が軍勢を率いて、この洞窟を攻撃している。あやこは、そう言っているのだ。
 戯言だ、と沙耶は思った。それを口に出すよりも早く、あやこが言った。
「ハト派を一網打尽にする機会を、総督さんが狙っていた。誰がどう考えても、そういう事にしかならないと思うわ」
「嘘……嘘よ!」
 総督は決して信念を曲げない。たとえ愚者の使いだと罵られようと。
 沙耶はそう思った。思い込もうとした。
 ふと気付いた。幹事長の姿が、見えない。
 逃げた。
 それに合わせて、洞窟への砲撃が始まった、のだとしたら。
「……幹事長さんも、要するにグルだったと。そういう事にもなるかしらね」
「どうしよっか、藤田艦長」
 郁が、銃剣付きの小銃を持ちながら言った。
「けっこう大掛かりな軍が来ちゃってるみたい……あたしと艦長で、一暴れする?」
「私たちだけならともかく、ここには武器も何も持っていないハト派の人たちもいる。彼らの身の安全を最優先に、こちらからの攻撃は最小限に」
 指揮官の口調で、龍が命じた。
「しばらく持ちこたえていれば、状況は動く……動いてくれる。彼女がな」
「まさか……」
 郁の愛らしい美貌が、さっと青ざめた。
「えっ、ちょっと待ってよ艦長……あたし聞いてない! あの子、連れて来ちゃったの!?」
「こういう時のために、連れて来ないでどうする」
「最初っから何もかも、暴力で解決するつもりだったってワケね……」
 洞窟の天井を仰ぎながら、郁は十字を切った。
「龍国終了のお知らせが出ました……アーメン」