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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.23 ■ 反撃×反撃






 人の雑踏に覆われ、車や活気に耳を騒がせていた東京は既にない。そこは瓦礫の山と化し、人の姿もない、静寂ばかりが続く大地に変わっていた。

 そこで躍動する様に次々と魑魅魍魎を排除していく三人。
 そんな三人の姿を、近くのビルの上で眺めていた一人の男が鼻を鳴らし、そしてついに動き出した。

「――ッ!」
「どうしたの、勇太?」

 突如動きを止めた勇太に百合が声をかける。
 しかしそれを聞きもせずに勇太が空間移動を開始。そして凛の真後ろから凛を抱き寄せた。

「ゆ、勇太!?」
「クソッ」

 顔を赤くして動揺する凛。しかし勇太がすぐに凛を連れてその場から離れると、今しがた凛の立っていたその場所に電柱が空から三本降り注ぎ、その周辺に突き刺さった。

「ほう、良いセンスをしてるな」
「……虚無の境界、か?」

 突き刺さった電柱の向こう側から歩いて来る一人の男。
 迷彩柄のズボンにタンクトップ。そしてその身体は筋骨隆々のたくましい身体。角刈りにも近いその髪は灰色で、険しい表情を浮かべている。

「俺の名はファング。貴様の言う通り、虚無の境界の幹部の一人だ」
「……ッ! ファング、だって……!?」

 勇太と百合の顔が強張る。
 しかし凛は虚無の境界に所属している幹部の名を知る訳ではない。

 ――しかしこれは勇太も同じである。
 この反応を見た凛は、てっきり数年前の騒動で戦った事があるのかと勇太に声をかけた。

「知っているのですか?」
「……あぁ……ッ」

 勇太はファングを睨み付けながら口を開いた。

「昔近所で飼われてた犬と同じ名前なんだ……ッ!」



 …………。



「「……はい?」」





「いや、だからね。昔近所で飼われてた犬の名前が、ファングだったんだ……! やっぱり、何処か似てると思ったんだ。
 あの愛想の悪い目つきとか、顔の傷とか……って、痛い痛いよ、百合! ねぇ! 五寸釘でグリグリしないで! そっち尖ってなくても結構痛いんですけど!?」

「……ねぇ、勇太。前から思ってたけど、っていうか確信してたかもしれないけど敢えて聞かせてもらうわね。アンタバカなの? バカよね? バカでしょう?」

「そんな心を抉る三段活用しないで欲しいです。だって似てるんだ。きっとあれだよ、虚無の境界は俺の動揺を誘う為に、俺に関係していた知り合い(犬)を使ってクローンを……。もしかしたらアイツ、鬼鮫さんと同じジーンキャリアとかと同じタイプかも……!」

「……殺す」
「ひぃッ」

 自尊心を大幅に傷付けられたファングが勇太に向かって肉薄する。百合と凛を左右に弾き飛ばし、勇太がファングの後方へと空間移動した。
 背後に現れた勇太がファングの首を狙って横から蹴りを放つが、ファングは勇太の足をしっかりと掴み、そして投げ飛ばした。

「ナメるなよ!」
「く……ッ!」

 念の槍を具現化し、それを地面に突き刺して勢いを殺した勇太。そんな勇太に向かって肉薄し、重厚な拳を振り下ろすファング。
 その鉄槌をかろうじて横に飛んで避けた勇太だったが、ファングの鉄槌は地面を砕き、その周囲に亀裂を走らせた。

「い、犬パンチ……ッ!」
「……貴様、余程死にたいと見えるな……」

 ファングが立ち上がり、サバイバルナイフを太もものホルダーから手に取り、逆手に持って構えた。

「勇太! 今援護を――!」
「――邪魔するなよ、柴村」

 ファングが周囲を呑み込む程の殺気を放ち、ただそれだけで百合の動きを制した。

「……百合。凛と一緒に魑魅魍魎を。ファングは俺が引き受けるよ」

「バッ、馬鹿な事言ってんじゃないわよ!
 ファングは戦闘能力が普通じゃないぐらいに高いし、一人で勝てる相手じゃないわ!」

「普通じゃないのは、悪いけど俺もだからね」

 勇太が周囲の瓦礫を念動力を使って浮かび上げ、一斉にファングへと向かって飛ばした。その速さは弾丸の様に速く、ファングも僅かな動揺を浮かべながら横に飛んでそれらを回避する。
 しかしそれを想定した勇太が宙に姿を現し、両手を左右に僅かに広げ、具現化した念の槍を一斉にファングへと肉薄させる。

 さしものファングも、これを避ける事は断念したのか、ナイフを振りかざしてその数本を左右へと受け流した。

 着地した勇太とファングが睨み合う。

「……ただの小僧ではなさそうだな」
「そっちも、あれをナイフで弾くなんて普通じゃないね」

 不敵に互いを認め合う様なその二人の姿に、百合と凛は思わず言葉を失った。

 勇太の今の攻撃は、本来であれば一撃は確実に入るであろう一手であった。
 瓦礫はフェイク。本命は念の槍だったというのは、今までの勇太の戦い方を見ていれば二人も理解出来る。

 しかしそれをいとも容易く弾いてみせたファングである。

 二人の戦いに下手に介入すれば、邪魔にしかならない。
 そんな事を感じさせるには十分すぎる光景であった。

「……フッ……フハハハハ! 面白い! 簡単に終わってくれるなよ!」

 ファングが再び動き出すと同時に、今度は勇太もまっすぐそれに向かって弾ける様に飛び出した。
 力で張り合うには余程の差があるのは一目瞭然である両者だが、それでも真っ直ぐ突き進んでくる勇太に、ファングは動揺する。

 その僅かな迷いが、ファングの腕を鈍らせた。

 僅かな軌道の甘さを見逃さなかった勇太はファングの懐に飛び込み、両手を当てる。

「重力球!」

 両手で膨れあげた重力球を直接身体へと打ち込んだ勇太。その衝撃は、鉄球によって殴られた様な衝撃を与え、屈強なファングの身体ですら「く」の字に曲げて吹き飛ばした。
 バランスを崩しながら、それでも耐えてみせたファングが視界を上げる。

 ――しかし、そこに勇太の姿はなかった。

「まだまだァァッ!」

 背後に飛んでいた勇太が重力球を再び当てようと試みるが、ファングは身体を折ってそれを回避し、回転しながら回し蹴りをして勇太の脇腹を捕らえた。
 一撃の重さは勇太の重力球とほぼ同等の威力。勇太の身体はそのまま軽々数メートル程飛ばされ、そして瓦礫に突っ込み、砂塵を巻き上げた。

 砂塵を吹き飛ばし、勇太が膝を曲げた状態から立ち上がると、口に漏れた血を傍に吐き捨てる。

「……甘くないね」
「貴様もな……。今の感触、念動力を使って衝撃を和らげた、か」
「ご明察。それでもあんたの馬鹿力のせいで無傷とまではいかなかったけど」

 勇太の目つきがいつもの穏やかなそれとは違う。
 その目つきに、凛と百合は思わず息を呑んだ。

 どんな時も何処か真剣味を帯び切らない、戦いに対して遠慮をしている様な勇太の目が、今この時は、闘志を帯びていると一目見て判るのだ。

 それはどうやらファングも同じだった様だ。

「ウォーミングアップは終わりだ。本気で相手してやろう」
「二流の言葉だね」

 挑発する様な勇太の好戦的な態度に、百合と凛は背筋を走った僅かな悪寒に驚かされる。

 見た事のない勇太。
 それが、彼女らにとって、僅かな恐怖を感じる程の力を纏っているのだ。

 身体を渦巻く様に念の力が荒ぶり、そしてバリバリと音を立てながら青い電流をほとばしらせた。
 呼応する様に周囲が揺れ、勇太がファングを睨む。

 対するファングもまた、本来の姿になってそれと対峙する。
 直立した獅子の様な様相。銀色の体毛に覆われ、その姿は魔獣と称するに相応しい程だ。

「強そうだね……」
「……その減らず口、いつまで叩いていられるかな」

 ファングと対峙する勇太。
 ファングは心の何処かで子供だと侮っていた相手に本気で戦うハメになった事で、勇太を認めていた。

 ――こいつは強い。

 ファングの第六感が。経験がそれを警鐘となって示している。

 故にファングは全身全霊の力を以ってそれに対する事を決意したのである。

 本来の魔獣の姿になり、戦車を潰せる程の力。そしてビルを飛び越えられる程の運動能力。それは先程までとは全く違った速さと強さを兼ね備えている。

 そんな力を、たった一人。それもまだ年端のいかない子供相手に出し惜しむ事なくぶつける。
 そこにあったのは、ただ強者との対峙を楽しむファングの信念のみ。

「行くぞ! 工藤 勇太!」






◆◇◆◇◆◇◆◇






 モニタールームからその姿を見ていた武彦は、高鳴る鼓動を押さえつける様に自身の胸を握り締めると、楓に向かって振り返った。

「ここは任せる。俺も出る」
「な、何言ってるの!? 今からあそこに行ったって、間に合わない――」

 そこまで口を開いた所で、楓は武彦の目を見て息を呑んだ。

 その目は、最近の丸さを忘れさせる程の強い眼光を秘めた、彼女の知るディテクターの目であった。

「……邪魔するな」

 その一言で、楓は全てを察した。

 他者を寄せ付けない、ディテクターたる彼。
 そんな強さを、あれだけの圧倒的な戦いを見ていて感化され、取り戻し、そしてうずうずと身体が疼いたのだろう。

 それは男の愚かさである。
 しかし、それがディテクターという男だったな、と楓は小さく笑う。

「行ってらっしゃい、ディテクター」

 楓の言葉に返事をする事もなく、武彦はカツカツと足を踏み鳴らす。
 コートから取り出したサングラスをかけたロングコートを羽織ったディテクター。

 伝説とまで言われた男が、今再び動き出そうとしていた。






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