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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


戦いの天使たちは龍の国へ(3)


 小銃で武装した龍国の兵士たちが、洞窟内になだれ込んで来た。
 聖書を貪り読んでいたハト派の人々が、銃口を向けられて慌てふためき、怯える。
「見ろ、平和主義者は何も出来ぬ!」
 龍国の指揮官、と思われる軍服姿の少女が、高らかに声を発した。
「無力な平和主義は一掃する! 地球も久遠の都も妖精王国も、力で統一してこそ真の平和は訪れる! その妨げとなるハト派的思想など、認めるわけにはいかん!」
「なるほど、それが総督さんのお考えなわけね。だからこうやって、めんどい罠仕掛けてまでハト派を一網打尽すると。そーゆうわけだぁ」
 呑気な声を出しながら綾鷹郁は、軍服姿の美少女を、まじまじと見つめた。
「んー……っと、貴女どっかで会った事ある?」
「あの時……よくも補給路を、散々乱してくれたな」
 少女が、燃えるような眼光を向けてくる。
 そんな艦隊戦を、言われてみれば行ったような気もする。綾鷹郁の、艦長としての初仕事であった。
「ああ、あの時の敵さん? 惜しかったねぇー。あたしらの作戦、読んだところまでは見事だったのに」
「お前の考えなど全て読める。何故なら私は、お前の……」
 そこで口籠ったまま、少女は郁から視線を引き剥がし、高峰沙耶に微笑みかけた。
「ハト派の者どもを一ヵ所に集めてくれて、感謝する……用済みになる前に、もう1つ役に立ってもらおう」
「何を……言っているの……?」
 沙耶は、現実を見ようとしていない。
「龍族は、これまでの殺戮と闘争の生き方を捨てて平和の道を歩むと……そのために高峰家の力を貸して欲しいと、総督はおっしゃっていたのよ……」
「平和というものはな、殺戮と闘争を押し通してこそ成し遂げられるのだ!」
 少女の叫びが、洞窟内に響き渡る。
 憎悪の叫びだ、と郁は感じた。
「敵対する者全てを滅ぼさなければ、戦争など永久に無くなりはしない! 私のような者も生まれ続ける!」
 この少女が何を言っているのか、何をそんなに憎んでいるのかは、郁の共感能力をもってしても読めなかった。とてつもない闇が、彼女の心を包み込んでしまっている。
「……高峰沙耶。貴女には、一世一代の演説を行ってもらうぞ」
 少女が、いくらかは口調を落ち着けた。
「総督閣下と貴女との平和的談話を、全時空の宗教家に向けて発表する。あの霊界ラジオを通じてな……宇宙にはびこる平和主義者どもが大喜びするような綺麗事を、喋ってもらう」
「なるほど。平和主義で大勢の人をだまくらかしてから、一気に軍事行動を起こすのね」
 郁は、感心してみせた。
「自分らは平和主義者ですよ、恐くないですよー……ってな顔しながら、妖精王国も地球も久遠の都も油断させて一気に武力制圧と。なかなかの作戦じゃないの」
「ふふふ、無理して余裕を見せるな。もっと悔しがれ!」
 軍服姿の美少女が、無邪気に喜んでいる。
 親に誉められた子供のような喜び方だ、と郁は思った。
「嘘……嘘よ……」
 沙耶が、うわ言のように呻いている。
「こんな事、あり得ない……認められない……」
「まだ、わからないの?」
 兵士たちを見下ろし威圧する巨大な牝龍が、声を降らせて来る。
「貴女は罠にはまったのよ。まあ私たちも、だけど」
「罠……ですって!?」
 沙耶が、およそ彼女らしくもない逆上の仕方を見せた。
「龍族のする事は全て罠、というわけ? 反龍教育に毒された石頭!」
「現状を認識しなさい。お爺様なら、猛反対なさるでしょうね……上辺だけの平和主義に追随する、貴女のやり方には」
 牝龍が辛抱強く、だが容赦のない事を言う。
 俯き黙り込んだ沙耶を、軍服の少女が嘲笑った。
「この女、もはや使い物にはならん……か。まあ談話など、虚像に代読させれば良いか」
 言いつつ少女が、震える携帯電話を取り出す。何か、着信があったようだ。
「私だ。何事だ?」
『う……奪われました……』
 携帯電話の向こうで龍族の士官が発している声を、郁の聴覚が拾い上げる。
『霊界ラジオが、奪われました……我が軍は、全滅であります……』
「何を言っている……おい?」
『ば……化け物だ……』
 荒々しく電話を切りながら、少女が郁を睨む。
「貴様ら……何をした?」
「中立地帯に盗品置き場があるのは、知ってたからね。ケチな輸送船泥棒に、まさか龍国政府が関わってたなんて事までは知らなかったけど」
 野心号経由で、密かに連絡を送っておいた。
 その連絡を受けた、ある1人の少女が、霊界ラジオの奪取に動いてくれたのだ。化け物、などと呼ばれながら。
「……ふん、まあ良い。こんなものは陽動のうちだ」
 軍服の少女が、不敵に笑った。
「貴様らが霊界ラジオの行方など追っている間に、すでに我々のもう1つの作戦が動いている! 残念だったな、さあ悔しがれ!」
 相変わらず無邪気に喜ぶ少女に、郁は何やら愛おしさに似たものを感じ始めていた。
(あれ……何だろ? この子、可愛い……)
 そんな事を思いながらも、言う。
「平和使節に化けて、バチカンを乗っ取ろうってわけね」
「貴様……なっ、何故それを!」
 愛らしく慌てふためく少女に、郁は教えてやった。
「悪いけど、龍国の機密情報は全部いただいちゃったから。最後の暗号プロテクトも、沙耶さんが解除してくれたしね……さっきのお話に出て来たバケモノ子ちゃんが今頃、バチカンへ向かってる頃よん」
「殺戮と闘争を押し通すやり方は、最終的には、殺戮と闘争によって叩き潰されてしまうもの」
 牝龍が、厳かに告げた。
「暴力で平和を勝ち取りたい気持ち、わからないではないけれど……安易な暴力路線は、デウス・エクス・マキナを降臨させてしまうわ」
「デウス……エクス・マキナ……だと?」
「そう。最後に現れて、あらゆるものを台無しにする……破壊神よ」


 龍国の使節団と法王が、和やかに会談を行っている間。バチカン市国内は、地獄絵図と化していた。
 市国要所を制圧すべく行動を開始した、龍国の特殊部隊。
 彼らの眼前に、それは突然、降り立った。
「な、何だあれは……!」
 爆炎の中に佇む人影を、龍族の特殊部隊兵士たちが、うろたえながらも取り囲む。小銃を構え、口々に叫ぶ。
「何だ、ハト派の連中の秘密兵器か!?」
「いや、妖精王国の連中かもしれん。あるいは久遠の都か……」
「何にしても、邪魔をさせるわけにはいかん! 我ら龍国による、平和のために!」
 そんな言葉を浴びながら、細身の人影が、ユラリと炎の中から歩み出る。
 龍族の兵士たちがまず目にしたのは、翼である。天使を思わせる、白い羽毛の翼。
 それがマントの如く閉ざされ、細身の肉体を包み隠している。
 奇妙な香気が、ふんわりと漂った。
 線香の匂いだった。
「……あんたたちのための、お線香よ」
 少女の声を発しながら、その生き物は、ゆっくりと翼を開いた。
 異形、としか表現しようのない姿が現れた。
 その頭では、角の形に線香の束が燃え、冠の如く位牌が立っている。
「これ……あんたたちの、位牌よ」
「ふざけた事を……化け物め!」
 兵士たちの小銃が、一斉に火を吹いた。
 化け物と呼ばれた少女の全身で、血飛沫のように火花が弾けた。
 悲鳴か、雄叫びか、判然としない声を発しながら、少女は暴れた。水掻きのある細い手が、龍族の兵士たちを片っ端から引き裂いてゆく。
 ぐしゃっ、ビチャッ! と様々なものが飛び散った。
「何が平和よ……平和なんて、最悪よ……!」
 涙を流しながら少女は翼をはためかせ、異形の細身を躍動させる。細い両脚が、様々な蹴りの形に跳ね上がった。突き蹴り、回し蹴り、サイドキックに踵落とし……その一撃一撃が、龍国の特殊部隊兵士たちを、小銃もろとも粉砕してゆく。
「平和になんて、なっちゃったら! あたしみたいなのは、どうやって生きてけばいいのよぉおおおおおおッ!」
 ちぎれた肉の残骸が、真紅の飛沫と一緒くたになって、バチカン市内にぶちまけられた。
 死臭と線香の匂いが混ざり合い、猛烈な地獄の臭気となって吹き荒れる。
 それを天使の翼で煽り拡散させながら、異形の少女……暴力二女・三島玲奈は絶叫した。
 もはや言葉にならぬその叫びと共に、大量の泡がブシューッ! と吐き出される。
 逃げ腰になり始めた龍族兵士らが、その泡を浴びてドロリと崩れ落ちた。露わになった骨格が、ぐずぐずと形を失ってゆく。
「でも、まあ大丈夫よね……あんたたちみたいなのがいる限り、平和になんて絶対ならないから……」
 涙を流し、微笑みながら、暴力二女は口元の溶解泡を舌先でベロリと拭い取った。
 その頭の位牌に、様々な戒名が、表示されては消えていった。


 綾鷹郁と高峰沙耶によって、総督は捕縛された。
 龍国と妖精王国、双方で暗躍していた軍服の少女もだ。
「何故だ……全て上手くゆく、はずだったのに……」
 郁に取り押さえられた少女が、呆然と呻く。
「何故……こんな事に……どこで、何が間違った……?」
「最初っから、何もかもよ」
 あまり痛くならぬよう、少女の細腕を捻り上げながら、郁は言った。
「……ま、貴女が何をそんなに憎んでたのかは結局わかんなかったけど。自分だけが被害者、みたいな考え方は捨てた方がいいよ」
 今はここにいない、単身でバチカンでの戦闘・殲滅任務をやり遂げた1人の少女を、郁は思った。
「もっと酷い生き方……選択の余地もなく背負わされちゃった子だって、いるんだから」
 その少女は、生まれた時から怪物だった。
 怪物という呼び方が、痛々しいほどふさわしい少女。
「あの子に比べたら、貴女なんて全然……まぁその辺の議論も、いずれ時間かけて、ゆっくりとね」
「ゆっくりと……議論だと? 私と、お前が」
「そう」
 郁は、微笑んだ。
「貴女とは、じっくりお話ししなきゃいけない……何かよくわかんないけど、そんな気がするのよねぇ」


「結局……」
 巨大な牝龍と向かい合ったまま、沙耶は言った。
「今回、私のした事には……何の意味もなかった、という事なのよね……」
「そんな事ないと思うわ」
 牝龍は、優しく微笑んだようである。
「貴女の行動は、少なくとも龍国が変わるきっかけにはなった……私たちと貴女との、対立も、論争も、本当に有意義だったと思う。ぶつかり合いからしか生まれないものは確かにある、と私は思うわ」
「……私とお爺様も、言い争ってばかりだったわ」
 沙耶は、涙ぐんだ。
 口論こそが自分と祖父との交流だった、と今は思う。
「これから、どうするの?」
「龍国に残るわ」
 牝龍の問いに、沙耶は答えた。
「今度こそ、本当の平和というものを追い求めてみるつもりよ。長い長い、暗中模索になるとは思うけれど」