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夢の理由
灰色の線が地面へと打ち付け、ノイズが走っている映像の様にその視界を遮ろうとしている。
雨足は激しく、ザーッと全ての音を呑み込む様な勢いのまま、その静けさを埋め尽くしているかの様だ。
「――――ッ!」
雨に打たれながら、誰かの名前を叫んでいる翡翠色の髪をした女性。
自身が濡れる事も厭わず、それでも叫んでいるその姿は悲痛とも取れる様な、そんな気がする。
そう考えながら、その姿を見つめていた少女は胸を締め付ける様な感覚に襲われる。
「――――ッ!」
また叫ぶ。
誰かの名前、だろうかと少女は考える。名前を呼んで捜している女性。
彼女は一体誰を捜しているんだろうか。
「…………ッ」
ついに膝が折れ、その場で俯いた女性。
その姿を、まるでカメラ越しに見つめている様な感覚で少女は見つめる。
鋭く荒々しい雨音が、いつも彼女の言葉を、その叫んでいる名前を打ち消す様に打ち付けるのだ。
「――絶対に、見つけ出すから……ッ」
そうしていつも、この言葉だけは雨音の間をすり抜けて、少女の耳へと届けられるのだ。
――そう、いつもこの言葉だけはしっかりと。
少女は意識の淵から浮かび上がる様に目を開いた。
見慣れた自室を見回し、先程まで見つめていたあの光景は夢なのだと理解する。
寝起きの頭というのは、思ったよりも働く。とは言え、思考を巡らせながらも行動に移せるか、と言われれば微妙な所だが、何故か思考だけは普段以上に雄弁であったりもするのだ。
そんな事を思いながらも、少女は呟いた。
「……また、あの夢ですか……」
小さく呟いたその言葉は、起き上がらせた身体から捻り出されたものである。
部屋の中は理路整然と整理されていた。これは少女――逸見・理絵子(いつみ・りえこ)の性格を顕著に表していると言っても過言ではない。
そんな理絵子は、ついぞ起き上がり、机に置かれた一冊のノートを手に取った。
夢日記。
彼女の日課であり、その日その日に見た夢を日記として記している一冊のノートだ。
今日も見た、さながら路地裏の様な場所。激しい雨に打ち付けられながら、翡翠色の髪をした女性がああして何かを捜している夢。
それを細かく描写し終えた理絵子は、パラパラと前のページを見つめた。
そこには同じ内容が書かれている。
「……もう十日連続……」
ここ最近、同じ夢を見る理絵子。いい加減見慣れてしまったものだが、同じ夢を見慣れる程に見る、というのは些か不思議な気分であった。
今の夢が続くその前までページを遡れば、そこには何の脈絡もない夢ばかりが記されているのだ。
それがこの十日間、一切の変化もなく同じ光景を見ている。これを不思議と言わずに何と言えば良いのか。
「……あの人は、どなたでしょう……」
そう呟いた理絵子は、夢日記を机に戻す。その時、理絵子のスマフォがメールの受信を知らせた。
《どうせ夢だろ?》
今しがたまで呟いていた理絵子の疑問に答える様なそのメール。本来であれば、誰かが聞いているのかと周囲を疑いたくもなる光景なのだが、理絵子はそんなメールを送ってくる相手を理解している。
そのメールの主は、枕元に置いてあった赤いぬいぐるみ、“ぐれむりん”その人(?)である。
理絵子の近くにぐれむりんがいる時、ぐれむりんは理絵子にメールという方法を用いて話しかける。これはぐれむりん特有の特殊な能力であると言える。
「もう、夢も馬鹿には出来ないの。正夢もあるんだから」
ぐれむりんに向かってメールの代わりに言葉で反論する理絵子であった。
ネットアイドル『LICO』。それが理絵子のもう一つの顔であった。
引っ込み思案の元引き籠りというマイナス要素はあるものの、今では外へ出る事も可能である。というのも、彼女の持つ稀有な才能がそれを可能にさせたのだが。
彼女の地は、先程の独り言からも見て取れる様に、礼儀正しく丁寧な言葉を使う、どちらかと言えば大人しい性格をしている。
それがある意味では引き籠りの状況を増長させた、とも取れるのだが、それは本人にとって長所でもあり、短所でもある。
そんな彼女が外に出る際、彼女は一種の“コスプレ”をする。
そうする事によって、彼女はそれに成り切る事が出来るのだ。これは彼女の持つ天性の素質が起因している。
衣装やメイクによってその性格を変化させ、雰囲気も変える。そして様々な声を出せる彼女は、いつしか本当の自分がどれなのかも忘れてしまいそうな程に、様々なキャラクター――否、一種のパーソナルを作り出している。
どうやら今日は、その地毛の色を利用したコスプレの様だ。
長い緑色の髪を左右でツインテールにまとめ、菱型の独特のリボンでそれを留める。
袖のないシャツに緑のネクタイを締め、二の腕から手のひらまで伸びるアームカバーをつける。
スカートはプリーツスカートで、黒基調に緑色のフリルがついたもの。そしてニーハイソックス。
まさにそれは、某電脳歌姫の格好であった。
メイクも終え、そこには理絵子が生まれ変わったかの様にその場に立ち、姿見の鏡の前で軽くポージングをしてその出来栄えを確認する。
納得したのかくるりと廻り、ぐれむりんを抱き上げた。
「今日は異界へ行こうっと。今日はレア衣装あるかな?」
ツインテールを揺らしながら、ぐれむりんを抱いて理絵子は部屋を後にするのであった。
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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
今回は異界のご依頼と、こちらのプロローグ的なお話、
ご依頼有難う御座いました。
キャラクター設定なども織り交ぜて書かせて頂きましたが、
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、追って異界の方も納品させて頂きます。
今後とも、宜しくお願い致します。
白神 怜司
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