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<東京怪談ノベル(シングル)>


幻惑の森


 この森に来るのも、何百年ぶりであろうか。
 以前来たのは、赤竜樹が花を咲かせた時である。魔法のドレスの染色に、あの赤い花弁が大量に必要だったのだ。
 今度、赤竜樹の花が開くのは、およそ七百年後といったところか。
 今回の目的は赤竜樹ではなく、百足草と人面茸である。
「そんなキモい植物、一体何に使うおつもりですの?」
 フリル付きのワンピースに身を包んだ美少女が、そんな事を訊いてくる。
 森をなめている、としか思えない服装だが、この娘はそれで平気なのだ。
 何しろ、元々は石像である。思い通りに石の強度を有する事が、彼女には出来る。
 たおやかな身体も、その身を包む薄手のワンピースも、枝に打たれようが樹皮に擦られようが、全くの無傷だ。
「良薬口に苦しっちゅうやろ。見た目グロい材料ほど、ええお薬になるもんや」
 うねり狂う百足草を、根ごと引き抜きながら、セレシュ・ウィーラーは答えた。
 身に着けているのは、ワンピース状の布鎧。その上から皮の胸当てと手甲、脛当てを着用している。さすがにフリル付きのおしゃれ服というわけにはいかない。
 腰には、剣を帯びている。
 その剣を抜きながらセレシュは、人面茸の群生地へと歩み寄った。
「うへへへへ、遊ぼうぜ姉ちゃん。遊ぼうぜぇえ」
「なあ、ええやんけ。ええやんけ」
「やらせろ、やらせろ、やらせろよぉー」
 口々に妄言を発する人面茸たちを、セレシュは剣を振るってザクザクと刈り取り、袋に詰めた。
 蠢く百足草と喋り続ける人面茸でいっぱいになった袋が、もぞもぞと震えながら声を発している。
 元々は石像であった少女が、呆れた。
「……変な夢が見られるような、いけないお薬ではないでしょうね? お姉様。一体おいくらで売りさばくおつもりですの?」
「せやなあ、末端価格百億円はカタいでえ……って、んなワケあるかい。世のため人のための新薬や。ま、処方間違うたらバッドトリップしかねへんけどな」
「私を実験台にするのは、おやめ下さいませね」
 この少女に薬物が効くのかどうか、試してみたい気持ちが、セレシュには無いでもなかった。
 元々、石像であった少女だ。今は、付喪神と言うべき状態である。
 それをセレシュが助手として使っているわけであるが、今回はどうやら助手と言うより用心棒としての働きを期待する事になりそうであった。
 複数の凶暴な唸り声が、近付いて来ている。
 狼の群れが、2人を取り囲んでいた。
 よだれを垂らしながら汚らしく牙を剥き、唸り声と、そして人語を発している。
「なあ、ええやんけ、ええやんけ……」
「やらせろよ姉ちゃん、やらせろよぉー」
 そんな声と共に襲いかかって来る狼たちを、セレシュは剣で叩き斬った。
「あかんわ……こいつら、人面茸食っとるせいで変な感じにキマっとるがな」
 ぼやきながらの斬撃が、薬物中毒の狼たちをスパスパと薙ぎ払う。魔法に比べると不得手ではあるが、剣を全く使えないわけではないのだ。
「あらあら、可愛くないワンちゃんたちですこと」
 付喪神の少女が、細腕を振るう。
 そこに狼の1匹が噛み付いた。固い音がした。噛まれた腕は、全くの無傷である。
 なおも執拗に噛もうとする狼の口を、少女は無造作に掴んで引き裂いた。
「私に噛み付いていいのは、コロコロした豆柴ちゃんと、ミニチュアダックスの赤ちゃんと、ぬいぐるみみたいなトイプードルにモコモコしたポメラニアン子ちゃん……とにかく可愛いワンちゃんだけですわよっ」
 たおやかな細腕が、襲い来る狼たちを片っ端から叩き潰し、引きちぎる。
 かつて石像であった美少女が、まるで乙女像のストーンゴーレムの如く、怪力を振るい続ける。
 普通の野生動物であれば、ここまで手強い獲物には固執せず逃げて行くものだ。
 が、この狼たちは、人面茸のせいで恐怖心が麻痺してしまっているようであった。
「遊ぼうぜぇ姉ちゃん、遊ぼうぜええ」
「やらせろよ、ええやんけ、ええやんけ」
 世迷い言を吐きながら襲いかかって来る薬物中毒獣の群れに、付喪神の少女は苛立ちをぶつけた。
「あぁんもう、可愛くない動物に存在価値などありませんわ!」
 優美な細身から魔力が迸り、ワンピースのフリルが禍々しく揺らめく。
 少女の周囲で、森の風景が歪んだ。
 その歪みが渦を巻き、狼たちを呑み込んでゆく。
 セレシュが教え込んだ、魔法の1つである。
 闇系統の魔法に関して、この少女の飲み込みの早さは天才的と言って良かった。
 めきっ、バキバキッ……と、凄惨な音が響いた。
 渦巻く空間の歪みから、白っぽいものが大量に吐き出される。
 獣の、骨である。
 狼たちは1匹残らず、肉も臓物も食い尽くされて骨と化し、森のあちこちに吐き捨てられていた。
「可愛くない動物を虐めても……動物虐待にはなりませんわよね? お姉様」
「知らんがな」
 苦笑しつつセレシュは剣を収め、袋を担ぎ上げた。
 帰るで、と声をかけようとした、その時。
 何やら重いものが落下したような音が、響いた。
 付喪神の少女が、転倒していた。
「何やっとんねん」
「ま……魔力切れ、ですわ……」
 少女が、起き上がろうとして失敗し、ギクシャクと滑稽な動きを見せた。
 フリル付きのワンピースが、ぼろぼろと砕けた。破片が散った。
 石の破片だった。
「ちょっ……ほんま何やっとんねん自分!」
 セレシュは慌てて少女を助け起こそうとしたが、やはり失敗した。とてつもなく重かった。
「お、お姉様……助けて、お姉様ぁ……」
 情けない顔で情けない声を出しながら、少女は石像に変わっていった。あるいは、戻っていった。
 石化したワンピースの所々が砕け、すらりと綺麗な脚が、際どい所まで露わになりながら、おかしな方向に跳ね上がっている。
 綺麗な胸の谷間が露出した、あられもない半裸身で、珍妙なポーズを取っている美少女の石像。
 そんなものが今、森の中に転がっている。
「調子こいて魔法なんぞ使うからや!」
 セレシュは叱りつけたが、もはや聞こえてはいない。
「どないすんねん、これ……」
 途方に暮れるセレシュを嘲笑うように、袋が蠢き、声を発する。
「なあ、ええやんけ、ええやんけ」
「じゃかあしいわ!」
 セレシュは、袋に蹴りを入れた。