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<東京怪談ノベル(シングル)>


モノじゃなくヒトとして……


 沖大東島……――別名、ラサ島。
 願望砲の艦隊への採用可否を判断するべく、旗艦はこの場に三日間の停泊をしている。
 ラサ島は武器承認の社有島であり、郁は敏腕女性主任の下、心霊兵器願望砲を開発していた。
 青空が広がるある日、この願望砲の評価試験を行うことになり、開けた場所で願望砲の運転を開始した。が、どこか不具合が生じたのか願望砲の動力部はバチバチと音を立てて黒い煙を上げながら暴走し始めた。
「早く! ここは危険よ! 避難してっ!!」
 息巻いて避難を促す郁に対し、主任は至って冷静な表情を浮かべている。そんな主任に対し、郁は怪訝な表情で見詰める。
「主任、早く退散してください」
「……落ち着きなさい。綾鷹……秘密兵器があるの」
 そう言いながら連れてきたのは、歌姫と呼ばれている一人の少女だった。
 その少女。主任はあやかし荘で彼女を捕獲したのだと言う。
 主任はこの歌姫を得意げな表情で見下ろしながら呟いた。
「歌姫は便利な子……。さぁ、歌いなさい」
 背を押された歌姫は、主任の言葉に従い朗々と歌い始める。すると不思議なことに願望砲の暴走が収まった。
「……」
 その姿を見た郁は表情が硬くなったが、主任はそんな郁のことなどまるで気にも留めずに話を続ける。
「願望砲はどうしても必要なもの。早急な完成が望まれるわ」
「主任……」
 郁は完成を焦っている主人を訝しい目で見詰めていたが、この時はそのまま過ぎて行った。
 それから数日、願望砲は幾度となく暴走し、その度に借り出される歌姫。一日中歌わされ、声も枯れ始め身体的疲労も目に見えるほどにまでなっていた。
「ほら、歌うのよ! あなたが歌わなきゃ完成しないじゃない!」
 無理強いをする主任に、歌姫は目に涙を浮かべながら激しく首を横に振った。
「……!」
「さぁ、歌うのよ! たとえ血反吐を吐こうとも、完成させるためには必要ことなのよ!」
 乱暴にその背を押し、歌を強要する主任に歌姫は涙ながらに歌い始める。が、すぐに過労がたたって倒れてしまったのだった。
 それを見ていた郁は見ていられず、主任に進言する。
「いい加減やめて下さい! 彼女にだって人権があるんです! そんな、物みたいに扱うのはおかしいわ!」
「物? 当然よ。彼女は願望砲を完成させるために必要な備品の一つに過ぎないわ」
 そう言いながら嘲笑う主任に、郁は背筋が凍るような思いに駆られた。
 ぐっと拳を握り締め、主任を睨むように見据える。
 そしてあることを思いついた。
 もし、歌姫に知能があるならこの実験を用いれば確実に逃げ出すはずだ。そう考えた郁は口を開く。
「……歌姫を危険に晒し観察する模擬実験を行ってはどうですか……」
 苦々しくもそう進言した郁に、主任は片方の眉を上げて彼女を見下ろした。


 実験室。
 この部屋では、歌姫を用いて爆発寸前の砲を制限時間内に修理するシュミレーションが行われる事になった。
 部屋の入り口から中を覗く郁は、彼女が逃げ出すことを願っていた。
「……逃げるのよ……」
 小さく、無意識にそう呟く。
 やがてシュミレーションがスタートし、中にいる歌姫は必死になって歌を歌おうとする。が、制限時間内での修復は当然のように失敗し、歌姫はそのまま殉職してしまった……。
 郁はその様子に愕然とした。
「何を目論んでいたのか知らないけれど、この結果に満足かしら?」
 得意げにそう訴える主任を他所に、郁は狼狽していた。
 歌姫には知能がなかった……。
「そんなはずない……!」
 このことが不服で仕方がない郁は追試を試みる。そこで驚愕の結果を得る事になった。
「なんてこと……」
 郁は下唇を噛み締めた。


 願望砲発表会当日。
 この日も例外なく、発表会の最中に突然暴走し始め、砲が爆発寸前状態に追い込まれた。
 人々は急ぎ旗艦への避難を余儀なくされるそんな中で、郁と主任は歌姫を捨て駒にするか否かで口論が尽きなかった。
「歌姫はあの模擬実験を見抜いていたわ!」
 そう声を荒らげる郁に、主任はまるで取り合わない。
 歌姫も、定義に照らせばヒトなのだと主張する郁に、主任は鼻で笑った。
「妖怪如きに人命を賭すのか?」
 そういいつつ、主任は歌姫を強引に炉心へと向かう。
「……っの、分からず屋!」
 郁は憤激しながら、炉心へと向かう通路を破壊した。
 激しい爆音を上げ、行く手が阻まれた通路の中央に立った郁は主任を睨みつけている。
「銃殺も覚悟の上よ!」
 凄む郁に、主任は憎憎しげに彼女を見やりながら口を開いた。
「なら、自慢のその共感能力で歌姫の真意を問うてみなさい」
「そんなの、決まってるわ。彼女は物扱いされる為にいるんじゃないもの!」
「笑止千万だな」
「馬鹿にしないで!」
 激しい口論を繰り返していた郁は、主任の隣にいる歌姫に目を向け微笑んだ。
「大丈夫。歌姫ちゃんはできる子よ」
「……」
 郁に促された歌姫は軽やかに歌い上げる。するとたちまち爆発は収束した。
 歌姫が何者であるか未だに不可解ではあるが、その後彼女を相棒として郁は砲を完成させた。
 主任は歌姫を抱き寄せ、郁も寄り添う。
 一度顔を見合わせ微笑むと、三人は声高らかに歌い上げ、その歌声は潮風に乗って島全体に響き渡るのだった。