コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


−SOMETIMES−

(変わったものが観たいなら、ここなんてどう)
 そう言ってアンティークショップ・レンの女主人が、戯れのごとくさらりと書いたメモを頼る。それによればセレシュの目指す空軍基地はこの先である。
「しっかし辺鄙なとこやな。首都やいうてもまだ、ど近くにこんなど田舎があるんやな」
 誰ともなくセレシュがつぶやいた刹那。
 ざらり。
 と、何らかの結界域へ踏み込んだ感触が、その華奢な肢体を包んだ。
「……なんや?」
 だが、セレシュには一切の悪意も警戒もそこから感じられない。純粋で単純な結界は、ある世界と別の世界の結び目を作ることで足りる。
 それだけに脆くもあるのだが、たとえば山中では寺領や神域をしめすために、ただ一個、変哲のない石や木片を置くことがある。
 彼女のもった感触は、そのようなものに限りなく近い。
「ははあ。これは、ただの迷子除けやろ」
 彼女自身が自由にその種の結界を操れるだけに、分析は呼吸より自然に行われた。セレシュは歩を進める。
 すぐに景色はひらけた。
 トタンに赤さびの建造物群。すずかぜの吹きわたる広大な草原とそして滑走路。
 この日彼女の求める場所。





 日野・ユウジ。
 ビデオ屋バイトで糊口をしのぎながら、飛行機好きさだけで此処に入り浸っている男である。
 その彼が彼らしからぬ表情で、ハンガーの各機をあぜんと見上げていた。インカムに向かって叫ぶ。
「こちらハンガー、各機が武装を開始している」
 機体の巨大な砲弾ドラムにたたみこまれていく実包を見て、彼はおののいた。
 すべての戦隊機は半機半神、一種の宿り神である。能動的に自らの武装を選択装備する事ができる。情況に応じて、それぞれ最低限必要と思われる準備をするし、それは兵器としての機能に矛盾しない。ただ電子知能によるオートメイションとは、武装が始まる機構と理由が根本的に異なるのだ。
 が、基地内の対人防衛システムはそうではなかった。
 ただの機械である。
 さてセレシュは、レンで場所を聞いて来たものの、正面にあたる場所の見当がつかない。
 紹介状も招待状もない。
 つい四方から中を伺いつつ軽く困惑していたところ、独立作動する対人警戒砲にひっかかってしまった。
 警告なく発射される光条。
 セレシュは一切の無駄なく且つゆったりと、それらを神楽独楽のごとく避け、防御結界を展開する。
「なんやの、もう!」
 所持している目眩ましでは対応に難がある。どの光学手段で補足されているか不明だからだ。
 それになにも、自分はやましいことをしているわけではないのだ。
 それなのに。
 と、その意識が彼女の本来的原初の奥底を、つっついた。疼き上がる防衛本能と、反発。
(あかん)
 セレシュの理性が思った時には、すでに右手が眼鏡を押し上げていた。もう反射に近く、止まるものではない。
 更に射撃を加えんとする砲口に、裸眼の一睨みをくれている。
 そして。
「あっ。やってもた」
 石化した自律砲が、自重で天井からずるずると地面へ向かい、重たい音を立てる。同時にけたたましい警報が鳴り響く。
「あちゃー。これなんぼすんのやろ」
「うぉおおお!? 今度はなんだぁー!」
 裏返った若者の声と、数人の駆ける足音が聞こえてくる。
「動かないで」
 突然の声に振り向くと、銀髪の少女がハンドガンを構えこちらに向けている。いつ此処までも接近を許した?
 銃の照星がぴたりと自身の眉間へあっている。その少女とセレシュの背格好が同じ――といっても実際セレシュのほうが実年齢は上になるのだが――であるから瞬時にそう理解できたのだ。
「ちょちょ、ちょっと待ってーな!」
 どこから説明するべきか、あたふたしている間にすっかり囲まれてしまった。
 その中でももっとも年長、赤茶けた短髪と肌の壮年が口を開く。なぜか整備服だ。
「サキ、銃を下げてやれ」
「了解」
「しかしお嬢ちゃん。普通に入ってきてくれりゃそのとーり出迎えたのになんでこんなトコから」
 少女は銃口を下げたが、その先はセレシュの大腿部へ降りただけだ。
 心地よいものではないそれを、ちらちら横目で見つつなんとか経緯をつたえようとする。
「あ、あの〜。ええと。その、玄関がどこやら、わからんやったさかい、それ、そこの」
 セレシュは石化したレーザー砲を指差した。
「そこの、いちばん音の大きそうなインターホンを押したようなわけなんや……」





 防霊空軍、待機所兼食堂兼応接所。
「いやあ、笑った笑った」
 と先ほどの赤茶の男がどっしりと腰を掛ける。彼が高月・泰蔵、これで基地司令なのだそうだ。
「いや、えろうすまへん……」
 赤面して頬をかくセレシュ。その足元には、見事に彫像化した軽レーザー砲が転がっている。
「かまわんかまわん、しょうナシな事じゃよ。ま、いい意味で変わった奴ばかり来るからのう、ここは」
「いやあ、あははは……つい、うちの性分と、勢いというんかなぁ、かんにんしてや、あはは……」
 影のように高月・サキが、ハーブティーと、チョコチップや紅茶葉のミントクッキーをテーブルに置く。
「やあミセス・セレシュ……俺は日野ユウジ……大空に魅せられ愛も祖国も捨てた男……」
「ところでほんとに弁償せんでいいの?」
 謎の自己陶酔を続ける青年を無視してセレシュが問う。
「『是非!命に代えても弁償させてほしい!』というならしてよいぞ? でも、好事家に売りつけたほうが値段よさそうじゃもん、コレ」
 コレコレ、とそういって泰蔵は、レーザー砲の彫像をつまみあげてぶらぶらさせた。
「これを大手のジャジャビーズオークションなんかにもちこんだら、オカルトやらオーパーツ好きの金満家が群がって、その方が我が軍の台所が潤うわけじゃ」
「あははは、おっちゃんはリアリストやなあ」
「……ジュラルミン甲より薄い俺の命……わずか数秒この世とお別れ……だからマドモアゼルセレシュ……」
 日野は相変わらず陶酔している。
「わしは技術屋じゃからなあ。この人種は大抵リアリストじゃろう」
「ふーん。いうて、うちも研究者やし技術者やで。つまりおいちゃんは金勘定うまいだけちゃうの」
 セレシュは肩を揺らしてくすくす笑う。
「わはは、手厳しいのう。あとでハンガーでも見に来るか?」
「それはもう、ぜひ頼むわ! ええっと、で、このユウジのにいちゃんは何をいうとんの、さっきから」
「ふっ……いけないぜマダム、俺に惚れるなよ……俺の両手はもう血に染まりすぎてるのさ……」
「ないない。世界が終るまでそれはないから安心して往生してや。そもそもうち未婚やから。そもそもあんたどっちも言うとるやん」
「すまんのう、日野は初対面で美人を見るとこの調子で、これがカッコイイと思いこんどる」
「日野さんにはミスもミセスもないんです。デリカシーをテレパシーと勘違いしてしまう人なんです」
 それぞれのティーをそそぎつつサキが独白のようにいう。
「意味が通じればいいじゃないスか!」
「まあ、あんさんの中で通じとるんならいいやろ。すごくいいなあ。少なくともうちには果てしなくどうでもいいなぁ」
「何すかもう、ひどいなあ……あっ!」
「何じゃ日野」と泰蔵指令。
「そういや3番のタキシングウェイ、いたみ出してたっすよね。いっちょセレシュさんにぐわっと石化してもらって補強工事を」
「ほう」
「任せとき、あっという間に……って、便利屋ちゃうわ!」
 セレシュの平手が、日野の後頭部をキレイにはたく。
「すまんお嬢ちゃん。この男、ちょっと残念な奴じゃから」
 老指揮官が頬杖をつく。
「おやっさんオレ今ツッコまれましたよ! しかも関西弁でノリ付きで!」
「……な、残念な奴じゃろ?」
「セレシュさん、やっぱ納豆ニガテすか!? お好み焼で白ご飯食べるッスか!?」」
「うん、ちょっとどころか、この兄さんはだいぶ残念やね。うち、毒される前にハンガー見たい」
「おう、そうするかの」




 ハンガー。
 こちらにはサキもファイル片手についてくる。
「なるほど前進翼か、化けもん相手の格闘戦にはよさげやなあ」
「うむ」
 見上げる白い機体は、イズナ。前進翼に格納可能カナード、翼端から主翼の角度を可変可能。
「お、さてはお嬢ちゃん、イケるクチじゃな」
 指令であり整備士である泰蔵は実はうれしいのだろう、眉を顰めつつ口元は綻んでいる。
「若くておまけに品があって美人やからって見た目で侮ったらあかんよ」
 そういうことにしとこう、と泰蔵は笑う。
 ともかく専門でないといえ、航空・流体力学の基本ぐらいはセレシュにもわかる。なにより魔装具に関してはエキスパート中のエキスパートなのである。
「あっちのは? ステルス?」
 セレシュは黒いマンタのように鎮座する、ニイツキを指差す。
「うむ」
「レーダー反射面積へらしても、さして意味ないんちゃうの。人間相手やないんやろ」
 結局、あやかし・妖魔の類がどのようにこちらを補足し攻撃してくるか、それがわからなければ欺瞞手段も立てようがない。
「一応切り札がある。事象遮断ポリマー、これで機体を覆う。光学的電子的方法にかかわらず、この状態のニイツキを発見できる手段はまず無い」
 コクピット周りを視るついでにどこか調整してきたのか。
 老整備士は両手の油を拭いながらラダーを降りてきた。
「まあ、遷音速上下でぶっとばすから、機体全体をポリマーが覆っていられる時間は全力で噴射している間だけじゃ。この配慮もあって昨今のステルス機に似た、おうとつの無いシルエットになったわけじゃ」
「敵が、人間様の空戦常識に合わせて飛んでくれるわけやないもんな」」
「うむ」
 それより。
「それより……なんでこいつらには『式』がやどっとるん」
 泰蔵は軽く首をねじるとシガリロを取り出し火をつけた。
「ま、お嬢ちゃんなら気付かないわけもないか。不敬だ、冒涜だ、ともいわんじゃろ?」
「まさかあ」
 場違いなほどに彼女は明るく笑う。
「パイロット次第じゃ。『式を打つ』行為は非常に広い。ちゃんと打ち願えば、こいつらの」
 そういって泰蔵はアゴで戦隊機をぐるりと示した。
「宿り神はただ力を貸す」
 それが万が一――無差別大量殺戮だとうとも。
「どうじゃ、怖いか?」
 手ごろな部品箱に腰掛け、老兵は射る視線でセレシュ・ウィーラーを見つめ直す。
 いいや、とセレシュは首を横に振る。即答。
「怖くもおぞましくもない。なんていうんやろ。えらく立派な刀なんかをみると、気が引き締まって背中が冷えるやろ、そういう感じ」
 徐々に忘我の表情になり、ひとり言のように彼女は続ける。
「『こいつら』の中身にナニカがいる。善でも悪でもない。たけり狂うにもヒトを救うにも、きっとこいつらに理屈はない……ただ自分とパイロットを守る。うちが乗ればうちの意思の通りに動く。んで、結果にはなんの責任も取ってくれん。全部、搭乗者が……うちが背負うことになる。施設も機体も壊したら戻らへんし」
 石にしても、戻せない。殺してしまえば、治せない。だから生きている相手なら、治しもしたい。好きな相手なら守りもしたい。そう心がけて生きてもいる、仕事にしてもいる。
 それでもあたしはあたしを辞められないから、本性から目はそらさない。自分の本質だけは、どれだけ見つめても石にならない。
「うちは怖くない」
 最後の一言は呟きに近かった。
 聞こえていないのか、もしくはその振りか。
 高月泰蔵は唐突に鼻毛を抜き始め、イテテ、などとぼやいていた。





「マッサージ師?」
 食堂へ戻った面々は、異口同音に(サキは沈黙していたが)驚いた。
「ほー、白衣はそっちの衣装か、わしゃてっきり研究が本業かと思っとったわい」
「そ、そ、それって特別コースとかあって追加料金でさらに全身VIPマッサージコースがあったりす……グハアッ!!」
 みなまで言わせず、セレシュの渾身の上段回し蹴りが日野の後頭部にヒット!
 彼は中空一メートルを地面と平行にすっ飛んで行った。
「おー。よく飛んだのう。あいつは飛行機より生身で飛んだ方がよいんじゃないか?」
「では開発コンピュータに試問を命じますか、指令」とサキ。
「いやそれ、毎回うちが発射台になるんかい! もー……サキちゃんも真面目にとらんといてよ」
「そうですね……セレシュさんがランチャーとして優秀でも、弾頭が日野ユウジでは、戦果は望めません――」
「いや大分違うけど、もうええわ……あ、あかんあかん話し戻すわ、あとは針灸もする。魔術や気も使うけど、こっちは一般人のお客さんにばれんようにね」
「つまり、なんでもできるたぐいの座頭さんか」
 セレシュは噴き出した。
「おっちゃんなあ、さすがにその言い方は」
 古臭すぎるわ、と続きそうになるのを一応飲み込んだ。マッサージにも山ほどの流派手法があるが、何もかも一緒くたな呼び様である。
「泰蔵指令のように一つのことでやってきた人は、わからないんです」
 と、サキが珍しく口をはさんだ。独白なのか、セレシュへ向けたのものかは、抑揚がない。
「やかましいわい。しかしわしも年じゃし、ひともみ頼もうかの」
「ええけど、うちの施術は安くないよ」
「そこはオブジェになったレーザー砲の再設置手間賃と、トントンというところでどうじゃな?」
「えー、タダ働きみたいなもんやんか! んー、でもなあ」
 彼女はプロの目になる。
「おっさんもサキちゃんも、ほぼいじくるとこないと思うよ? おっちゃんはガタイの割にえらく姿勢いいし筋肉柔らかいし。足元も見ずに、少しもブレずに機体のラダーステップをトントン上り下りするんやもん」
「そうか……でもせっかくなのになんか勿体無いのう」
 サキが、視線だけで自分はどうなのか、と聞いているような気がした。
「サキちゃんもいうことないな。うちに銃を向けた時の姿勢バランス、反動吸収に備えた肘・膝関節まわりの柔らかさ。これができるひとがどこかわるいとも思えないんよ」
「どうも」
 銃を向けたこと自体に関しては、何の感慨も無い様である。
「しかしすごいもんじゃな。いや、こういう言い方は失礼に当たるのかな」
 そんなこともないけどやな、とセレシュはティーに一口つけてから続ける。
「おいちゃんだって機械の音がおかしかったらわかるやろ。うちもプロやから、見たらわかるよ。歩いてる姿だけでもかなり分かる。一番ヤバいは日野のにーちゃんや」





 そして後頭部に巨大なたんこぶを作った日野が全員の前に引き出された。
「ほらこの兄ちゃん見てみ、両肩があごより前にある」
「本当ですね」
 はるかにデスクワークの多いサキは不思議な顔をする。
「マジッすか……」
「あと日野クン。今、胃腸こわしとるやろ。血色と唇の乾き方がひどいわ。舌みせてみ? ほら、まっしろけ。身体もそうとう堅いやん。あんたが走ってた時の足音、ひどかったもんなぁ」
 まさに自分が方位されようという時のそんな足音まで。と泰蔵とサキは参るしかなかった。
 日野はもう、四方からガトリング豆鉄砲を食らったハトのような顔である。
「ま、これも福利厚生じゃからな、セレシュさんお願いするわい」
「あいよー。サキちゃんタオル持ってきてーな、ありあわせでいいけど大きめの奴」
「了解しました」
 もはや逃げ場はない。日野はおとなしく横になる。
「はじめまーす。痛かったら痛いってゆうてな」」
 しばらくの沈黙。
「うっぎゃああああぁ! 痛い痛い痛い痛い!」
「ふむ、さてはここが悪いなぁ。じゃあここも多分……」
「ギィッャアアアアアアアアアア」
 泰蔵も、サキでさえ耳をふさぐ大絶叫である。
「そんなに痛いんか……? こりゃ3時間コースでもおわらんわ。しゃーないなぁ、じゃあ全く痛くないやつでやったろか?」
「イエス! やったぜ! ていうかあるなら最初っからそれしてくださいよ!!」
 セレシュ・ウィーラーは眼鏡の縁に指をかける。
「ああ、せやな……石像に、肩こりも筋肉痛もあらへんもんなぁ……」
「え?」
「嬉しいやろ、さあ始めよか……」
 半裸にもかかわらず脱兎のごとく彼方へ走り去る日野。
 セレシュは溜息一つ。
「あーあ。うちがせっかくロハでやったるって言ってるのに。もったいないやつやわ」
 沈黙の後。しばしの爆笑が夜半の基地を包んだのであった。



-----------------------------------------------
○登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
-----------------------------------------------
8538/セレシュ・ウィーラー/女性/21歳/鍼灸マッサージ師

NPC/高月・泰蔵
NPC/高月・サキ
NPC/日野・ユウジ
-----------------------------------------------
☆ライター通信          
-----------------------------------------------

セレシュ様、お初に御目にかかります。
 正直、ここ数年、お客様からPCを預かり小説として書いて、こんなに楽しかったことはありませんでした。
それゆえに、軽い戦闘あり、重ための心象描写もあり、はっちゃけまくりな路線に急旋回することもあり。
なんとも色んな味のする仕上がりになってしまいました。
 しばらくの窓あけに関しましては、本業との兼ね合いをみつつやっていきます。
基本しまって居りますので、もしご希望の際は一報いただければ対応いたします。

あきしまいさむ