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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


禁じられた戦


 降格である。
 屈辱感がないわけではないが、気楽になったのも事実であった。
 やはり自分には、艦長よりも前線勤務の方が向いている。藤田あやこは、そう思う。
「休戦協定で領有権が棚上げになった仙閣時代の地球に、楓国の軍勢が密かに入り込んだ模様である」
 IO2の提督が、辞令を告げた。
「現艦長・藤田あやこは特命のため解任。後任は、戦艦ラクーンの艦長が兼務する。以上」
 その後任の艦長というのが、いささか問題と言えば問題ではあった。
「ちょっと待って下さいよ。何で艦長の交替なんて、しなきゃいけないんですか」
 真っ先に文句を言ったのは、綾鷹郁だ。
「あやこ艦長が、何かヘマやらかしたわけでもないんでしょう?」
「適材適所、という事だ」
 提督が伴って来た後任艦長が、偉そうな声を発した。
「今、提督がおっしゃったように、藤田あやこには特命すなわち極秘任務がある。彼女がそれに失敗した場合、即戦争となる。この艦は私が指揮する事となるわけだが……よもや君が艦長になりたかったわけではあるまい? 綾鷹郁伍長殿」
「誰もそんな事言っとらんき……うちの艦隊で、あやこ艦長以外の奴が司令官ヅラしゆうのが気に入らんと、そう言うとるだけぞ!」
「やめんか、綾鷹伍長」
 あやこは、郁の首根っこを掴んで引きずり寄せた。
「辞令はすでに下ったのだ。艦長は私ではなく、彼。それを受け入れろ」
「……あやこ艦長の旦那じゃなかったら、ぶちのめしてる所ぞね」
 郁が、牙を剥くように歯ぎしりをする。
 あやこは溜め息をついた。
 自分の後任が、自分の夫。
 夫婦で同じ職場にいれば、こういう事もある。そう思うしかなかった。


「そりゃまあ、命令なら従うけどね」
 郁の同僚である茂枝萌が、抗眠剤をストローですすりながら文句を言っている。
 郁もそうだが萌の顔にも、痛々しい隈が出来ている。お互い、まとまった睡眠は、ここ何日も取っていないはずであった。
 新しい艦長の命令で、戦争準備が突貫で進められている。
「でもね、どうしても必要な時間ってのはあるわけよ! 3分かかるカップ麺を30秒で作れと、そのくらい無茶な事言ってるわけよ新しい艦長さんは!」
「……あやこ艦長に言っとくよ。現場ってものを知らない旦那を、少し教育してくれるようにね」
 郁は言った。
 自分はもう艦長ではないと彼女は言っていたが、関係ない。
 自分たちにとっての艦長は、藤田あやこ、ただ1人なのだ。


「遅い! そんなものが突撃と言えるか!」
 鞘が被せられたままの聖剣「天のイシュタル」を振るいながら、あやこは怒鳴った。
 銃剣で突っ込んで行った兵士たちが、その鞘の一撃に片っ端から叩きのめされ、打ち倒される。
 洞窟の中の、訓練施設である。
 敵を攪乱し、隙を作って突撃する。その訓練が今、元艦長・藤田あやこを教官として行われていた。
「教官、あの……そろそろ、お教えいただくわけには、参りませんでしょうか……」
 打ち倒された兵士の1人が、よろよろと立ち上がりながら問う。
「今回の極秘任務とは、一体どのようなもので……我らは一体何のために、このような訓練を」
「極秘だから、極秘任務と言うのだ」
 あやこは即答した。
「味方にすら明かしてはならぬ機密など、いくらでもある。貴様も軍人であれば理解していよう……理解したところで訓練再開だ。全員が私を突破出来るようになるまで、続けるぞ」
 この兵士たちの中に楓国のスパイがいない、とは断言出来ないのである。


「あの綾鷹郁という伍長は、もう少しどうにかならんのか」
 艦長が言った。お前の教育が悪い、とでも言わんばかりの口調である。
「あの反抗的な態度……生意気というだけでは済まんぞ。いずれ艦隊そのものを危機に陥れるような命令違反をやらかしかねん」
「これからそんな事をするくらいなら、とうの昔にやらかしているわよ」
 あやこは応えた。
「あんな態度でも、彼女は軍人よ。命令系統は心得ているわ。もう少し、長い目で見てあげてはどう?」
「そんな余裕が、今の我が軍にあると思うのか」
 艦長が、じろりと険しい目を向けてくる。
「問題のある部下を庇い立てするのは、やめた方がいい。君はもう、艦長ではないのだからな」
「……そうね。今の私は、単なる特攻隊員」
 同じような眼光で上司を、夫を、睨み返しながら、あやこは1枚の地図を懐から取り出した。
「……にしても、もう少し正確な地図が欲しいところね。これでは古過ぎるわ」
「最新の情報は、君自身の目で確かめてもらうしかない。そこまでの能力が期待されている、と思って欲しい」
「期待されている……ね」
 あやこは微笑んだ。やけくそ気味な笑顔になった。
「戦争の準備が急ピッチで進んでいるのは……私がこの任務に失敗して命を落とす、可能性が高いから?」
「あらゆる可能性を考慮している。それだけだ」


 事象艇『楡』号が旗艦より発進し、仙閣時代へと向かった。
「仙閣時代の地球において、楓国が生物兵器を開発中である、との情報が入った」
 藤田あやこの口から、極秘任務の内容が語られたのは、楡の艦内においてである。
「これは要人の脳に感染する寄生蟲で、雑音に紛れ、電波に乗る。気付いた時には手遅れ、というわけだ。蟲は宿主ごと溶けて消滅する。二次感染はない」
「無血占領には最適の兵器、って事ですね」
 綾鷹郁が言った。
「その生物兵器を、工場ごと爆破する。それが今回の任務ですか」
「そういう事だ。が知っての通り仙閣時代の地球は、領有権棚上げの中立地帯。堂々と艦隊を率いて入って行くわけにはいかん」
「裏口から、こっそり入ってくしかないですねえ。でも、どうやって?」
「貴官の出番だよ、綾鷹伍長」
 あやこは、懐から一通の書簡を取り出した。
「この紹介状を持って狐国へ行け。そこに、お前の仕事がある」


 狐族の女商人が、ベッドの中で郁にしがみついて来る。
「あの女……一体、何を考えてるの? 私に協力を求めるなんて」
 気怠げな口調で狐女が、郁の耳元で囁いた。
「私、あいつに商売を台無しにされた事があるのよ? 藤田あやこなんて名前を聞きたくもないのが正直なところ……でも、貴女になら協力してあげてもいいわ」
「ありがと……」
 狐女を抱き寄せてやりながら、郁は苦笑した。
 あやこの言っていた「仕事」というのが、要するにこれだ。この女商人を、籠絡する事だ。
「貴女のダーリン……仙閣地球に、出入りしてるのよね?」
 狐女の耳を愛おしげに弄りながら、郁は囁いた。
 表向きは中立的立場の資源採掘船が、仙閣時代の地球に出入りしている。その情報を分析した結果、採掘船の船長の人脈に、この女商人が浮かび上がって来たのだ。
「あたしたちも、そのお船に乗っけてくれると嬉しいなあ……」
「いいわ。いつ出発がいい?」
 狐女が、恍惚状態で即答する。
「私は貴女の言いなりだけど、彼は私の言いなりだから……」


 仙閣地球の、とある大陸の地下である。
 案の定、生物兵器の工場は存在した。
 まさに地下城塞とも言うべき、その巨大な工場に潜入した瞬間。あやこたち決死隊は、無数の小銃に囲まれた。
 それら小銃を構えているのは、楓国の軍勢である。
「罠……!」
 などと絶句している場合ではない。
 あやこは、腰に吊った「天のイシュタル」の柄を握った。握った瞬間、抜き放つ。必殺の抜刀……
 いや。抜き放つ寸前で、楓軍の司令官が声を発した。
「中立地帯で事を荒立てるのは、やめた方がよろしい」
 ねっとりと嫌らしさを帯びた言葉が、視線が、あやこに向けられる。
「貴女が本気で戦えば無論、我らなど瞬殺される。だが今この時代の地球で、そのような荒事を引き起こしたら……政治的にどれほど面倒な事態となるか、おわかりでしょうなぁ藤田女史」
 剣を抜こうとしたあやこの手が、止まった。
 今回の任務は、この工場を爆破する事である。何者の仕業か知られぬよう、極秘裏にだ。
 ここは領有権が棚上げとなっている、仙閣時代の地球。
 表沙汰になるような戦闘行為など、あってはならないのである。


 4本の鎖が、あやこの動きを封じていた。天井から垂れ下がった2本が両手を、地面に据え付けられた2本が両足を、がっちりと拘束している。
 すでに軍服を剥ぎ取られた女軍人の身体が、清楚なセーラー服姿で鎖に束縛されているのだ。
 楓軍の司令官が、両眼をぎらつかせ見入っている。
「ぐふふふ……貴女くらいの年齢の女性がセーラー服というのは、実にたまりませんなぁああ」
「私を殺さずに、こんな事をする……目的は何?」
「貴女ですよ、あやこ女史」
 司令官が、刀を振るった。
 セーラー服が裂け、その下のテニスウェアとブルマにも切れ目が入った。
 切れ目の入った布地を、司令官が鷲掴みにして一気に引きちぎる。
「殺すわけがないでしょうグフフフフ、そんな勿体ない事が出来ますかああああああ」
 司令官が、狂喜乱舞しながら剣を一閃させる。
 レオタードがズタズタに裂け、ちぎれて舞った。
 露わになったスクール水着が、あやこの細身にピッタリと貼り付いている。
 その小振りな胸の膨らみに、白くむっちりとした左右の太股に、司令官がギラギラと嫌らしく視線を注いだ。
「おお、この小さく可愛らしい胸! 瑞々しい大根のようなフトモモ!」
「貴様……言及してはならぬ事に、触れたな……!」
 あやこの美貌に、羞恥と怒りの赤みが昇った。
 紫と黒のオッドアイが、禍々しい殺意の輝きを帯びた。
「死んだぞ、貴様はぁ……ッ!」
「その強気! 萌えます燃えますううううううう!」
 20歳を過ぎた女軍人のスクール水着姿を観賞していた司令官が、狂ったように喜びながら、荒々しく手を伸ばして来る。
 肩紐が、掴まれた。スクール水着が、引きちぎられていた。
 あられもないビキニ姿が、一瞬だけ出現した。
 あやこの背中から、白い天使の翼が広がった。左右のそれがマントのように閉じ、拘束された水着姿を包み隠す。
「隠しても無駄ですよぉゲヒヒヒヒ。私はねぇ、貴女の事は全て把握済みなのですから……褌の色は、黒でしょう?」
「そこ! 何しゆうぞ!」
 聞き覚えのある珍妙な方言が、聞こえた。
 楓軍の兵士が何人も、まるで車に撥ねられたかの如く吹っ飛んだ。
 別ルートで侵入した綾鷹郁が、銃剣を振り回しながら殴り込んで来たところである。
「あやこ艦長! 今、助けるき!」
「待て綾鷹伍長! ここで事を荒立ててはならん!」
 あやこは叫んだ。
「派手な戦闘行為は政治外交問題となる! お前も頭ではわかっているのだろう、落ち着け!」
 腰を抜かした司令官を、銃剣で斬殺しようとしていた郁の動きが、止まった。
「くっ……!」
 悔しげに呻く郁に、楓軍の兵士たちが銃口を突き付けた。