|
Episode.29 ■ 造られた駒
「私達は代用品にしか過ぎない。実働部隊を仕切るだけの、ただの駒だもの」
ベルベットの告白に冥月は僅かに逡巡した。
代用品に過ぎない、実働部隊を仕切る為だけに作り上げられた立場。目の前にいる少女とも呼べる彼女は、自分の事を卑下する様子すら見せずにそう告げたのだ。
「ただの駒……?」
冥月の小さな呟きとも取れる問いかけに、ベルベットはコクリと頷いて答えるのであった。
「私もグレッツォも、元々はただの孤児。虚無の境界に拾われて、力を手に入れた」
続ける様に告げたベルベットの言葉に、冥月が歩み寄る。手を伸ばし、ベルベットの髪を掻き上げた冥月に目をキュッと瞑ったベルベットだったが、冥月はただベルベットの耳の後ろを確認するだけであった。
「――……ッ!」
ベルベットの耳の後ろには、確かにそれがあった。
百合と同じ斑点。
能力を外部から与えられた者が持つ、独特の紋様とも取れる何か。
薬物によるアレルギー反応だ。
憂が以前告げた通りであるなら、この薬物反応が出ていると云うことは即ち、既に時間はあまり残されていないという事だ。
――使い捨ての駒。
その言葉のあまりの残酷さに冥月は僅かに歯を食い縛ると、ベルベットから手を離し、背を向けて深呼吸する。表情を作り直し、改めて振り返った冥月はベルベットを真っ直ぐ見つめた。
「……孤児だった、と言ったな。戦闘訓練は受けた事もないのか?」
「……そんなもの、ない。私達がいた国は、紛争を繰り返している国。物心ついた時には盗みをしなきゃ生きていけないし、気が付いたら銃を握らされていた。
死にたくなければ殺せ。そう言われて、銃を手に戦場に送られる。それが私とグレッツォ。他の皆もそうだった」
ベルベットはぽつりぽつりと語る。
彼女の生まれた国は今もなお紛争が続いている。
生きる為に、ただその日の食事を手にする為だけに他人の命を奪う。孤児に戸籍も人権も認められないかの様な扱い。その場にいる小さな子どもの命を、道端に落ちているチラシでも見るかの様に見過ごす、そんな国なのだ。
ベルベットの最初の記憶は、それこそ自分が食事を奪い取る事も出来ずに餓死しそうな頃の記憶だったのだと告げる。
空腹、乾き。絶望ばかりが自分の世界を埋め尽くし、生きる事に希望もない。
それでもまだ幼いながら、生への渇望はあったのだろう。ベルベットは路地裏で座り込んだまま、誰かが助けてくれるかもしれない、などという期待すら抱く事なく時を過ごしていた。
そこに現れたのが、ベルベットとは憎まれ口を叩き合う事も出来る兄の様な存在、グレッツォだった。
一切れのパンを、自分も満足に腹が膨れている訳でもないのにベルベットに手渡したグレッツォに、ベルベットは戸惑った。
そうして、二人は知り合ったのだと言う。
紛争によって人が死ぬ事。戦線へと立たずとも、敵が来れば命を落とす。そんな世界に身を置いていた大人たちは、生きられる事が出来るだけの食事を孤児に与え、その代わりに銃を握らせた。
グレッツォやベルベットは最初、その組織に拾われたそうだ。
弾倉も持たず、手には一丁の拳銃。それだけで前線へ送られるベルベットら孤児は、その日の食事を得る為に人を殺めるという仕事を課せられた。
「――死にそうになった時に、虚無の境界に拾われた。生きる為に力が欲しければ、生きたければ来いって」
その小さな身体で切り抜けてきた苦しみの日々。
それを思い返す様に淡々と告げるベルベットの顔から、冥月は視線を外そうともせずにただ耳を傾けていた。
「……かつての私と同じ様なものだな」
ベルベットの言葉が途切れ、冥月はそう自嘲する様に呟いた。
そこから先は言われずとも分かる事だ。
虚無の境界に能力を授けられ、銃の代わりにそれを使って生きて来たのだろう。
百合よりも幼く見えるこの少女が、百合と同じ症状――憂が言うには、薬物アレルギーのフェイズ3の段階。
そんな状況へと追い込まれるまでに能力を酷使してきたのだろう。
――しかし、いくらベルベットから壮絶とも取れるそんな過去を聞いた所で、冥月は同情するつもりはない。
「だからこそ、分かっているのだろう? こんな闇の世界で、生い立ちや過去に同情など誰もしてくれはしない。
お前は私の大事な仲間達に手を出そうとした。私にとってはそれが結果であり、裁量の余地はそこにのみ限られる」
――自業自得、とでも言うべきだろう。
それが例え、上からの抗えない指示だとしても、だ。
「このお友達が大切なら、素直に私の質問に答える事だな」
「……ッ! フラペア!」
影に拘束され、淡々と口を開いていたベルベットが初めて感情を見せる様に告げる。
冥月の手に握られていたのは、つぎはぎだらけの決して綺麗とは呼べないぬいぐるみだ。
「返して……ッ!」
「素直に質問に答えられれば、な。もし答えなければ……――」
冥月がフラペアを宙へと投げると、足元から伸びたいくつもの影がフラペアを縛り上げ、ギリギリと引きちぎる様に引き合う。
「――やめて!」
「ならば答えろ!」
冥月の荒々しい声にベルベットは僅かに身体を竦ませ、冥月を睨みつけた。どうやらフラペアと呼ばれたぬいぐるみは、ベルベットに対する交渉材料としては十分に効果を発揮出来る様だ。
「何故私や武彦達を狙った?」
「そんな事知らない。私達はただの駒」
――やはり、か。
冥月はそう小さく納得する。
やはりベルベットは大した情報を持っていない様だ。それでも情報を得る為には、あのデルテアを揺さぶるだけの材料が必要になる。冥月は質問を続けた。
「お前たちの直属の上司の名は?」
「……スカーレット」
「スカーレット……?」
僅かに冥月がその名を聞いて反応を見せる。
何処だったか、スカーレットという名を耳にした事がある。しかしそれを問う前に、冥月は確認する様に尋ねる。
「能力付与の責任者は誰だ? お前も飲んでいるだろう薬の副作用について、知っている事を吐け」
「副作用……?」
ベルベットのその答えは、知らぬフリをして誤魔化す様な言葉ではなかった。耳にした事もない言葉を初めて聞かされた様な表情で冥月へと尋ねる。その姿に冥月は嘘はないと判断し、得られる情報を得ようと切り替えた。
「知らない様だな。まぁ良い。
さっき答えたスカーレットとやら。それに、エヴァという女の情報を知っている限り話せ。特に能力について、だ」
「…………ッ」
影に縛られたフラペアを見つめ、ベルベットは小さく深呼吸する。
「……スカーレットは先天性の能力所持者。私達全員が束になっても、スカーレットには勝てない。炎を使うから、近寄る事も出来ない。
エヴァは分からない。いつも突然現れて、スカーレットに指示を出してる」
「……つまり、スカーレットとやらの上にエヴァが位置している、というのは間違いない様だな」
「私が知っているのは、中国の大きな組織の構成員を嬲って楽しんでいた事ぐらい」
その言葉に、冥月の心臓が強く鼓動する。
「……組織の名前は?」
「……名前は……――」
ベルベットの口から告げられた組織の名前に、冥月の身体から憤怒とも殺意とも取れる気配が溢れ出た。
ベルベットが告げた組織の名前。それは冥月が所属していた組織の名であった。
そして嬲られていたとされるその構成員が誰なのか。
嫌な予感と、言い知れぬ怒りが胸中を支配する。
「ひ……ッ」
あまりの恐怖からかベルベットの意識が途切れ、力なく身体をだらりと崩れさせた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――成る程な。虚無の境界は戦争孤児を利用していたって訳か」
武彦がデルテアへと確認する様に告げた。
デルテアの心はガードが固い。
そんなデルテアから尋問を利用しても情報はそう簡単には得られない。
武彦の質問に対しても、どうやら当たり障りの無い事しか答えない様にうまく話を切り替える心算である事は容易に想像出来た。
だからこそ、武彦はその質問の内容を切り替えていた。
徐々にガードが解ければ、いずれはデルテア達の目的も明らかになるだろう、と。
「訊かないのね?」
「あ?」
「さっきからアナタが私にぶつけている質問は、どれも核心に迫らない情報ばかり。とは言っても、私が知っている情報なんて末端に過ぎないわ。訊いた所で意味がないと、ようやく分かってもらえたのかしら?」
「余裕ぶるのは結構だ。その胆力は買うが、な。だが、お前さんの考えは的外れも良い所だ」
「どういう意味かしら?」
「お前がどれだけ隠し立てしようとしても、意味なんてねぇんだよ。脳から記憶を抽出したら廃人になるだろう。それに、口を割らせる為のプロの拷問術ってのを理解してるヤツもいる。今にも帰って来るだろうさ」
「一体何を――」
デルテアの言葉は、そこで途切れた。
影の中から溢れてきた強烈な殺気が、その場を支配する様に渦巻いたのだ。
その殺気をぶつけられ、意識を失わなかっただけでも称賛に値するだろう。武彦でさえ、自分に向けられていないとは分かっていても、その殺気を前にそうデルテアを評価出来る様な、そんな殺気であった。
「……戻ったのか、冥月」
「……あぁ」
口少なに言葉を返した冥月がデルテアを睨みつけた。
to be countinued...
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
いつもご依頼有難う御座います、白神怜司です。
今回のお話はベルベットの過去やらも肉付けしつつ、
それでも同情すらされない闇の世界の厳しさ、過酷さが目立ちましたね。
ようやく明らかになるかもしれない、スカーレット達の情報。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
|
|
|