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真夏の昼の氷の世界
うだるような暑さの中、アリア・ジェラーティは冷気を纏って街の中を歩いていた。
薄い水色のノースリーブのワンピースに身を包み、首にはアイスの形のペンダントトップがついたチョーカーをつけ、ワンピースの裾からは、柔らかな素材の白いハーフパンツが時々見え隠れしていた。
今日はアイス屋の定休日。
散歩に出かけてみたのはいいが、アスファルトから陽炎がたつくらいの暑さに、辟易して冷気を纏う。
しかしそれすら嫌だ、と感じてしまう。
暑さは体感だけではない。視覚からでも暑さを感じ、顔をわずかにしかめた。
「……暑いのはイヤ、です…」
ポツリ呟き、目を閉じた。
頭の中で想像する。涼やかな、自分の中の理想の世界。
それに呼応するように、アリアの周りに冷気が噴射されるように吹き出し、周囲を凍り付けにしていく。
突然の冷気に、道行く人々が涼しげな表情に立ち止まり、その大元を探るように視線を巡らせる。
「!?」
そんな事をしているうちに、足下から自分が凍っている事に気がつく。
とっさに逃げようとするが、冷気の方が早く登り、通行人が次々に凍り付けになっていく。
「え、あれ、ちょ…と…」
その通行人の中に、私立神聖都学園の音楽教師である響カスミ(ひびき・−)の姿もあった。
怪奇現象にあうと、あっという間に気絶してしまうカスミは、この時も例に漏れず、すぐさま意識を失ってしまった。
「…これで、涼しくなりましたね」
ゆっくりを瞼をあけると、アリアの周囲は一面の銀世界。
通行人は勿論、犬・猫、街路樹までも綺麗に凍っている。
「とっても綺麗♪」
嬉しそうに氷像の周りをくるくると動き回る。
もう冷気を纏わなくても充分涼しい。
……見た目にも。
アリアは満足そうに小さく笑った。
「カスミ、どこなのぉ?」
イアル・ミラールは買い物に行ったきり、全然戻らないカスミを捜していた。
夏らしいゆったりとしたサマーニットに、マキシスカートを身につけている。
「またどこかで、何かに巻き込まれていないといいけど…」
イアル自身もよく色々な事に遭遇するが、ごくごく一般人であるカスミも、よく遭遇し、しかし気絶していてほぼ覚えていない、という現状。
ある意味最強なのかもしれない。
「あれは…?」
前方から吹く風が、冷たいものに変わる。
なんだか嫌な予感がして、冷気を辿っていくと、いくつもの氷像が目に入った。
「カスミ!?」
嬉しそうにくるくる踊る青髪の少女、アリアの側に、捜し人、カスミの姿があった。
すぐさまカスミがいる場所に駆け寄り、アリアを見る。
「あなた、何をしているの?」
イアルの問いに、アリアは動きをとめてじっとイアルの方を見た。
「涼んでいるんです。…おねえさんも涼しいでしょ?」
にこりとして言ったアリアに、イアルは困った子をみるような表情になる。
「…涼しいとか涼しくない、とかじゃなくて、カスミを元に戻して貰えないかしら?」
言われて、アリアは氷像に視線を巡らす。
カスミ、というからには女性か。はたまたペットかもしれない。カスミの顔を知らないアリアは、どの氷像がカスミなのか、首を傾げる。
「おねえさんの大事な人、ですか?」
アリアに問われ、イアルは頷く。
そのイアルの視線をたどって、アリアは【カスミ】という女性を認識する。
「そう、ですか。ならお返しします……?」
素直にイアルの要求に応じようとして、アリアはふと動きをとめる。
イアルから感じる雰囲気に、アリアは2、3度瞬きをする。
どうも、何度も呪術的な事に関わってきたにおい。
それをかぎ分けて、アリアは瞳を細めた。
「おねえさん、固まるの好き、なんですね?」
「え…」
アリアの言葉に、イアルは思わず過去の自分の石像の姿を脳裏に浮かべてしまう。
「それなら、このおねえさんの今の状態が、本当は好きなのではないですか?」
言われてイアルは一瞬躊躇するが、すぐに口を開いた。
「そんな事ないわ。カスミはカスミのままがいいの。はやく元に戻して!」
口ではそう言っているが、イアルの中の戸惑いは消えない。
氷の彫刻と化したカスミの姿。
決して嫌いではない。……むしろ好ましく思えてしまうのは、自分の過去のせいだろうか。
それを察したかのように、アリアが追い打ちをかける。
「本当に、そう思ってますか…?」
アリアは笑む。イアルは自分の気持ちがわからない、と言った風に、ふらふらとカスミの氷像に近づく。
刹那。
ぞわり、と寒気がした。
振り返った瞬間、イアルも氷の中に閉じこめられ、カスミの横で氷像となっていた。
「…ほら、お似合いですよ」
にこっと小首を傾げて笑う。
美女の氷像が2体。
裸体であればさそがし美術的価値があがるだろう。
しかし、アリアにそんな趣味はない。
「おねえさん達、とっても綺麗♪」
真夏の炎天下。
アリアの周りはとても涼しく、綺麗な銀世界。
ひとしきり涼んだ後、周りの氷像をどうしようか悩む。
すでに、イアルとカスミの氷像以外には興味がなくなっていた。
「…そのうち溶けます…よね」
口に出すと、本当に他の物はどうでもよくなった。
「お持ち帰り♪」
嬉しそうに笑うと、イアルとカスミの氷像は、アリア宅の冷凍庫に保管される事になった。
「おねえさん嬉しそう」
カスミと二人で凍り付けになっているイアルの表情が、どことなく嬉しそうで。
ずっと一人で石像として過ごしてきた時間があるイアルは、カスミが自分と同じような状態になる事で、共感されたような感じがして、嬉しいのかもしれない。
「おやすみなさい、おねえさん達」
パタン、と冷凍庫の扉がしまる。
その反動かどうかわからないが、イアルの体がすこし動き、カスミの右手の部分に、そっとイアルの左手が触れた。
その瞬間。
動くわけのないイアルの表情が、微笑んだかのように、見えた。
二人の氷像は、アリアの飽きるしばらくの間、その場所で保管されていた。
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