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<東京怪談ノベル(シングル)>


暑いのは耐えられないです!



 ねっとりと纏わり付くような茹だるような暑さ。耳障りなほど自己主張している蝉の声。
 水を撒くそばから蒸発して無くなってしまうほどに、地面は熱せられている。
 一歩部屋を出れば、途端にやる気も元気も溶け出してしまうほど、最近の夏は酷い暑さだった。
「おはよう〜……」
 髪の毛は乱れたまま、寝不足な眼を擦り起きて来たセレシュを、同様に暑さで目が覚めた悪魔が見上げた。
「おはよう……」
 冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いだセレシュは、悪魔の座るソファの隣に腰を下ろし近くに置いてあったうちわを拾い上げてパタパタと仰ぐ。
「あっついな〜……」
「暑いよね〜……」
 あまりの暑さに言葉数さえ減ってしまう。
 室内の熱風を掻き回すかのように、二人の近くで扇風機が首を振っていた。
「最近の暑さは尋常やないで。死ねるわ」
「うん。ほんとに……。ね、エアコン点けようよ。もう無理だよこの暑さ」
 エアコンをねだる悪魔に、セレシュはソファの背もたれに背を預け、目を閉じたままうちわで扇ぎながら首を横に振った。
「点けるんやったら夕方からがええわ。無駄に電気使いとうないねん」
「えぇ〜!? だってもう室内の温度見てよ。35度だよ?」
 不服そうに温度計を指差す悪魔に、セレシュはチラリとそちらに目をやった。
 確かに昼前にして室内は35度。このまま昼になれば40度も冗談じゃなくなりそうだ。
 いつもなら、早々に診療所の方に移動してエアコンの効いた部屋に避難するのだが、今日は生憎の休日。普段電気を惜しみなく使っている分、休日は節約しようと考えて滅多な事では点けないようにしていた。
「このままじゃ、私達もいつ死んで新聞に載るか分からないわ……!」
 絶望よ。終わりよ。と嘆く悪魔に、セレシュはうちわを置いて立ち上がった。
「分かった。ほんならどっかに避難しよ」
「え? 避難?」
「そや。家におったって暑いばっかりでどうにもならん。節約の為にも避暑地に出かけるで!」
 気合を入れて動き出したセレシュに、悪魔は嘆息を吐いた。

                     ******

「……見てあれ。陽炎だよ」
 うんざりしたように悪魔が呟く。
 シャワーを浴び、着替えて準備を済ませていざ外へ出ようと玄関を開くと、ムワッとした熱風に体全体が包まれた。その瞬間に洗い流した汗が吹き出てくる。
 ジリジリと照りつける太陽に地面のアスファルトは鉄板のごとく熱せられ、ゆらゆらと陽炎が立ち昇っている。
 もうそれを見ただけで足が動かなくなりそうだった。
「あんまり使っとらん道路のアスファルトは剥がしたったらええねん。地熱が暑すぎるわ」
 セレシュもまたげんなりしながらそう呟いた。
 二人は熱々のアスファルトを踏み締め、靴の裏にさえも暑さを覚えながら避暑地――デパートへと出かける。
 特別用事はないが、昼食とウインドウショッピングを楽しんで、夕方までの時間を潰そうと思ったのだ。
 暑い外から、エアコンの効いているデパートに入るなり二人は安堵の溜息を零す。
「はぁ〜……。涼しい〜」
「ほんま、ほっとするわ。さて、ほんならまず始めにご飯食べよか。あんたもまだ食べてないやろ?」
 セレシュの提案で、二人はレストランに入り簡単な食事を摂る事にした。
 セレシュは鶏肉と夏野菜の揚げびたし、悪魔はしらすと大葉の和風パスタを食べる。
 夏バテにならないよう、しかしサッパリとした食事を選んで食べ、2人の胃袋は十分に満たった。
「ん〜、やっと元気出てきたわ〜」
「ね、セレシュ。ここ出たらアイス食べようよ。地下の食品売り場のところにジェラートアイスのお店あったよね」
 すっかり元気を取り戻した悪魔の提案に、セレシュは手にしていた水のグラスを置いた。
「そやな。たまにはええか」
 ニッコリ笑いながら、セレシュはその提案に乗る事にした。
 食事を済ませ、地下へ降りた二人は思い思いのアイスを食べながら、これから後の予定を立てる。
「特別買うもんはないけど、洋服とか見てみよか。あ、せや、雑貨屋をちょっと見てみたいねん」
「私は帽子かな。あと鞄とか。この夏の乗り切りアイテムを見てみたい」
 そう呟く悪魔に、セレシュはフフンと鼻で笑った。
「こないだから思うとったんやけど、悪魔でも夏に弱いんやね」
「な!? そりゃそうよ! 昔はこんなに暑くなかったのに、ここ最近の暑さは異常でしょ。私だって苦手よ」
 プクッと頬を膨らませ、悪魔が反論するとセレシュはくすくすと笑った。
「ま、種族とか関係なく、何人も自然の力には勝てん言うことなんやな」
 クスクスと笑いながら、セレシュは悪魔のアイスをひょいとスプーンで掬い取りぱくりと口に放り込む。
 一瞬の出来事に目を瞬かせた悪魔だったが、我に返り声を上げる。
「あーっ! ちょっと! 勝手に食べないでよ!」
「なかなか美味いな。チョコのジェラートって……って、何食べとんねん!」
 悪魔は負けじとセレシュのアイスをスプーンにぽってりと掬い取って頬張った。
「ちょっと、あんた食べすぎ!」
「はぁ〜。美味しい〜! 私もオレンジにしとけば良かったかな〜」
 怒鳴るセレシュを他所に、悪魔はうっとりと頬に手を当てて嬉しそうに溜息をこぼした。そしてちらりとセレシュを見てニヤリと笑う。
「し・か・え・し」
「何やて〜!」
 はしゃぐように騒ぎ出した2人に、周りの視線が突き刺さる。その視線に我に返った2人はぎこちなく頭を下げると、すごすごとその場を後にした。


 涼しいデパート内を地下から最上階の売り場までをじっくりと見て周る頃には夕方になっていた。
 各々欲しい物を買い、手には紙袋を抱え帰ろうと入り口へ向かう。そして自動ドアが開いた瞬間に2人を包んだのは、出てくる時と全く同じ熱気だった。
「……中におる間はえぇねんけどな……」
「夕方になってもあんまり気温に差がないのも、考え物よね……」
 じっとりとした熱気を前に、テンションが一気に下がったのは言うまでもなかった……。