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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『かいぶつ』の昼下がり

 今年の夏は猛暑が続くらしい。とは、どこかで聞いた。
 そんな言葉は、『今年』でなくとも、毎年、もう数年、数百年と聞いてきたというのに、人間達はこぞってその話題に食らいつく。
「まるで蟻のよう……!」
 東雲杏樹は、手にしたスコーンを太陽へと掲げ、さも新しい発見をしたかのように両目で違う、宝石を詰めたような瞳を輝かせた。
 無限の時間の今は東京、猛暑と言われるこの夏の一日を、杏樹は友と認めたもう一人の長い時を過ごす、アデドラ・ドールと共に過ごしている。
 見た目だけで杏樹とアデドラ、二人の雰囲気を見てしまうならば、幼い、けれど優雅な家系の少女達だろうと、誰もが思うであろう。
 昼間に貸しきられたようなカフェの特等席を陣取った二人は、高価なアンティークのティーカップに上質な紅茶と、メイプルシロップやトッピングの数々が美しい茶菓子を口にしているのだから。
 そんな、所謂『上質な』カフェにおいて、二人は珍しい客ではあったが、上手く『父や母を待つ為にここに来て良いと言われた』とでも言っておけば怪しまれずに、ただの上客として『上質な』店員のもてなしを受けることができたのだ。
 自然界で起きる熱、という現象。それを人は『暑い』と言うが、杏樹もアデドラも、さほどそれを意識しないで生きてゆける。
 この場所が日当たり良くとも、クーラーの効いたカフェ内であるからという意味ではない。
 杏樹は長きを生きる妖怪として。アデドラは魂を食らうものとして、互いに『人ではない何か』としてこの世を観察することが出来たのだ。
「そうですね、小さな蟻……それは脆弱ですが、この世界になくてはいけないもの……」
「あら! それは大切、じゃあこのスコーンのひとかけらでもあげてみようかしら!」
 二人の少女は日の光りを浴びて美しく輝いていた。
 それはもう、まるで神か精霊のように。
 互いに身に纏うはゴシックロリータの甘い、お菓子のような姿。杏樹は深いあじさいのような瞳と、蜜色の瞳をもって、アデドラはクールなアイスブルーの瞳を光りにさらす。
 一皮むけば人間の一人や二人、いともたやすく命を奪える力を持った少女達は天使の囁きのような会話を紡いで楽しんでいた。
 こと、杏樹はジョークを楽しむ傾向にあったし、アデドラはそれを微笑みながら見ていることが多く、彼女達の言葉遊びは尽きない。
「働き蟻にスコーンは大きすぎます。ちょっとだけ蜜を垂らせば、きっと皆満足してくれるはずです」
「そう? でも蜜ばかりあげていると蜜のあるところを覚えて、また来るとおもうけれど?」
 犬のように、一度ではなく何度も、餌をやり続ければ蟻とて餌のある場所を覚え、またやってくるであろうとアデドラは言う。丁度、人間が金のなる木を見つけて群がるように。
 聞いて、杏樹は目を丸くして答えた。
 今の発言はまるで、アデドラがまた来て欲しい蟻が居ると言わんばかりの発言だと、そう言いたいのであろう。丸くした瞳には興味の色が浮かんでいる。
「いいんです、また来たければそれで」
「尽くすのね」
 アデドラの回答に杏樹は笑った。
 少女のように、女の含み笑いを乗せながら。
「そういうわけではありません。ちゃんと来てはいけない蟻さんがきたら、追い払いますよ」
 今度はアイスブルーの瞳を、輝かしい泉の如き慈悲を湛えて、アデドラが笑った。
 この少女の笑顔は本当に美しく、怖いと杏樹はふいに思う。
 蟻とは、矢張り人間、ないし人間に値するなにかであろう。尽くしたい者には尽くす、だが、それはまたアデドラの所にその『者』が戻ってくるように、小出しにして、毒のように侵食した愛情を捧げるという意味合いでもあるのだ。そこに、他人。『来てはいけない蟻』の入る隙間は無い。
「いいことだと思うわ。きっと蟻さんもアデドラの優しさに惚れこむはずよ」
 美しさの中に潜む毒を、杏樹は恐怖したが、反対に愛しもした。
 こういったアデドラのような友人は嫌いではない。
「本当に? 本当にそう思っています?」
「あら、疑わないで、これでも正直に生きている方なのよ」
 まるで友人同士の恋の話をしているようだった、いや、実際物事の本質においては『している』のだろう。
 好意をもった何かに対しては甘く、時にほろ苦く接する。これは二人共似通った習性だ。
「でも、だから、甘いだけではダメ。時には苦いコーヒーもあげないと……でしょう?」
 杏樹は言った、そしてアデドラも白い頬にほのかな色を灯しながら頷くのである。

 時を遡って二人の出会いを思い出そう。だが、その出会い話は別段に変わった出来事ではない。
 例えていうなら、彼女らの外見のように、年頃の少女達が出会い、互いにその感覚の領域を確かめ合い、意気投合するそれとほぼ同様と言えるであろう。
 ただし、杏樹とアデドラの場合は、子供らしい感性とは違い、人ならざる者の気配、お互いの気高く、しかし禍々しくもある一面に触れたからである。
 東京の人ごみの中、魑魅魍魎から悪魔の化身、神の化身までを垣間見ることが出来る世界で、杏樹はアデドラと出会い、その無垢なまでの愛らしさ、そしてその中に含まれるほんの少しの残忍さを垣間見た。
 同じく、アデドラは杏樹の、少女の姿をしているわりに凛々しいまでの高潔さ、人目を惹くゴシックロリータの愛らしさからは想像もつかないほどの底知れない闇を覗き、肩が触れることすら奇跡と思われるこの都会で言葉を交わしたのだ。
 恋人同士の約束でもなければ、前世からの親友でも全く無い。
 それでも、二人は子供のように出会い、意気投合し、茶会を開くまでに至ったのである。

 彼女達二人にはふさわしくも、おぞましい、昼間を選び、都内でも有名なカフェの一角を陣取る。贅沢なお嬢様のような光景だが、杏樹もアデドラも紛れも無い人外。人ではない何か、だ。
 太陽の光りをその身に浴び、宝石のように(実際に本物の宝石をあしらっているのかもしれなかったが、互いにそういった野暮なことは聞くことは無かった)輝く衣を纏っての贅沢な時間、交わされる言葉はしかし、恋の話や友人、学校の日常ではなく、この世で出会った恐ろしくも華麗な話である。
「それで、アデドラの大好きな蟻さんはどんな蟻なのかしら?」
 身を乗り出して、杏樹が問う。
 彼女もアデドラも紅茶を好むが、そのカップに口をつけているのはどちらかと言うと黒髪に静かな少女であることが多い。
「蟻……とは言わないかもしれません……しいて言うなら……」
「言うなら?」
 お互い、人ではないと分かっているから、アデドラの反応は杏樹にとって『意外』という言葉以外のなにものでもなかった。
 永久に続くかと思われる二人の命は、だからこそ、人が理解しえぬほどに孤独であるのだ。
「杏樹には何も無いのですか? 蟻とは言いませんが、なにか一つ、面白いものは……?」
 杏樹の問いに、アデドラは同じく問いで返した。
 表情は杏樹よりアデドラの方が薄い印象が強く、柔らかな銀の髪を蝶のようになびかせる少女とは違い、黒髪の少女は人形作家の作った最高傑作の如き表情で興味を語る。
「面白いもの……それってとても大切なもののこと?」
 生きていく中で、自分達は様々な人間の死を目撃し、時に落胆し、そして狂気におぼれたことすらある。これからも続く未来、そんな短い時を生きる他の『何か』に心を移すのだろうか。
 杏樹は、はたと考えて、唇に指を置いたかと思うと、すぐに何かを思いついたように小さく微笑んだ。
「面白い、のかは分からないけど、確かに今は大切なものを見つけたわ」
「……ふふ、正直ですね。あたしもです。あたしも……同じ」
 今までは世の中の一つの命を蟻、とも例えた人ならざる彼女達、けれど、心の中には互いに一つの宝石を持つようになったようで、相手の姿を思い起こしたのか、本当に、まるで恋でもするかのような表情で、静かな朱を浮かばせるのである。
「どんな『大切』ですか?」
「あら、私が言ったらアデドラも言いなさいよ?」
 光の下で行われる、子供の秘密会議のような光景。唇を耳に寄せて、そっと囁かれるのは二人の宝物の話だ。
「しいて言うなら、月と星の魔法石……かしら? ほら、言ったわ。アデドラの番よ」
 大切なものが人間であるのか、または人ならざる何かなのかは分からなかったが、たった六文字で伝えられた情報に、アデドラは「少ない説明ですね」と、零れ落ちるような笑みで肩を笑わせる。
 杏樹はどちらかといえば、もっと大胆不敵で、こういった話はあっけらかんとするものだと思っていたと、アデドラはそう言いたいが、そこは互いに少女の心も持ち合わせる者同士、秘密会議は続いていく。
「そうですね、杏樹の例えに乗るなら……運命を司る緑柱石。とでも言えるでしょうか?」
「……ふうん、随分とご大層な表現ね」
「杏樹の表現も素敵です」
 二人は大切な物を交換しあった親友のように、赤くなりながらも顔を近づけ、内緒話に花を咲かせた。
 相手の『大切』がどんなものであるのか、探り合うよりは、互いに見つけた幸せがあるという現実を喜び合うように。他の話は一切せずに、その溶けてしまいそうな表情で全ての気持ちを察するのである。

「美味しいお紅茶……素敵な時間……」
 まだ日は空に浮かび、杏樹とアデドラの幸せを眺めている。だが、手元のティーカップから飴色の飲み物がなくなった時、二人の秘密会議は終了となってしまうのだ。
「これで終わるわけではないわ。でしょう?」
 白磁のティーカップをテーブルに置き、アイスブルーの瞳を空に向けたアデドラへ、杏樹は言った。
「また、こんな日を過ごせることを楽しみにしています、杏樹」
「私もよ、アデドラ」
 二人に時間という概念はとうに無いのだから。
「そろそろ行かなきゃ、お会計は二人で、ね」
 外見が少女であるということに矢張り変わりなく、二人は秘密会議を終えると同時に、入ってきた時と同じような嘘をつき、金銭を払い、カフェを後にする。
 もう少しで父と母が指定の場所に迎えに来るから。とでも言えば、カフェの人間は矢張り、金銭に見合った笑顔で送り出してくれるに違いない。
 作り物のような、整った少女が二人、並んでカフェを後にする。
 最後に、杏樹はアンティークの巻き時計を途中で眺め、そんな彼女をアデドラは微笑ましく確認した。
 人間の多いこの世界を歩くには時計という、時間を計るものが役に立つものだ。
(月と星の魔法石……一体どんな方なのでしょう?)
 なにも、杏樹は今しがた話した『大切』に会いに行くとは言っていないが、彼女が時計を気にする姿はどこか、少女より女じみていて、アデドラはその姿に軽い愛おしさすら感じるのだ。
 別れの挨拶はせずに、貴族が挨拶を交わすような、スカートの端を持ち上げ、軽いおじぎをして。背を向けたならば、次の秘密会議についての日程と、大切なものへの沸きあがる感情が止まらない。
(あたしも会いに行きましょう……)
 折角、この大切な気持ちを分かち合う仲間が出来たのだから、沸きあがる感情のままに、顔を上げて行くのも良いだろう。
 何もかもが作り物のような、アデドラの表情にも太陽が降りてきた。
 人の世は醜くもあり、淀んだ世界ではあったが、小さな光りは彼女達の心の中の優しい宝石となって輝き続けるのだ。

END