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<東京怪談・PCゲームノベル>


名前の読めないテーラー


〜ウラ・フレンツヒェン〜

 日が傾き始めると、やがてフロアへ光りが入る。
 窓は西からの陽光をわずかにしか受け入れず、なので、日中は『彼は誰(かはたれ)』、あとは『誰そ彼(黄昏)』にあり、夜と、余り数時間のみが満たされる。
 満ちる時には鐘の音が聞こえ、しかし、その正体を見た者は未だ居ない。

 注文されたラペルピンを仕上げ、箱へ収めながら弟が話しかける。
「姉上。最近、本ばかり読んでいませんか?」
「……取り寄せるのに時間がかかったのでな」
 呼びかけを半ば聞き流し、眼鏡越しの視線は文字から離れず、腰かけたハイスツールの上、時折、頁をめくっている。
 路面を歩く足音。まだ、遠かったが、長身の職人は革靴を高く鳴らしてフロアへ立つ。
「いやに模範的じゃないか」
「……どうでしょうね」
 店内まで繋がった扉が開くと、光沢の押さえられたヘッドドレスをつけ、黒を基調としたレースとフリルの縁取り、差し色はカーディナル、スカートのパニエは控えめな、そんな少女が一人で入店する。たたんだ日傘の手元をドアノブに引っかけているのが見えた。
 姉はカウンターへ読みかけの本を閉じ置き、とうに弟の隣で姿勢を正している。
「ようこそ。本日はお仕立てですか? 繕いですか?」
 通りの挨拶を繰り返しながら、深い緑の瞳が視界の人物を捉えた。
 腰までの黒髪を一振りした客人は、磨かれたフロアと吹き抜けの天井画を確認した。好奇心を宿した両目を悪戯っぽく細めた後、並ぶ二人の職人を見比べる。
「なかなか素敵なお店じゃない」
「お誉めにあずかり光栄です。さて、レディ。この度はどなたかのご紹介でしょうか?」
 来客者の襟と袖から流れる、魔道の薄い香り。
 魔術に関わる者の来店は珍しいことではない分、何かしら“予兆”を持参している場合も多い。すべてに置いてではないが。
「もしかして、なぜここに来たかって聞いてる? そんな野暮な質問は無用でしょ。面白そうな場所へなら何処にでも行くんだから」
「……失礼いたしました。ボクはサテンシルク、こちらは姉のベルベット。二人ともこのテーラーの職人です」
 艶やかな睫毛の下、黒曜の瞳が射る形でサテンシルクを見上げている。職人は最初の穏やかな表情を崩さず、礼儀を欠かない程度に視線を合わせた。
「その目と髪は本物?」
「生まれた時からなのかという質問ならば、そのとおりです」
 答えを聞いた少女は、クヒッ、と、容姿の可憐さとは少し不釣り合いな笑い声を上げる。
「職人は以上の二名です。お手伝いさせていただく者をご自由にお選びください」
「サテンシルクとやら。サマードレスを仕立ててほしいの。布地の色は白。毎日暑くてたまらないから、涼やかなのをね。華麗に、優雅に。肌をたくさん見せるデザインはNGよ」
 ヘッドドレスのリボンを片手で触りつつ、ほぼ間髪入れずオーダーが告げられる。
 指名を受けた職人は従った辞儀をしてから姉を振り返る。
「多少の用意を頼んでも?」
「遠慮しよう。代わって猫を置く。好きに使うといい」
 ベルベットは詼笑(かいしょう)を作ってカウンターの本を回収し、ステンドグラスの扉の向こうまで吸い込まれた。
 青年のベスト、胸ポケットから白手とメジャーが取り出される。職人の手は隠され、目盛りは細い蛇と似て大きく身を捩った。
「では、お名前を頂戴いたします」
「あたしの名はウラ・フレンツヒェン。あら、おまえ、眉を寄せたりした? あたしはそれ以外の何者でもないのだし……大切な名だわ」
「いえ、ドイツの姓をお持ちですが、お身内には他国のかたもいらっしゃるのかと。それだけです。ボクのメジャーは、ウラ様を少しばかり削り取ります。よろしいですね?」
 『よろしいですか』ではなく、職人が仕事をする構えを示していた。
 サテンシルクの口元。瞬き一回分、刻薄そうに歪んで見えたが、多分、気の所為だろう。
「あ、脱いだほうがいいの?」
「そのままで結構ですよ。楽になさってください。あなたの過去と現在を、なぞらせていただきます」
 メジャーが生き物の動きで、裄丈、袖丈、胸囲、大腕囲、腹囲、尻囲、アンダーバスト、ウエストを。採寸は迅速で、客人との間、常に目盛りと白手が存在し、決して直に触れることはなかった。
 職人が長身のため跪くような姿勢になれば、白金の髪を手で触れられそうだ……。
 だが、完璧なドレスを手に入れたいのなら、やめておいた方がいいだろう。
「仮縫いをさせていただきます。その間、退屈しないよう道化でも呼びましょう」
 ガラスのベルが鳴らされ、木製の寄せ木細工のワゴンと白い猫のぬいぐるみが現れた。もちろん足は床に着いていない。浮いたままハンドルを押している。
“誰が道化だ? おまえに道化呼ばわりされる覚えはないぞ”
「サーヴィターごときが……」
“ふんっ! 真似事ばかりの百舌ヤロウが!”
 よほど憤慨してるのか、黒蝶貝製の両目がぎらついている。
“はっ! お客様の前で失礼いたしました。ベルベット様の飼い猫にて従僕、プティ・シュと申します。椅子とお茶をご用意しましたのでこちらへどうぞ”
「へぇ。で、おまえは妖精なのかしら?」
“え? 正確には人工精霊でございますよ。まあ、可愛いという意味ならばそう言えなくも?”
 白猫は空中で深々一礼し、照れた仕草で後頭部をかいている。
 ティーセットを載せたワゴンに付いて行けば、天蓋付きのレースカーテンの下、セティ(長椅子)が迎える。広々した背は鋲を規則正しく打って縁を装飾され、白塗りの足が支えるフロスティブルーの張り布、白糸で雪の結晶の刺繍が、室内ランプで輪郭を帯びていた。
 白いパイル地の小さい手が、オレンジの花模様のソーサーへカップをのせ、銀のポットからお茶を注ぐ。赤ではなく黄金色。薄めの色からは想像できないほど馨しく、甘い芳香。
“茶葉の姿から銀の針とも言われ、こちらは満月に摘まれたものです”
 ウラがカップに唇を付けている間、白猫給仕はティースタンドを硝子張りのローテーブルへ置く。筋肉など見当たらない腕でどうやって持ち上げているのか……不明だ。
 一段目は胡瓜のサンドイッチ、マスタードチキンのサンド。二段目はプレーンスコーンとマーブルスコーン。三段目はカットされたヴィクトリアンケーキ、ライムタルト、無花果と桃のムース。抜かりなくクロテッドクリームとミックスベリージャムも付いている。
「どうして胡瓜のサンドイッチなの?」
“過去の貴族は温室を持って野菜を育てるのがステータスでした。いつでも出せるみずみずしい生野菜は豊かさの象徴。胡瓜は今でも好まれているのです”
「……もしかして、これっておまえが作ってるとか?」
“主やその弟も料理は得意でございますが、菓子類はプティ・シュが手作りさせていただいていることが多ございますね”
 ウラは二種類のサンドイッチを食べながら、ぬいぐるみがお菓子を作るところを思い浮かべて吹き出しそうになる。
“このナリでしたら体中シミだらけになってしまいます。準備に余念はございませんが”
 パイル地が汚れないように? とすれば、レインコート姿にゴーグル装着? まさか、手袋までしているのだろうか。いよいよ奇妙が過ぎて高笑(こうしょう)してしまう。
「ヒヒっ! ククク……。それって可笑しい!」
「お楽しみのところ失礼いたします。仮縫いができましたので、ご試着いただけますか」
 自分の首元を両手で扇ぎながら、長椅子から離れ、トルソーが着るサマードレスを眺めた。
 布地はペールホワイトリリィとゴーストホワイトを一つにしたシルク混紡シフォン。ハイウェストノースリーブで、バタフライカーブの肩フリルが胸元から背中へかけてあしらわれている。袖はなくても短いケープ状の襟で肩が覆われている作りだ。
 全体の清涼と空気感に加え、裾部分の広がりも過ぎず、露を受けた印象も優美で申し分ない。
 試着室で袖を通せば極めて涼しく、肩や手足は解放と拘束のバランスでまとめられていた。
「いいかもしれない、と言っておこうかしら。このまま仕上げてちょうだい」
「かしこまりました」
◇◇◇
 レースのカーテン越し、職人の作業など興味はない。形成出来るのかを試したかっただけなのだ。
 完成品は赤の六角形ドレスケースで守られ、白い手提げで渡される。職人の手から白手は外されていた。
「このドレス。雪の庇護を受けていますので、あまり気温が低い場所に連れて行かれませんよう。血が凍るやもしれません」
「ふぅん、そう。それよりも、お茶とお菓子が美味しかったと白猫に言っておいて。面白かったわ」
「ええ、伝えておきましょう」
 ウラの足取りは軽い。レースの傘をくるりと回し、遠くヒグラシが鳴くのを聞きながら来た道ではない路地を曲がって去った。

「またのお越しをお待ちしております」



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■登場人物■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

◆PC
3427 ウラ・フレンツヒェン(うら・ふれんつひぇん) 女性 14 魔術師見習にして助手

☆NPC
NPC5402 ベルベット(べるべっと) 女性 25 テーラー(仕立て職人)
NPC5403 サテンシルク(さてんしるく) 男性 23 テーラー(仕立て職人)
NPC5408 シュガー・ニードル(しゅがー・にーどる) 無性 14 サーヴィター


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■ライター通信■
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大変お待たせいたしました。ライターの小鳩と申します。
このたびは、ご依頼いただき誠にありがとうございました!
私なりではございますが、まごころを込めて物語りを綴らせていただきました。
少しでも気に入っていただければ幸いです。

ウラ・フレンツヒェン 様。

はじめまして。
このたびは【名前の読めないテーラー】へのご来店誠にありがとうございます。
サテンシルクへのご依頼。とのことで『サマードレス』のオーダー承りました。
職人同士の競い合い、今回は弟サテンシルクの一勝となりました。
お茶会をご希望とのことで、給仕としてシュガー・ニードルがお相手させていただきました。
ふたたびご縁が結ばれ巡り会えましたらお声をかけてくださいませ。