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<東京怪談ノベル(シングル)>


とびうお筒ピンピンだ玲奈

1.
「とびうお筒ッ!」
「ピンピン!」
「声が小さい!! とびうお筒ッ!」
『ピンピン!!』
「腰振りが甘い!」
 夏の暑い日差し。とある漁港にこだまする異様な声。
 見れば海の水が蒸発し陽炎を作る向こう側で、筋肉隆々の男たちが並んで発声練習をしている。
 …筋肉隆々だけなら、まだ問題ないのかもしれない。だが、彼らにはちょっと問題があった。
 ブーメランパンツを履いた股間に艶めく筒を付け、ゴーグルを着用して胸を張って立っている。
 そしてその筒の先端からは、魚の玩具が可愛らしく頭を覗かせている。か…可愛いか?
 リーダーと思われる男は盛んに「とびうお筒!」と号令をかける。
 すると、それに反応し他のメンバーたちが「ピンピン!」と腰を振って応える。

 …先ほどの言葉を訂正いたします。やっぱりすべてが問題ありでした。

「こら〜!」
 瀬名雫(せな・しずく)は漁港に立つ男たちに向かってずんずんと歩み寄る。
 正義は我にあり! 破廉恥極まりない恰好の男たちに正義の鉄槌を!
「あなた達! 版権問題に引っかかるでしょ!?」
 え!? そこ!?
「…ああ、本家は濁点なしだから。こっちは濁点ありね。無問題。おk?」
「そ、そうなの!? それは失礼しました」
 ぺこっと頭を下げる雫。寛容な顔で雫を爽やかに許す筋肉男。
「おまえらー! なにやっとるかーー!」
 大声で叫びながら警官がこちらに走ってくる。
 それを見ると男たちは一目散に海へと飛び込み、なんと海上を飛び魚の如く跳ね回って警官を翻弄したのち消えた。
「雫ぅ、責め処はそこちゃうやろ」
 一連の会話と雫を見ていた三島玲奈(みしま・れいな)は、ため息をついて呆れた。
「え? やっぱ、日焼け止め勧めておくべきだった!?」
 雫ちゃん、夏の暑さにやられたか? …いや、いつものことか。
 …あの男たちは夏の暑さが見せた幻だったのか?
 ひとつ言えるのは夏は不思議なことが多々起きる季節、ということだ。 


2.
 宮城県女川町指ケ浜沖。
 静かなその海の中にはたくさんの魚が生息する。その海中に謎の巨塔が出現した。
 立派だ。あまりに立派な塔だ。だが、なぜか漁礁になっていた。
 それもそのはず、そこはとびうお筒の聖地であった。
 そう、あの彼らの聖地はここにあったのだ!
「こーんなところにあったのかぁ♪」
 ニヤリと笑う謎の本。ご存知、奇想天外神出鬼没の謎の図鑑の妖怪たちである。
 …海の中だけど濡れないの?
「あ、ご心配なく。食品保存用チャック付袋に入ってますから!」
 むしろそれでは潜れないのではないかと思うのだが、これ以上のツッコミはやめておきましょう。
「きっとお宝がいっぱい眠ってるはず〜♪ いただいちゃうもんね〜! そして…ムフフフフ〜」
「またお主の悪い癖が始まったか…」
 仲間に溜息をつかれても、図鑑の妖怪はニヤニヤと鼻の下を伸ばして妄想したままだった。

 一方その頃雫は…
「メカ作って! あの人たち捕まえて日焼け止めを塗らせなきゃ!」
 ボロボロの賃貸アパートの一室。表札には『秘密結社・魚の目団(内緒☆)』と堂々と書いてある。
 この秘密結社魚の目団の博士は空き缶を原材料にバイクとか様々な物を製造してしまう天才博士である。
 …ただし、クマのぬいぐるみだけど。
「おめぇなぁ、どこの世界にそんな金でロボを作るなんて野郎がいると思うんでぇ!?」
 博士の目の前に置かれたのは500円玉1枚。雫が置いたものである。
「できないわけない! ワンコインロボ…めっちゃかっこいいネーミングだし、売れると思うよ?」
「そう言う問題じゃ…」
「大体! どこぞの惑星では子供が10円で水爆を、5円で機銃製造を請け負うんだから、大人の博士が作れないのはオカシイよ!」
 雫はドヤ顔でそう言い切った。
「…どこの宇宙停車駅の話だよ…そんな事例出されてもな…」
 話の通じない雫に、博士涙目である。
「さぁ、作るの!? 作らないの!?」
 迫る雫にたじろぐ博士の目が泳ぐ…と「遅くなっちゃった〜」と入ってきた玲奈と視線がバチッと合った!
「わかった、ただし。その娘の胸のラバーカップと引き換えだ!」
「えぇ〜!? と、突然何を!?」
 赤くなって胸を押さえる玲奈に、雫は勢いよく言った!
「よっしゃ! 交渉成立!」

「勝手に人の部品で交渉成立さすな!!」


3.
 かき混ぜ1分、電子レンジ2分、3時になったら出来上がり〜♪
「ってことで! 障子めか譲司&メアリーの完成よ♪」
「何故に障子w」
 ドヤ顔の雫に、ラバーカップの代わりにお椀を胸に詰めた玲奈が笑う。
「…玲奈ちゃん、胸おっきくなった?」
「うるさい。黙れ」
 地雷を踏んだ雫は、玲奈に冷たくされてもなおめげず。目指すは謎の海中塔。
「いくわよー!」
 海を進むと水平線の美しさに見とれる。あぁ、地球は丸いんだ。玲奈と雫はそんな感慨にふける。
 と、突然メカに衝撃が走った!
「何!? この振動は!」
「外部モニター、正面に出ます!」
 どこぞの宇宙戦艦ノリでモニターを見た玲奈と雫は、思わず息をのんだ。まさかの光景がそこにあった。
「な、何してんの?」

 障子めかに突っ込んでくる筋肉変態達の姿。それは玲奈たちの乗るメカに体当たりし、全員が全員格子に絡まっている。

「…アホ、か?」
「まぁ、とびうおだからしょうがないんじゃ?」
 しょうがないの?
「あ!? 前方、海中塔が動き出してる!」
 雫の叫びによく見れば、海中塔が何やらズモモモッと動き出している。
「これはおいらたちがいただくぜ〜♪」
 図鑑の妖怪の声を聞いた…気がした玲奈は思わず「ずか〜ん!!」と叫んで目の前のモニターへと襲いかかった!
 すると、それまでかろうじてバランスを保っていた障子めかがぐらりと前に倒れ始めた。
「な、なに!?」
「あー…上の筋肉変態が絡まった分、メカが重くなったんだね〜」
 呑気にいう雫に玲奈は逆方向に何とか体重を乗せてバランスを保とうとするが後の祭りである。

 すがががががが〜ん!!!

 派手な音と共に、障子めかは図鑑妖怪たちが運び出そうとしていた海中塔に思いっきり突き刺さったのであった…。


4.
「ちっ! これじゃ運べない! 仕方がない、出直すぞ」
 図鑑の妖怪たちが撤収していく。
 パラパラと障子めかから絡まっていた筋肉変態達が落ちていく。
 その様を見ながら玲奈は呟く。
「ちょw 騎乗…」
「玲奈ちゃん! あかん、それ以上はあかんw」
 雫も吹き出しそうになりながら、玲奈を必死に止める。これ以上はいけない。
 しかし、玲奈は止まらない。今の玲奈を止められる者なんかいない!
「説明しよう騎…」
 青ざめる雫は冷静に考えた。
 まさかの時のために、博士につけておいてもらってよかった…。
 カバーのついた黒と黄色のシマシマ釦。
 これしかない、これしかないの!!

 ぽちっとな!

 瞬間、轟音にすべての音がかき消される。
 これでよかったの。玲奈ちゃんの口を封じるにはこれしか…自爆しかなかったの!
 雫は涙を流す。玲奈はその横でまだ何かを喋っていたが、その声は雫には届かなかった…。