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母港である基地に旗艦を収容したのち乗員にはすみやかに退去命令が出された。先日の戦闘において敵からの攻撃に被爆したこの船を除染しなければいけないからだ。
それには、人体に有害な特殊光線を隅々にまで届かせる必要がある。
久々の休暇だ。
各員が疲れながらも笑顔を浮かべる中、藤田あやこだけは気の乗らない気持ちで陸に降り立った。
というのも『将校クラブ』という旗艦乗員を集めての催し物のお誘いがあったのだ。
「あの指令、隙あらば私の髪と脚をネタに喋り捲るのよね」
――どうして、女とは多弁なのだろうか。
あやこが愚痴る後ろで、ビームのチャージ音と警告音が入り交じって聞こえた。
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将校クラブが催される店の中では、旗艦の乗組員が揃っている。
「やあ、藤田艦長。ご気分が優れないようだね」
あやこの前でワインの入ったグラスを傾けたのは、この母港を一手に統括する女指令だった。あやこが苦手としている事を知りながら、彼女はさも親しげに笑いかけてくる。
「先の戦いは見事だったよ」
「あれは敵陣が乱れた隙を突いたまでです。それにこちらが有利だったにもかかわらず被爆してしまいました。あれは明らかに私のミスです」
あやこが真情を吐露するのを待っていたように、女指令はにやりと狐のように笑った。
「いかんよ、艦長。そうやって何でも一人で背負い込むのは。こうして無事だったんだ良しとするべきじゃないか。たしかに君の大根ではペダルを踏むのも楽ではないだろうけどね」
指令の言葉に近くにいた男達が笑っていた。彼女は満足そうにワインをグビッと喉に流す。
あやこは、そのまま蹴り上げてそのあごを砕いてやりたい衝動に駆られた。本当だったらやってしまっていただろう。
(大根とか、ぺちゃぱいとか、うるさいのよ、このババァ!)
「ところで君も龍に乗るそうじゃないか」
「え、はい。もしかして指令もですか?」
「ああ。自慢というわけではないのだが、由緒正しい血統の龍でね」
その言葉に反応してしまったのは、あやこが騎龍に並々ならぬ思い入れがあったからだ。
つまり、妖精王国のことだ。そこの女騎士は騎龍スキルこそ最上の嗜みであり、誉れだった。
「指令、その龍は今?」
「基地に駐在させている」
「そうですか、基地に」
「乗りたいか?」
「はい、是非!」
あやこは外聞をかなぐり捨てて大きく頷いた。
「わかったわかった。いいだろう」
「で、では、すぐに愛用の鞍を持って参りますので」
指令は心変わりが早い。
あやこは宣言するやいなやくるりと反転して、旗艦に戻る。今ならまだ気管の中には入れるだろう。たしか、鞍は艦長室に置いてあるはずだ。
あやこは競歩でもいたたまれず、すでに走っていた。
郁はキョロキョロと見回しながら、んー、と首を捻った。
艦長、ここにいたと思ったのだけど……。
「指令、あやこ艦長ご存じないですか?」
「艦長ならさっき、少し用事が出来て出て行ったよ。すぐに戻ってくるだろう」
「そうですか……」
「どうしたんだい?」
郁は話そうかどうか逡巡していたが、やがて決心したように口を開いて耳打ちをする。
「ちょっと付いてきてください」
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その時、あやこはちょうど艦長室に辿り着いていた。まだ除染作業が進んでいなかったため簡単に侵入することが出来たのだ。
「早く鞍を取って帰らないと」
艦長室に向かっていたあやこはふと気配のような物を感じたのだ。それは人の足音だった。何かを落としたような音。話し声。
――機関室の方からだ。
悪い予感がした。
足を止めて、少し考えた後、艦長室とは逆方向に歩き出したあやこ。腰につけたヒップホルスターを手探りで確認する。
魔銃の安全装置を弾いて解除した。
機関室では、たしかに数人の人影を確認できた。
威嚇射撃をするべきか。
……いや待て、こいつらは何をしているんだ?
あやこが機関室の動力装置の陰に隠れて様子をうかがっていると、その声は後ろから聞こえた。
「てめえ、なにもんだ?」
しまった、気を取られすぎていた。
ハッとした時には遅かった。すでに屈強な男と、銃器を握った背の高い女に見つかってしまっていたのだ。
「わ、私は機関室の掃除を命じられたただの掃除婦ですわ」
「掃除婦だぁ? ボス、どうしますか?」
ボスと呼ばれたのは頬に入れ墨が彫られたヒューマンらしき女だった。
「詳しく調べなさい。ここに掃除婦が来るなんて情報はどこにも無かったわ」
押し倒そうとしたのだろう、男があやこの肩に触れる。
瞬間、あやこは反転して、男を組み伏せ武器を奪った。
だが、肩口に銃口が当てられた。
やはり、一人では限界があったのだ。
女が、髪の毛を引っ掴んだ。
「あ、ちょっ、やめ」
「おいおい、なんだよこいつ、ヅラ……」
ぴくり。その言葉があやこを一気に冷徹にさせた。
魔銃を掴んだあやこは後ろ手で女の足を撃ち抜くと、排気量を計る景気の傍にあるパイプを撃った。
――ここは私の庭だ。計器の場所など見なくてもわかる。
蒸気が機関室を覆った。
その靄の中で、
「そいつはエルフ族の、ここの艦長だ。殺せ!」
女ボスの声が聞こえた。
追ってくる足音が早い。
機関室を出たあやこはただひたすらに逃げ道を画策していた。
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調理場と言っても、その店ではホールと直結している作りで、少しそちらに近づけば中は丸見えだった。
郁は何気ない顔をして調理場を覗き込み、それとなく指をさした。
「指令、あれです」
そこには、見るからに怪しい『何かを隠した跡』があった。
指令はなにも言わずに頷く。
郁も頷きかえした。手を上げて、調理場の中におどけた声を投げ入れる。まるで酒に酔っ払ってしまったように。
「すみません」
「はい、オーダーですか?」
本来はウェイターに言うべきところなのだが、調理場が見えているだけにそちらに直接注文する人もいるのか、その店員は特に怪しみもせずに返答する。
「モスコミュールを一杯くっださ〜い」
「はい。かしこまりました」
グラスを取りに行く店員。
郁は、その店員がその跡を避けて通るのを見逃さなかった。
「あれ、その穴ってなんですか」
「……穴ですか?」
店員は明らかに言いよどんだ。
「ただの点検孔です」
「ええ〜見せてもらっても良いですか?」
「へへ、珍しくなんかないですよ……?」
「いいだろ、見せてやったって」
横から指令が口を挟み、素早く調理場に侵入する。
郁も後を追いかけた。
「こ、困ります、お客さん」
そう言って通せんぼをする店員を押しのけた指令の脇を通過した郁は、一目散にその穴をこじ開けた。
そこにあったのは、ご禁制の武器の数々だった。
「指令、ビンゴです!」
「おまえら、ここで、なにを――ッ」
銃声が鳴り、ガシャンと棚から物が落ちる。ゴミが散乱していた。
指令が壁際に倒れていた。郁が駆け寄ってみると、脇腹から大量の血が流れている。
「指令!」
「動くな!」
郁は自分のこめかみにつけられた拳銃を見た。
店内は騒然となっている。
武装した他の店員に、旗艦の船員達は身動きを封じられているのだ。
「指令……」
血は止まりそうもない。
傷口はゴミを被ったせいで汚れている。
「薬を」
「動くなッ」
「せめて、水をください。このままじゃ破傷風に。死んでしまいます!」
郁は懇願するように目を上に向けた。
「チッ」
銃を構えたまま、店員がミネラルウォーターのペットボトルを郁に投げ渡した。
「ありがとうございます」
郁は小さく呟きながらにやりと笑った。空調システムの電源をはぎ取った。それはものの数秒の出来事だった。ペットボトルの水が電気分解されて、大量の水素を生み出したのだ。
郁はペットボトルを投げる。
つられて、店員の一人がそれを撃ち抜いてしまった。
爆発が爆発を呼び、辺りは混乱と化している。
誘爆が止んだ頃、郁は顔を上げる。
すでに暴動は沈静化されていた。
「さすが、藤田艦長の配下だな」
傷が浅かったらしい指令はそう言って笑っていた。
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その頃、あやこは最悪の決断を迫られていた。
闇雲に逃げていたせいで、ビームの軌道を考えていなかったのである。
前方に光が見える。あれに当たったらおしまいだ。
が、後ろからは敵の声が追いかけてくる。
……どうする。
「逃げ場がないなら、作るまでよ」
床の留め具を撃ち抜き、そこに穴を開けた。
それを衣服を脱いで隠し、ビームに当たる寸前、その穴に避難した。
ビームが過ぎ去った後見てみると、そこにはさっきまで人間だった消しカスが残っている。
「形勢逆転よ」
高いところを陣取ったあやこは高笑いを浮かべながら、残党を狙撃している。周到な計画を立てているなら、あそこから逃げるつもりね。
……ラウンジに行きましょう。
あやこの読み通り、一団はそこにやってきた。
先に仲間を船に向かわせたボスと、水着姿のあやこが対立している。
「流石禿頭ね。よく閃くじゃない藤田艦長」
嘯くボスの脇を矢がかすめた。
「ええ、さっさと終わらせましょう」
「フフ……」
背中の翼を開いたあやこはボスの頭上を取り、そこから奇襲を掛けた。
だが、ボスはひらりとかわして、あやこの鳩尾に一撃を決める。
「ここで消しカスになるが良いわ」
そう言って、ボスが去って行く。
あやこは旗艦から飛び立つ船が見えた。
光線が迫り来る。
「艦長!」
見えたのは、郁の姿だった。
「除染を止めて!」
その叫びと共に、光線はその姿を消したのだった。
やがて、再開した除染も終わり、あやこと郁は既知から飛び立つ段になっていた。
ラウンジで二人は話している。
「あの侵入者達、旗艦のエネルギーを使って爆弾を作っていたらしいです」
「でも、撃墜されちゃ意味ないわよね」
二人はゆっくりとお茶をすすっている。
「沈黙の戦艦ですか? 艦長」
「ダイ・アヤコよ」
そう言って二人は笑い合うのだった。
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