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とある日常風景
〜 夏はお化けと相場が決まっている 〜
1.
「おー…よく来たな。おまえ、タイミングがいいな」
いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は見知らぬ顔のご婦人と何やら仕事の打ち合わせをしていた。
「いらっしゃいませ。セレシュさん」
奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。その手には2人分のお茶を載せたお盆を持っている。
「…いいんか、悪いんか。わからんわ」
セレシュ・ウィーラーはたまたま立ち寄った草間興信所で、苦笑いをした。
「まぁいいから座れよ。丁度依頼が来たところだ」
草間にソファに座るように促され、セレシュは肩をすくめて諦めてそこに座った。
どうせ暇だから寄ったのだ。手伝うのも一興だろう。
ご婦人は改めて話を始めた。
「最近、無人のはずの我が家の別荘に人影を見たという噂が立っておりますの。…大きな毛玉が家の中に消えていったとか、変な声が聞こえたとか…。今年も避暑で使う予定でしたのに…早急に調査してほしいのです。原因を突き止めて解決してくだされば、さらに成功報酬を上乗せしますわ」
一通りの話をし終えると、ご婦人は零のだしたお茶を飲んだ。
「要はおばけっちゅーことか」
「…怪奇の類は禁止だとあれほど…」
「でもお兄さん、興信所の家計は火の車です」
三者三様の感想を抱きつつ、この依頼は草間興信所に託されたのであった。
2.
依頼の別荘は小高い山の森の奥にドンと構えた立派な白い洋館…だと思う。
…運悪く乗ってきた車のタイヤがパンクしたり、濃霧でパーキングエリアに避難せざるを得ないほどの視界不良に見舞われたりしたせいで到着したのが日もとっぷり暮れた頃。暗雲が立ち込め、雷鳴轟いていたため立派な白い洋館はよく見えなかった。
「素敵なお家ですね〜」
「夜じゃなければ素敵に見えたかもな」
「怖がりやなぁ、草間さんは」
「だ、誰が怖がってるって!?」
声が震える草間をおいて、セレシュはスタスタと洋館の入り口に手をかけた。
…鍵はかかっている。
「鍵、預かったんやろ? はよ開けてくれん?」
物おじせずにそう言ったセレシュに、少しふてくされたような草間は鍵を渡す。これまた西洋風のオシャレな鍵である。
鍵穴にかちりとはめれば、扉はあっという間に開いた。
「…こないなアナログな鍵やし、空き巣でも入ったんやないの?」
鍵をしげしげと眺めたセレシュに、草間は首を横に振る。
「その鍵、中にチップが埋め込んであるから複製は無理なんだとさ。最近の技術にはついていけんな」
魔法の研究も大儀やけど、科学の研究も大儀やねぇ…。
そんなことを思いながら、セレシュたちは洋館に足を踏み入れた。
人の気配は…ない。今のところそれ以外の怪しい気配も感じない。上を見上げれば吹き抜けに大きなシャンデリア。広い玄関ホールは真正面に階段があり、両脇にいくつもの部屋への扉が並んでいる。
「まず電気つけられんかな? こう暗いと転んでしまうわ」
「電気は来てるって言ってたから…お、あった」
草間が手探りでパチッとスイッチを押した。眩い光が視界を覆って、一瞬立ちくらみのような感覚がした。
「えらい明るいなぁ…ご近所迷惑にならんやろか?」
「こんな山奥に迷惑をかけるような家があるとは思えん」
草間はそう言うとつかつかと部屋の扉を開け始めた。中を覗き込んで何も異常がないことを確認すると閉める。
「私たちも調査を始めましょうか」
零の言葉にセレシュは「そやね」と頷いた。
零が草間とは別方向の扉へと足を向ける。セレシュも真正面の階段を上ろうとした。
その時、視界の端を何かが動いた。
ハッとその方向へ視線を動かすと、ピンク色の何かが2階の左奥へと消えていくところだった。
もしや、あれが依頼人が言っとった『大きな毛玉』っちゅーヤツか?
セレシュは慌てて2階へと駆け上がった。2階も1階と同じく左右に扉がたくさん並んでいる。セレシュは迷わず左へと走った。
曲がり角のない真っ直ぐな廊下。
どこかの部屋に入ったんか? けど、何の音もせんかった。
セレシュは、ピンクの何かを完全に見失った…。
3.
一方、1階左を調査する草間は異変を感じた。
突然なにかの気配を感じた。ぞわぞわとする嫌な感じだ。
ぱきっ ぱきん ぱきんっ
乾いた木が弾けるような音が耳元でする。ラップ音だ。
「ちっ。この依頼…ヤバかったか?」
自問自答。しかし調査を始めてしまった以上、断りを入れるのはプライドが許さない。
なんでもかかってこいってんだ!
草間は気を引き締めて、さらに部屋を調査し始めた。
1階右を調べていた零は、キッチンへと辿り着いた。
「わぁ、素敵なキッチンです」
総大理石のシステムキッチンに開放的で広いダイニング。テーブルセットには10人以上は座れそうだ。…なぜかそのテーブルセットには食べ散らかされた食器が並べておいてある。
「…水につけておかないと、汚れがこびりついて落ちなくなってしまうのに…」
そんなことを言いながら、シンクへと近づいた零の後を追うようにテーブルセットに置いてあった食器が浮かび上がる。
「!?」
ふわふわと飛び上がった食器は、驚く零の手前まで来ると自らシンクの中へと飛び降りた。
「…行儀のよい食器さんたちです」
そう言いながら零は、思わずスポンジを取って食器を洗い出す。
興信所の狭いシンクと違い、やはり広いキッチンは立っていて気持ちがよかった。
「一度でいいから、こういうところでお食事を作ってみたいですね」
2階のセレシュは一通り部屋を覗き終った。…アレはどこにもいなかった。
「やっぱ怪奇の類なんやろか? …それとも見間違いなんかな?」
いまいちはっきりしない。何も感じないのだ。
何かいるんやったら感じてもいいはずなのに…まぁ、ひとまず草間さんに報告しとこか。
セレシュは1階へと舞い戻る。1階もやはり何も変わった様子はない。
「お、おい…セレシュ…」
奥から草間が戻ってきて、セレシュを見て固まった。
「あぁ、草間さん。今な、上で…」
なんでうちを見て固まっとるんやろ?
首を傾げるセレシュに、草間は青ざめた顔で絞り出すように声を出す。
「う、うし…」
「牛?」
「セレシュー! 後ろーーー!!」
草間の叫びに、セレシュが振り向くと…!!
4.
「ハァ〜イ! 皆さんご機嫌いかがですカ〜!?」
ピンクの大きな毛玉…もとい、そこにはいつか出会った露天商がいた。
「あ…、あんたなんで…??」
「アタクシ、夏のバカンスをしようと…迷子になりましタ〜ハハハッ!」
いやいや、人様の別荘で迷子って!?
「マドモアゼル…何をやってるんだ!?」
草間が怒り心頭な低い声でそう呟く。
「…草間さん、知り合いなん?」
セレシュが驚いて聞くと草間は顔をひきつらせながら頷いた。
「マドモアゼル・都井(とい)。最悪のトラブルメーカーだ」
露天商の顔を見る。が、こちらは痛くもかゆくもないような顔で笑っている。
「酷いのですネ〜。アタクシ、草間さんを心からソンケーしておりますのニ〜…」
「おまえのは絶対に尊敬じゃない!」
「まーまーまーまー! 2人とも落ち着いてや」
セレシュが割って入ると、草間はフーッと深いため息をつく。
「ってことは、さっきのラップ音はおまえの仕業か…」
「ラップ音? そんなんあったん?」
セレシュが訊くと、草間はふんっと鼻で笑った。
「こいつの仕業だとわかれば怖くもなんともないさ」
「いえ、それアタクシの仕業じゃありまセ〜ン」
………は?
セレシュと草間が顔を見合せた時、零が左からさっぱりしたような顔で出てきた。
「あれ? セレシュさんにお兄さん…にマドモアゼルさん? どうかしたのですか?」
零の横には見慣れぬ顔がまた1人、ひょっこりと顔を出した。
「あ、山口サ〜ン! 探しましたヨ!」
「マドモアゼルさんのお友達ですか?」
零がそう訊くと、マドモアゼルはにっこりと笑った。
「ハ〜イ! こちら、この近くで地縛霊をしている山口さんデ〜ス!」
「…」
「……」
「………はっ!?」
セレシュが我に返った。
「この人が原因ちゃうの!? 絶対原因やろ!?」
草間も我に返り、マドモアゼルを問い詰める。
「おまえは何やってんだー!?」
「いえ、お1人で寂しそうでしたので、ご一緒しただけですヨ〜☆」
「ご一緒するなぁあ!!」
草間の拳が炸裂した。セレシュはハァ〜っと深いため息をつく。
原因が分かったのなら、あとは解決するだけだ。
「ソンナ! 山口さんを成仏させるだなんて酷すぎマ〜ス!」
「だったら元の場所に返してこい!」
勝手に小動物を拾ってきた小学生を窘めるように、草間はマドモアゼルに怒鳴った。
結局、山口さんは元の場所へと返されてから念入りに供養され、この依頼は一件落着と相成った。
しかし…
「あの人、どうやってあの洋館に入ったんかなぁ…?」
最大の謎は…残されたのだった…。
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
NPC / マドモアゼル・都井 / 両性 / 33歳 / 謎の人
■□ ライター通信 □■
セレシュ・ウィーラー様
こんにちは、三咲都李です。
このたびはご依頼いただきありがとうございます。
夏の風物詩、洋館の探索です〜…風物詩?
通りすがらせてもいいと許可を頂いたので、通りすがってみました!
全然通りすがってないやん!(うひぁ!
…少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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