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<東京怪談ノベル(シングル)>


真実の恋
『貴方を想う度に蝋燭を灯すわ』
 女は夫に向かい囁いた。恋物語は、終盤へと近づいていく。
 先の展開などすでに知っているはずなのに、綾鷹・郁は銀幕から目を離せなかった。
 終幕、夫の遺影が映し出される。傍らに供えられているのは、仄かな明かりが灯った蝋燭だ。誰が灯したものなのかなど、わざわざ説明するまでもないだろう。
 この場面を見るたびに、郁はこの映画のタイトルを自然と頭に浮かべてしまう。
 フィルムは終わりを告げ、客席から大きな拍手が巻き起こった。少女は息をつき、感動に浸る。
 郁は、『真実の恋』が好きだ。非番の時は、20世紀の此処に通う。

 ◆

 映画の上映が終わり、満足気に郁は席を立った。良い映画というものは、何度見ても色褪せない。有意義な時間を過ごす事が出来、少女の足取りは自然と軽くなる。
「きゃっ! もう、なんよ?」
 しかし、突然誰かにぶつかられ、折角の余韻はぶち壊れてしまった。見てみると、転倒した男性の姿がそこにはある。
 左腕に金色に輝く時計をはめた、よぼよぼとした年老いた男だった。彼の足元には、一本の杖が転がっている。恐らく、それを落としたのが転倒の原因なのだろう。
 倒れ伏している彼を郁が助け起こすと、男は彼女の手をしっかりと掴んだままニヤリと笑った。
「俺を誰だと思う?」
 突然の問いかけに困惑する郁の答えを待たずに、男は続きの言葉を口にする。
 語られた言葉に、少女の顔つきは険しくなった。どうやら、郁の平穏な非番の時間は終わりを告げたようだった。

 男には探し人がいるのだという。他でもない、男の妻である。
 数十年前に事情があって離れたきり、顔を合わせていないらしい。けれど男は彼女の事を忘れた事はなく、今も愛し続けている。
 成り行きで男の妻探しに協力する事になった郁は、彼と共に質屋へと向かった。
「花束で女の機嫌が直る! 心配をかけてきちまったが、あいつもきっと喜ぶはずだ!」
 男は金時計を惜しげもなくはずし、換金する。妻の好きだった花を思い出し、彼は微笑んだ。あまりにもその横顔が嬉しそうだったので、郁も思わず笑ってしまう。
 無邪気にはしゃぐ男の様子に、質屋はほくそ笑んだ。

 それから花束を買い、妻の捜索を続けた郁達は、ようやく男の妻の居場所を突き止める事に成功した。
 けれどもそんな二人を、突然銃撃が襲い掛かる。
「賞金首の話は本当ね?」
 映画館で語られた男の正体の事を思い出し、郁は目を細める。
 老人の正体は、賞金首だったのだ。この襲撃は恐らく、彼の首を狙う者の仕業だろう。
「こっちにきて。事象艇で送るわ」
 襲撃を避けつつ二人は艇に乗り込み、男の妻の家へと向かう。
 不意に艇が捉えた反応に、郁は訝しげに眉をひそめた。紛う事なき、人外の反応だ。
(何者……?)

 郊外の、とある家へと郁達は辿り着いた。男の妻が住んでいる家だ。
 二人の再会を邪魔するのは野暮というものだろう。郁は家から少し離れたところで待機する事になり、少しだけ緊張した面持ちの男を励ましその背中を見送る。
 意を決し、男は妻の家の扉を叩いた。玄関の扉が開き、男と妻の感動の再会の時が訪れる……はずだった。
 男は目の前に現れた者の姿を見て、目を見張る。顔を出したのは男の妻ではなく、一人の若い青年であった。
 ――今更何だ? 帰れ!
 ――まさかお前は、俺の?
 ――ああ、母は死んだよ!
 老人と青年が言い合う声が、郁の耳へと届く。口論はしばらく続いたが、だんだんと弱まっていき、やがては先程の喧騒などなかったかのように辺りはしんと静まり返った。
 ふらふらとした足取りで、男が郁の元へと帰ってくる。妻に渡すはずだった花束は、未だ男の腕の中にあった。
 渡す相手が、もういないのだ。あの青年は男の子供であり、彼の妻は昨年……他界していた。
「あいつが亡くなったなんて、そんな! あいつは俺の……俺の生き甲斐だった!」
 嘆く老人に、郁はかける言葉が見当たらずに視線を落とす。花束が男の腕からこぼれ、力なく地面へと落ちた。
 次の瞬間、乾いた音と共にその花束が四散する。再び、男を銃撃が襲いかかったのだ。
 郁は素早く男を庇い、すぐ様武器を構え応戦する。少女の丸く大きな青色の瞳が、刺客の姿をとらえた。
 どこかで見た事のある顔だ。郁は考え、すぐに思い出す。刺客の正体は、先程寄った質屋の店主であった。賞金首である男の命を狙うため、質屋の姿に化けていたのだろう。
 郁は、自身のセーラー服を裂きさく。彼女の身を包んでいるビキニが顕になる。次いで彼女は翼を展開し、空へと飛び上がった。上空から狙いを定め、少女の武器が刺客を狙い撃つ。
「お前は、アシッド族?」
 郁の問いに、質屋に扮していた男は肯定する代わりに鼻で笑った。
「この男は凡その不幸を担う特異体質でね。妻の為に隠遁した様だが、今戻られると困る。……倅の将来が狂うのさ」
 男の子供は、高名な宇宙学者だった。
「なるほど、確かにアシッド族は困るでしょうね」
 質屋の正体は、やはりアシッド族であった。先程艇が捉えた人外の反応、賞金首である男を狙う真意、全てに合点が行き郁が笑う。
 ――けれど、アシッド族に好きにされるほうが、こちらは困るのだ。
 郁は狙いを定め、引き金をひく。放たれた弾丸が、アシッド族の体を見事に貫いた。

 ◆

 数十年前。映画、真実の恋のロケ現場にて、主演の二人が笑い合っていた。
 片方はかつての男であり、もう片方は男の妻であった。特撮技師である友人も、二人の姿を見て微笑む。
 けれどそんな彼らの笑顔を、突然起こった爆発が引き裂いた。悲鳴が辺りを覆い尽くす。幸福は、音をたてて崩れ落ちる。
 ……不幸な事故だった。男の友人は、その事故で亡くなった。
 彼の名声を守るため、男は友人の罪を全て被り失踪する。男は、冤罪であった。けれど彼はその事を誰にも語ろうとはしなかったし、これから先語る事もないだろう。秘密は墓場まで持っていくつもりなのだ。
 それから、賞金首として命を狙われ長い長い逃亡生活を送ってきた男だが、ついに疲れ果ててしまった。自首をする事にした彼は、その前に一つだけ、どうしてもやらなければならない事があった。
 最愛の妻に、別れを告げる事。それが男の、最後の望み。
 けれど、男はどこまでも、不幸だった。
 彼の唯一の生き甲斐であったその妻すら、もうこの世にはいなかったのである。

 郁の用意した廃墟の壁。そこに投影されているのは、一本の映画だ。
 題名は、真実の恋。男と女が主演を果たした、思い出の映画。
『貴方を想う度に蝋燭を灯すわ』
「お前を想う度に、蝋燭を灯す」
 映写機の向こうの女の呟きに、現実の男の声が重なる。
「真実の恋……ね」
 呟いた郁の頬に、涙が伝う。男が銀幕の妻の為に灯した幾つもの蝋燭の炎が、ゆらゆらと揺れた。
 映画は終幕へと近づいて行き、やがては終わりを告げる。拍手の音は鳴らない。ただ、男と郁の泣き声だけが、辺りには響いていた。