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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


時の崖へ


 オペレーターも艦長も、新任である。不慣れであるのは一目でわかる。
 皆、がちがちと音が聞こえてきそうなほどに緊張していた。
 リラックスしているのは、この人物のみである。
「会えて光栄であるぞ、藤田あやこ女史」
 若き公爵が、貴賓席にゆったりと身を沈めたまま、そんな事を言っている。
 艦橋内に、特別に設えられた貴賓席である。
「妖精王国が全宇宙に誇る女傑よ、そなたとはゆっくり話をしてみたいと思っていた。道中の愉しみに、たっぷりと武勇伝を聞かせて欲しい」
「……偉そうに語るような事など、何一つしておりません」
 あやこは苦笑した。
 時の崖、と呼ばれる遠い未来の地球。
 そこの領主に封ぜられた公爵が、艦隊に護衛されつつ、新たな領地・時の崖へと赴いているところである。
 ここは、護衛艦隊旗艦の艦橋だ。
 あやこも以前は、こういう場所に立って艦隊を指揮する司令官であった。前線で暴れた事もある。
 今は、軽々しく戦場に出る事が許されない、大貴族の身分である。昔が懐かしい、と思う時も、ないではない。
 今回は、あやこのファンである公爵からの指名で、艦隊顧問のような形で同道する事となった。が、戦場に出る機会など、あるわけがない。そもそも戦争になど、なるわけがない。公爵を、領地へと送り届けるだけなのだから。
 時の崖では、公爵の居城を兼ねた巨大基地が突貫工事で建造され、落成したばかりである。
 建造責任者である提督は、緑地も娯楽も完備完璧でございます、などと豪語していた。
 それほどの基地が、このような短期間で出来上がったのである。とんでもない「おから工事」が行われたか、あるいは現地の地球人民に過酷な違法労働が課せられたか。
 何かある、と思いながら、あやこは腰に吊った聖剣「天のイシュタル」の柄を握った。抜刀の姿勢。
「お、よもや藤田女史の演武が見られるのか?」
 公爵が、呑気な事を言っている。
 気配を感じたのは、あやこ1人のようである。
「引き返しなさい……」
 声がした。女の声である。
「時期尚早よ……貴方たちは、地球に手を出すにはまだ未成熟もいいところ。引き返しなさい、取り返しがつかなくなる前に」
 その女は、いつの間にか、そこに立っていた。まるで最初からいて、誰も気付かなかったかのように。
「な、何者だ貴様……」
 公爵が、貴賓席からずり落ちそうになっている。
「し、侵入者か? 密航者か? ええい斬れ、藤田女史! そなたの武勇を見せてやれ!」
「落ち着いて公爵。簡単に斬れるような相手が、ここまで入って来られるわけがありません」
 抜刀の姿勢のまま、あやこは言った。
「改めてお訊きしよう。私は藤田あやこ、貴殿は?」
「虚無生命体……巫浄霧絵」
 女が名乗った。
「そこそこ話のわかりそうな人に会えて嬉しいわ。だから、もう1度だけ警告してあげる。引き返しなさい」
「それは出来ない。我々は、任務で行動している」
 言った瞬間、あやこは奇妙な震動を感じた。停止の震動だった。
 旗艦が、いや艦隊そのものが、動きを止めてしまっている。
「か、艦長! 敵襲です!」
 オペレーターが、悲鳴じみた声を発した。
「なっ何か巨大なものが、艦体に絡み付いて……こ、これは触手!?」
「生命反応多数! 巨大な生命体の群れが、艦隊を取り囲んでいます!」
 巨大な触手、であろうものが、旗艦をギシギシと締め付けている。
 それを微かな震動で感じながら、あやこは呻いた。
「蟲を……連れて、来たのか……」
「貴方たち知的有機生命体の愚行を裁くのが、私たちの使命」
 霧絵の声に、得体の知れぬ力が籠る。
「邪魔は、させない」
「巫浄霧絵とやら、貴殿がどこの何様であるのかは知らん。が、高みから裁かれる筋合いはないな」
 あやこは言った。
「人間も、妖精も、その他あらゆる知的生命体も……反省を重ねながら、ここまで進歩して来たのだ」
「その進歩の行き着く先が、どこなのか……いいわ、見せてあげる」
 霧絵の声の中で、得体の知れぬ力が強まった。
 光、のようなものが艦橋に満ちた。


 気が付くと、あやこは艦内ではない場所にいた。
 どこかの惑星の、地下壕の中である。
 大勢の女たちが、身を寄せ合って震えている。男は1人もいない。
「ここは……」
「全面核戦争直後の、地球よ」
 女たちの中から1人が立ち上がり、あやこの疑問に答えてくれた。
 巫浄霧絵だった。
「地上では、放射能の嵐が吹き荒れているわ。今の地球は、もはや人の住める世界ではないのよ。脱出しなければ……この子の、力でね」
 言いつつ霧絵が、女たちの中から、1人の少女を引きずり出した。
 ブレザーの制服が似合う、可憐な美少女。
 どこかで見た事のある女の子だ、とあやこは思った。
「地球を脱出するには、事象艇が必要……この子を、その事象艇の生体端末にするしかないわ」
「嫌……」
 少女が、すすり泣いている。
「そんなの嫌……助けて……」
「誰も貴女を助けられない。何故なら、貴女が皆を助けなければいけないから」
 霧絵が、死刑でも宣告するかのように言う。
「適合者が、他にいないのよ……貴女が拒めば、ここにいる全員が死ぬわ。どう思うの?」
「嫌……いやっ! 絶対嫌ぁあッ!」
 泣き喚く少女に、女たちが罵声を浴びせた。
 耳におぞましい、表記すら憚られるような罵詈雑言。
 放射能で死滅するかどうかの瀬戸際である。他者に優しくなどなれないのは当然だ、とあやこは思った。
 だからと言って、それは1人の少女の生涯を奪う理由となり得るのか。
「貴女が決めなさい、藤田あやこ……反省を重ねて進歩した知的生命体の、代表者としてね」
 霧絵が、嘲笑うように微笑んだ。
 決める事など出来るわけもなく、あやこはただ、泣きじゃくる少女を見つめた。どこかで確かに、見た事のある女の子。
「貴女は……!」
 この少女は、ここで人間をやめなければならない。
 あやこは、それを思い出した。
 人間ではなくなった彼女の力が、いずれ必要となる。ここから先の歴史を、守るために。
「そう……あの子は、ここで生まれたのね。私の、手によって」
 あやこはバリカンを取り出し、握り締めた。
 怪物が、いずれ必要となる。
 ならば、その怪物は、あやこ自身の手で作り上げるべきであった。
 汚れ役を、誰かに押し付けるべきではなかった。
「私を、憎みなさい……」
 呻きながら、あやこは思考を止めた。
 バリカンで、女の子の髪を刈る。そのような行為、まともな思考を保ったまま出来るものではなかった。
 可愛らしいおかっぱの髪を無惨に刈られ、青々とした禿頭を晒しながら、少女が嗚咽を漏らす。
 泣き声を、右の耳から左の耳へと素通りさせながら、あやこはハサミを使った。
 紺色のブレザースカートが、じょきじょきと裂けた。ぴっちりとハーフパンツを貼り付けた下半身の、可憐な丸みが露わになる。
 自分が何をしているのかは考えず、あやこは黙々とハサミを操り、少女のブレザーを裁断し、キャミソールと黒のスパッツを手際よく細切れに変えた。
「それが、貴女たちよ……」
 巫浄霧絵が、笑っている。
「人身御供を捧げて、保身を図る……それが貴女たち、進歩した知的有機生命体なのよ」
 ひたすらハサミを動かしながら、あやこは聞こえぬふりをし続けた。


 遥か昔に起こった全面核戦争の影響で、地球は慢性的な水不足に陥っていた。
 時を経て放射能は薄れ、植民が可能にはなった。が、水が甦ったわけではない。
 植民されて来た人々による水関係の苦情は、ここ「時の崖」を治める代々の領主たちにとって、常に頭痛の種だった。
 その頭痛の種を、この新たなる巨大基地が取り除いてくれたのだ。
「やりました提督! 住民どもは大喜びですよ、まさに神対応!」
 副官の1人が、はしゃいでいる。
「無茶な突貫工事で、この基地を作り上げた甲斐がありましたなあ。いやはや、さすが水を司る蟲の力は大したもの」
「たわけ! 蟲などおらぬ、これは私が一から作り上げた基地なのだ!」
 軽率な口をきく副官を、提督は怒鳴りつけた。
 基地の、中枢とも言うべき部署である。
 壁一面で苦しげに蠢くものを、提督は鞭で思いきり打ち据えた。
「この下等生物が! あれほど一気に水を発生させたらバレてしまうだろうが! もっと少しずつ、さり気なくやらんかああああ!」
 その暴言に抗議するかの如く、部署全体が揺れた。
 否、基地全体が揺れていた。
「なっ何だ、こやつ逆らうのか……!」
「ててて提督、敵襲であります!」
 1人の兵士が、あたふたと駆け込んで来て叫んだ。
「む、蟲が! 巨大な蟲が、上空に!」


 無惨な禿頭を見せながら、少女はビキニを着せられ、培養液の中で電極に繋がれている。
 声にならぬ悲鳴を上げる少女を、あやこは見据えた。まっすぐに見た。目を背ける事は許されない。
「貴公の勝ちだ、虚無生命体……」
 牙を剥くように、あやこは呻き叫んだ。
「次はどんな神業を使うつもりだ!」
「言ったはずよ、裁きを行うと……」
 巫浄霧絵の声に合わせ、空中に映像が生じた。
 全面核戦争の遥か未来、「時の崖」時代の地球。
 巨大な蟲が、飛行船の如く空中に浮かびながら発電し、地上に電光の嵐を降らせている。
 稲妻の豪雨が、市街地を粉砕してゆく。
 逃げ惑う人々の中に、提督の姿があった。そこへも電撃が降り注ぐ。
 市民たちも提督も、一緒くたに灼き砕かれて灰に変わった。
「あの提督はね、負傷した巨大時空蟲を改造して基地に変えてしまったのよ。水を司る蟲をね……この蛮行、愚行、誰が裁くと言うの? 宇宙に神が存在しない以上、私たち虚無生命体が裁きを実行するしかないでしょう」
 応える事が出来ぬまま、あやこは映像を見つめた。
 電光の嵐で破壊と殺戮を実行する、巨大な蟲。だがそれは、誰も止める資格を持たぬ、正当な報復でしかないのか。
「水を司る蟲の妻、雷の時空蟲よ。彼女を止める事など誰にも……そうね、少なくとも貴女には出来ないわ。そうでしょう? 藤田女史」
 次の瞬間、あやこは旗艦艦橋にいた。
 公爵が、貴賓席で呆然としている。
 無惨な禿頭の少女が、ビキニ姿で床に座り込み、泣きじゃくっている。
 巫浄霧絵の姿はない。が、声は聞こえる。
「引き返しなさい……これが最後の警告よ。さあ、どうするの?」