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<東京怪談ノベル(シングル)>


ペンギン・サファリ


「こ、こんなん雑用やない、労働や……しかもへヴィーのつくやつ」
 空軍内第一層ハンガー。各関係組織から補給、供給された物資で格納庫内はごったがえしている。
 ジャンクパーツの山盛りになった巨大なワゴンを押しながらセレシュ・ウィーラーは息も絶え々え。
 一般人と比べればタフな彼女もさすがに音を上げる。
「あ、嬢ちゃん、それ運び終わったら次は入口のあれ、ここに運んでくれ」
 泰蔵の指差す先にはどう見たってオイル類、缶の山。
「えええ〜。……あのな、おっちゃん、うちさっきから気になっとることあんのやけど」
「なんじゃ」
 高月・泰蔵はペール缶に腰掛けシガリロをふかしている。
「あれや、あれ。そこの牽引用べヒクル。なにもうちが汗水たらして機材運びをせんでもやね」
「フム」
「あれのフックをカチッとコンテナにひっかけて、ちょちょいと動かしてしまえば3分で済むんやないの」
「ふむ、それはじゃな」
「それは……?」
 泰蔵の顔つきが徐々に険しくなっていく。
「ううむ、まあ鍛練ということで」
「乙女にする仕打ちやない……。おに、あくま、どえす……」
 老整備士は年どおり老獪に笑う。
「わはは。ほれ、しゃべると余計のどが渇くぞい?」



 こうしてセレシュが幾分、いや過分な労働をしている経緯はこうである。
 基地内で冷たいハーブティーのもてなしを受け、あーでもないこーでもある、いやそーでもありこーでもある、などと魔装具全般について司令の高月泰蔵としゃべくっていたのだが。
「雑用くらいならするさかい、整備するとこみせてもらえんやろか」
「おう、よかろう」
 と二つ返事。
「さすがおっちゃん、フトコロ広い! だてに年食ってないなあ」
「年は関係ないわい! ここじゃ、ここ」
 二人してやってきたのは無数にある内のハンガーのひとつ。
 白銀の戦術戦闘機、イズナが1機、涼やかに鎮座している。
「よし、あそこにボーディングラダーがあるから、登っていいぞ」
「え、触ってええの?」
 セレシュはどうにか搭乗用階段を押し動かして、コクピット横、定位置へ。登ってしげしげと機を眺める。
 下から見上げるのとは大いに趣きが違う。各動翼や背面エアブレーキがよく見える。
「上出来上出来。というかじゃな、触っていいというか、乗っていいぞ」
「おー、ほんまに!?」
 思えば彼女はこのあたりから疑うべきだった。
「でもおっちゃん、操縦席はキャノピが降りてるやん。中に入れへん」
「チョイ右のハッチがあるじゃろ」
「ええと? これかいな」
「そう、それ。ハンドルロック解除して、ハッチ開いてじゃな」
「ほいっ……と。お、あいたわ」
 セレシュがロックを回すと、CDケース程の大きさのハッチが自圧でゆっくりと開く。
「よしよし、それでOKじゃ。中のグリップを引きずりだしたら折れてクランクになるからな」
「こう?」
「そうそう。グルグル右に回したらキャノピが上がるぞい」
「よっしゃー!」
 径でいえば大型自動車ほどあるクランクを、セレシュはぐいぐいとまわす。じわじわとキャノピーがひらき、上がっていく。もどかしい。が、こいつを上げてしまえばコクピットに座れるのである。
 奮闘の甲斐あり、さほどもなく、セレシュは操縦席へ滑り込んだ。
「へえー、こんな感じかあ」
 ざっとコクピット内を見渡す。
「嬢ちゃーん、のぼったかー?」
 下から泰蔵の間延びした声が聞こえる。
「は! 司令どの! 搭乗したであります! とかいうてな〜。あはは」
「じゃ、エンジンまわしてくれい。アイドルでな」
「おお、ほんまエンジンかけてええん?」
「くれぐれもアイドルでな、わしが吹っ飛ぶから」
 いわれずとも幻想装具学者である。パーキングブレーキ、ONを確認。スロットル位置、アイドリングへ。パワーミニマム。エンジンコンタクト。
 静かで心地よい鳴動。
「んー、回転計に問題なし。ええなあ、昼寝でもできそうやわ」
 大きく伸びをひとつ。
「寝てもらっちゃ困るんじゃが」
 突然真横からかけられた泰蔵の声にセレシュは軽く飛び上がった。
「うっわ、もう驚かさんといてーな。いつからおったん」
「すまんすまん。じゃ、ひとしきり堪能したかな?」
「ええ〜。うち、まだまだいじり足りへんなあ」
 セレシュは唇を尖らせる。
「そうじゃろう、そうじゃろう」
 やたらと大げさに泰蔵はうなずいている。
「じゃー仕方ないの。そういうことで、後片付けは、任せた」
「は?」
「後はよろしくの」
「はあ〜〜っ!?」
 はめられた。



 ハンガー外。
 一通りの整理と作業を終えて、手近にあった書類でセレシュはぱたぱたと顔を扇ぐ。
「わはは、疲れたか。ほれ」
 ひょい、と泰蔵が何かを投げてよこす。
 ぱしと掴むと、缶ビール。かっちり冷えている。嫌いではないが。
「んー、ええもん見せてもろたけど、バイト代にしちゃちょっとしょぼくれとるなぁ」
 泰蔵は早々にタブを開けると、うまそうに一口飲んでいる。
「ふぅ。ごちそうさん」
「ん? おっちゃんそれ、どーいうこと」
 セレシュは聞き返す。首筋にあてた缶の冷たさが心地良い。
「おまえさんエンジンまわしたじゃろ。そんときに外に電気ひいて、冷蔵庫につないだんじゃよ」
「うわ、あっきれるわぁ。あない巨大なエンジン使って、飲みもん冷やしてたんか……あれ、うちっておっちゃんに年いうたおぼえないけどなぁ」
 思わず今度は缶を額にあてる。
「まあ、自分で冷やしたと考えるとわるくないじゃろ? 好みじゃなかったらビール以外もあるぞ」
 老兵はさらりと茶を濁す。
「うーん、とりあえずこれでええわ……」
 タブを開けて、こくりとノドを鳴らす。遠く外から流れてくる風が、汗を払うように少し速くなった気がした。