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Sweets Temptation
●魔法の本
ファルス・ティレイラは、馴染みのお客様のところに小包を届けに行った。
人里離れた山奥にある辺鄙な場所にお客様の家があるのだが、空間転移能力を活かせば、大変な思いをすることなく、すぐ辿り着ける。
一息ついてから、古びた木製のドアをノックする。
「ごめんくださーい、なんでも屋でーす。お荷物をお届けに来ましたー」
「今行くよ」
家のドアをゆっくりと開け、ティレイラを出迎えてくれたのは絵本に登場する魔法使いのような腰を曲げ、杖をついて歩く老婆だった。
「いつもありがとうよ、なんでも屋のお嬢ちゃん。これはお仕事のお代だよ」
そう言うと、皮袋に入っている代金をそっと手渡す。
「毎度ありがとうございます。では、私はこれで」
「ちょっと待っておくれ。もうひとつ渡したいものがあるんだよ」
一旦家の中に戻った老婆は、テーブルの上に置いてある皮表紙の本を渡す。
「これはね、本の中の世界に潜りこめる魔法の本だよ。どんな世界かは、お嬢ちゃんのその目で確かめておくれ」
魔法の本と聞き、どんな内容なのかすごく楽しみになってきた。
「ありがとう、おばあさん。家に帰ったらさっそく読んでみますね」
「そうすると良いよ。本の世界、楽しんでおいで」
帰っていくティレイラを見て、老婆はククッと笑う。
その理由を知るのは、もう少し後の話になる。
仕事を終え、帰宅したティレイラは夕飯の後、お風呂に入ってのんびりと。その間も、頭の中は魔法の本の内容のことでいっぱいだった。
「やることは終わったし、眠たくなるまでこの本を読もう。本の中の世界に潜りこめる魔法の本かあ……。どんな世界なのかすっごく楽しみ♪」
内容がすごく気になって仕方ないので、さっそくページをめくる。
どのような物語が始まるのかを確かめようとした時。
「ん……ちょっと頭がくらくらしてきたかも……」
めまいがしたかと思った途端、ティレイラはベッドに倒れ込んだ。
●お菓子の世界
「ん……」
気が付いたティレイラがいたのは、いつも寛いでいる自室ではなく、甘い匂いが漂う場所だった。
「この匂い……なんだろう……」
身体を起こし、翼を生やして本の世界を探検する。
辺りを見渡すとそこはお菓子で出来た世界だった。
ティレイラが倒れていた地面はチョコレート。
空はソーダ味と思われる青色の薄く伸ばした飴で、ふわふわと浮かぶ白い雲は綿飴。
近くにある森の木はビスケットで、葉はメロン味のクッキー。
様々な種類の花が咲いている花畑は、色とりどりの水飴だった。
「あの子、良い素材になりそう……」
フフ……と妖艶な笑みを浮かべ、楽しそうに探検するティレイラを見つめる人物がいたが、ティレイラはそれに気づかず。
「食べちゃいたいけど、なんだか勿体ないなあ。どうしよう?」
森の木に触れながら、食べようかどうか迷っているティレイラ。
「遠慮なく食べても良いのよ、可愛いお嬢さん。ようこそ、甘いお菓子の世界へ」
背後から声をかけたのは、ティレイラの様子を窺っていた人物だ。
「あなたは誰?」
「私は、この世界に君臨する魔族よ。あなたのような可愛い女の子が来るのをずっと待っていたわ。お客に扮してね」
甘いお菓子に対し、お菓子の世界の君臨者と名乗った魔族の女性は長い黒髪、黒いドレス、濃い小麦色の肌、赤ワインのような唇と全身ビターテイストな雰囲気である。
「お客さんに扮して待っていたって、どういうことですか?」
「まだ気づかないの? あなたに本をあげた老婆は、私の変装だったの。待ちくたびれちゃったわ」
綺麗なお菓子にしてあげる、と両手を空にかざし、お菓子化の魔力が篭ったお菓子魔族を召喚してティレイラを魔法菓子にしようと目論む。
「さあ、可愛い魔法菓子のオブジェになってちょうだい。いきなさい、召喚獣」
●竜族少女の飴
ティレイラに襲いかかってきたのは、全身真っ赤な巨大なライオンの姿の召喚獣だった。
「この召喚獣、イチゴの香りがする……。イチゴ味の飴でできているとか?」
そう思いつつ、突進してくる魔物を得意の火の魔法で薙ぎ払う。
火の熱で溶けて消滅するのではと休む暇なく魔法を放つが、召喚獣は次第に大きくなってきた。
(これはヤバイわ。本来の姿にならないと倒せそうもないかも……)
本気で倒すべく、紫色の肢体の竜族本来の姿になり、全力全開で火の魔法を放つ。
「ええーい、これでもくらえー!」
渾身の魔法は、赤い召喚獣をあっという間に蹴散らした。
「その姿も良いわ……。あなたを絶対にオブジェにしたくなってきたわ。この子はどうかしら?」
ますます興味を示した魔族は、隠し玉の水飴状の巨大魔物を召喚した。
「な、なにこいつ!? さっき倒したのより大きいじゃない!」
こんなの倒せないわよ! と先程倒した召喚獣と比べ物にならない大きさの魔物に泣き言を言いつつも渾身の炎ブレスを放つ。
炎のブレスをものともせず、水飴状の魔物はそれをかき消しながら口を開け、ティレイラの身体を中に入れた。
(この魔物の口の中……甘い香りがする……)
ティレイラは、魔物の口の中で状況が判らずにいる。
(え……?)
甘い香りに朦朧としかけたと思えば、次第に身体が透けていた。
「私、どうなっちゃうの!?」
このまま溶けちゃうのは嫌ー! とあたふたしている最中、ティレイラはその姿が見て取れる綺麗な乳白色の飴の塊と化した。
「そろそろ良い頃合いね。吐き出しなさい」
魔族が命令すると、魔物は全身飴と化したティレイラを壊さないよう、長い舌を巻きつけてからそっと口の中から出した。
涎でベタついているかと思ったが、元々、飴でできている魔物なのでその心配はない。
「予想以上の出来だわ……。とっても綺麗よ、竜族のお嬢さん。思う存分、可愛がってあげるわ」
うっとりとした表情で、慌て顔の甘いミルクの香りがするティレイラのオブジェをなぞる。
「このままでも良いけど、何か物足りないような気がするわね。素敵な衣装に着替えさせましょう」
その後、ティレイラは上機嫌の魔族の気が済むまで自由に弄ばれるのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3733 / ファルス・ティレイラ / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
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■ ライター通信 ■
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ファルス・ティレイラ様
いつもお世話になっております。
たいへんお待たせさせてしまいましたが、甘い物語をお届けします。
タイトルは「お菓子の誘惑」を直訳したものです。
お菓子の世界は飴だけでなく、描写していませんが様々なものがあります。
今回は、ティレイラ様には綺麗な飴細工になっていただきました。
純真なお嬢さんですので、ミルクキャンディにしてみました。
甘い香りが漂う雰囲気に仕上がっていると思っていただければこれ幸いです。
次はどのような姿になるのか楽しみにしつつ、これにて失礼します。
ご発注、まことにありがとうございました。
氷邑 凍矢 拝
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