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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


錆びた銀河

 各々がそれぞれに遊びを楽しんでいる遊戯室。その遊戯室に郁はいた。
 郁が展開しているゲーム。それは神聖都学園野球部を模した3D乙女ゲームだった。
 ゲーム中、甲子園決勝戦9回裏。満塁のピンチ。これを凌げれなければこのまま泣きを見て終わってしまう切羽詰った状況だ。
 郁の動かしている女子マネージャー。その前でナインが投手を熱血的に励ましている。
 そんな映像を見つめていた郁は浅いため息を吐いた。
 恋人同士の絆を体感したい。そう思ってこのゲームを展開していたのだ。
 乙女ゲーム内の男達が交わす熱い友情を通して、何かを得ようと思っていたのだが男の団結が理解できないでいる。
「何なのかしら。この団結力って……」
 暑苦しいまでのその団結が何度プレイしてみても、郁は理解できないままだった。


           ******


 ジュラ紀。昔蜻蛉の王国の基地がある。その場所でダウナー達がステインの奇襲からトンボ族を防衛している。
 激しい爆音を巻き上げ、散り散りになりながら攻撃されるダウナーやトンボ族の人々。
 その危機的状況をいち早くキャッチしたあやこは声を上げる。
「昔蜻蛉の王国がステインに奇襲された! 私達はこれより部隊を率いて彼らに応戦する。皆、我々に続け!」
 あやこと郁はそれぞれに武装部隊を率い、昔蜻蛉王国の基地に乗り出した。
 凄まじい攻撃が繰り広げられる戦場。あちらこちらで火の手があがり、悲鳴があがる。
 郁は敵兵の一匹を食い止めることに必死だった。
 戦闘能力は今の郁とほぼ互角。一瞬でも隙を見せればそこでやられてしまう可能性は大いにあった。
「……っのヤローっ!!」
 郁は地面をぐっと踏みしめて、渾身の力で敵を押し返す。そして手にしていた剣を鮮やかに翻して敵兵を倒すことに成功した。
 ぐしゃりと地面に伏せった敵兵を見て、郁は歓喜の声を上げる。
「やった!」
 ぞわり、とした肌が粟立つような感覚が体を走る。それは決して嫌なものではなく、喜びに打ち震えるもの。
 罪悪感と言う物が薄らいでしまったかのようなその感覚に、郁は一瞬ハッとなった。
「何……。この感じ……」
 握っている剣を見つめ、郁は思わず呆然としてしまう。
 郁が倒した仕留めた敵はどうやら相手方の大将だったようで、周りにいた敵兵たちの目つきが一変する。
「よくも隊長を……っ!」
 敵は悔しげにそう呟くも、これ以上戦ったところで今の自分達には勝ち目がないと判断したのだろう。その言葉を捨て台詞に、一斉に退却して行った。
 勝鬨を上げる人々を前に、肩で大きな息を吐く郁を見たあやこはふと目を細めた。
 一瞬は相手を討ち取った喜びを感じたものの、その顔はどこか青ざめている。
「綾鷹」
 あやこが声をかけると、郁は弾かれたようにこちらを振り返った。
「戻るわよ」
「……は、はい」
 旗艦に戻る間も、郁は顔を上げることなく、うつむき加減で戻ってきた。


 郁の様子も、そして敵の様子もおかしい事に感づいたあやこは、動揺している郁を隔離したのち提督と敵の分析に当たっていた。
「今回、群体である筈の敵に階級が見られました」
「ほう……」
「もしかして、これは以前釈放した捕虜の影響があるのかも……」
 そう呟いたあやこに、提督は真っ直ぐに彼女を見詰め、何を今更……とでも言うように失笑する。
「君のとったその行動で、残滅の機会を潰したのだよ」
「……それは」
「なぜウイルス作戦を止めたのだ?」
 間髪を入れないその問いに、あやこはぐっと拳を握り締めた。
「人道にもとるからです」
 そう反論したあやこに提督はフンと鼻を鳴らした。そして嘲笑し、あやこを睨めつける。
「ステインの攻撃で大勢死ぬのが人道か? こうなることがたとえ子供であろうとも簡単に予測できたのに奴を逃した。君の判断は大いに間違っていると思うがね」
「……」
 提督に痛い所を衝かれ、あやこは口を閉ざしてしまう。


 部屋に隔離された郁は、一人椅子に座り込んだまま考えていた。
 自分は罪悪感が鈍磨した戦鬼になるのか……と。
 そう考えると心の中にある良心がチクリと痛む。
 あの時勝てた喜びは自我を失いそうになるほどだった。それがどうにも恐ろしくて体が震えた。
 その時だった。旗艦にサイレンが鳴り響く。
 郁は弾かれるように部屋を飛び出し、駆けつけるとあやこが郁を振り返った。
「敵襲よ。すぐに敵艦の追撃を開始する」
 あやこの指示に従い、多くの艦隊が敵に追撃を開始した。
 目の前で派手に繰り広げられる戦闘。次々と潰えていくのは敵の艦隊だった。
 あまりにも簡単に敵艦が撃ちのめされることにあやこが疑問を抱くのには、かなりの時間を要したのは言うまでもない。
 見るからに相手が劣勢だとそう感じさせたその瞬間になってあやこは眉根を寄せる。
「どういう事……。何かが変だわ……」
 そう呟いた瞬間だった。突如ドーンと激しい振動が旗艦全体に響き渡り、あやこも郁もよろめく。
「敵艦隊侵入! 他の部隊はただちに撤退して行きます!」
「なんですって!?」
 敵は捨て駒を艦内に侵入させ、とっとと尾を巻いて去って行ったことにあやこは愕然としてしまった。
「一体何の目的があるの……?」
 相手の予測できない動きに、あやこは拳をきつく握りしめた。


 敵が置いていった捨て駒。それはエヴァと呼ばれるステインだった。
 エヴァは捕虜として捕らえられ郁とあやこと共に尋問室へと連れて行かれ、尋問を受けていた。
「これ以上の犠牲を出して、あなた達に何の目的があるのか答えなさい」
 エヴァを尋問しているのは郁だった。
 真剣な表情で見つめる郁に、エヴァは涼やかな表情で彼女を見た。
「目的? そんなもの、殺戮の喜びを共感できてこそ人は真の人になるのだわ」
 薄ら笑いを浮かべながらそう答えた彼女に郁は一瞬ギクリとなった。が、すぐに気を取り直し噛み付く。
「そんなことない! あなた達は間違っているわ!」
 エヴァの言葉を前面否定すると、彼女はクスリとほくそえんだ。
「旦那のDVにすら抗えぬ、今のユーに結婚は無理だわ」
 そして得意げに微笑みながら郁をそそのかすように話し始めた。
「あのお方なら叡智を下さる。大人になれるなら仲間……。そうだわ。例えばそこにいるあやこをユーは殺せるかしら?」
 郁の後ろに立っていたあやこを指差しながら郁を煽ると、郁は一瞬躊躇いつつも頷いた。
 そんな彼女達のやりとりを見ていたあやこは、ずいっと二人の間に割り入る。
「あの方とは誰? 答えろ! 私はアヤキルアンだぞ!」
 凄むあやこだったが、エヴァは冷ややかに彼女を見るだけで何も答えない。その傍らで、郁がきつくこぶしを握り締めた事にあやこは気づかなかった。


「綾鷹が事象艇を強奪して逃げ出しました!」
 尋問室を出てほどなく、あやこの元にその情報が舞い込んできた。ギョッとしたあやこはすぐに周りに指示を出す。
 一体どうしたと言うのだろう? 突然彼女が逃げ出すことなどなかった。
 そう考えたが、先ほどのやりとりから郁がエヴァに完全にそそのかされたのだろうと察する。
「主要将校を集め、追撃を開始!」
 その掛け声に集められた人間達の中にはあやこの愛娘の姿もある。
 あやこはその愛娘に目配せをすると、愛娘も小さく頷き返した。
「艦隊の指揮は頼んだわ! ファイティング・キャリアー!」
 あやこは愛娘に全ての指揮を移譲した。
 たくさんの部隊が事象艇を追撃し、やがて追い詰める。
 事象艇を包囲したあやこの部隊。その部隊をエヴァが迎え撃つ。
「私達共感者の姉妹は手を組んだわ。もはや抵抗は無駄よ」
「なんですって……?」
 エヴァの言葉に、あやこは眉根を寄せる。すると、そこに郁と妹が水晶樹と共に現れたのを見て、あやこは目を見開いた。
「綾鷹……あなた……」
 驚愕するあやこを前に、郁は静かに彼女を見つめ返していた。