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オオカミさんと花屋のオシゴト
――――――某組織の重要データの奪取。
本日、お花屋さん兼、情報屋さんを営む緋沙華邑士の元にこっそりと舞い込み、殆ど自然の成り行きで邑士の家に転がり込んで来て同棲中な青いおめめの人食い狼さん――黒眞神七尾の手に任される事になった、あまり大きな声では言えないちょこっと後ろ暗い『裏のオシゴト』は、たったコレだけ、の事になる。
…筈、だったのだが。
のっけから少々、予定が狂った。
「…なぁなぁゆーしー。随分ハナシが違くねぇ?」
どっからどう見てもさぁ。
「ん〜、そやなぁ。まぁ、明らかに事前情報…間違うとるよなぁ」
もしくはどっかの段階で情報漏れてて向こうさんが急遽ヒト増やしたとか。…ま、それもそれで、事前情報くれて寄越したドコかの誰かさんのある種の不手際てコトになるけどなぁ。
ぽつぽつと響くのは何処かのほほんとした二人の声。
『裏のオシゴト』のお鉢が回って来た当人こと黒眞神七尾に、七尾にそのオシゴトを仲介した単なる仲介屋な筈の緋沙華邑士。…前者の七尾はともかく、何故か後者の邑士も現場にまで一緒に出張って、二人連れ。…現場に行くの行かないの、面倒だの何だのと道々ぼやきつつも、気が付けば何故かこの状況に至っている。
で。
現地周辺にてマトモに働いている港湾労働者と言うか表稼業の方々の人目を避ける為に、休日の昼間を選択した結果が今。そして思惑通り、無関係だろうマトモな方々は周辺には殆ど見当たらない都合のいい状況下で――ついでに某組織も某組織でこんなお天道様が明るい時間帯に襲撃仕掛けてくるとも思わんだろ、とのちょっとした希望的観測もした上で。
オシゴトの現場になる目的地、こと港町の外れの廃倉庫に着いたはいいのだが。
…中に入れない。
いや、むしろ『廃倉庫の中の様子に気が付いた』七尾の方にしてみれば、入れないどころか逆に嬉々として中に突っ込んで行きそうなところでもあった。が、待て待てちょお待て、と邑士が咄嗟に引き止め、えー? とばかりにむくれながらも一応行動としては素直に従った七尾と共に、二人で改めて外から中の様子をそれとなく窺っている状態。
廃倉庫の中の様子。
勿論、廃倉庫と言う通り、元々、使われなくなって打ち棄てられた倉庫のなれの果てではあるのだが――今現在のその中は空っぽのがらんどうでもない。そもそもがらんどうだったら七尾に邑士の二人もこんな場所に用は無い――と言うか、そんな場所で『裏のオシゴト』もまず発生しない。…当然、何らかの形で使用されているからこそ、用がある。
勿論、本来の用途、でではない事になるが。
実はこの廃倉庫、今回のオシゴトで七尾が奪取すべき重要データの持ち主――である某組織の手により秘密裏に改造が施され、内部は完全にその組織のテリトリーになっている。内、一角が事務所として使われており、当の重要データはそこにある、と情報が回されてもいる。
で、邑士曰く、中に居るのはほんの数名ダけデすかラ、後腐れナクちゃっちゃとヤっちゃってクダさい――とか何とか軽ーく頼まれたとの事なのだが。
どうもその辺が、話と違う。
「………………こっから見とるだけでももう五人はおるんよなぁ」
中に居る人数――警備の頭数。
邑士のぼやきの通り、ほんの数名――と言う事前情報が確かなら、ここから見える姿だけでもう居るのは全員だとでも言うのだろうか。…いや、そんな気配でも無い。…そもそもこの廃倉庫、いくら「廃」が頭に付くとは言え、外から中を丸々見通せるようなザルな施設でも無い。…いや、むしろ中にコンテナらしいたくさんの木箱やら、何故か大型バスらしい外装やらと訳のわからん障害物が窓から覗いて見えもする。…置かれているのは恐らくわざと。敢えて見通しを悪くする事で外からの人目を遮ったり、敵の襲撃時に敵の動きを直接妨害する等の、ある種のセキュリティ込みの小道具大道具――な可能性さえある。
そんな状況下、外にフラフラ顔を出しているのは――今の時点で存在を確認出来ている五人は大方、佇まいからして下っ端感溢れる持ち回りのただの歩哨。この感じでは――むしろ当の事務所になる中の方が普通に厳重で当然だろう。となれば、この場に居るのは軽く十人以上の大所帯…と見て妥当である。
「あー…元々、警備はロクに居ないて聞いてたんやけどなぁ」
…俺の耳、遠なったんやろか。いややわぁ。歳は取りたくないわぁ。ほっぽって帰りたいわ。
「なんだ、付き添いナシ?」
「や、そーしたいのは山々なんやけどなぁ…」
ここまで来てもうた以上、そーも行かへんやろて。
「えー。別に俺は全然構いやしねぇけど? ヤダってんじゃおまえここで大人しく待ってりゃいいじゃん」
こんなオシゴト俺一人で充分だし。つーかむしろ俺一人でやらせろよ。こンだけ居りゃあスゲー喰い甲斐ありそうってモンだろ♪ なぁ?
「はいはい。七尾はいつも元気やねぇ。…あーもう、なんや、面倒な事になる気しかせぇへんわぁ…」
「小難しいコト気にすんなっつーの。ぜーんぶ俺様に任せときゃいいんだって♪」
にやり。
唇を歪めて嗤ったかと思うと、七尾はあっさりその場から身を翻す。邑士を後に残し、軽い足取りで向かった先は――当の廃倉庫の入り口。殆ど時差無く、ちょうどその前を歩哨していた不運な警備の二人に嬉々として躍りかかっている――連れ立っている二人の警備と七尾の姿が交錯したほんの一瞬、閃いた白い光。…ほぼ不意打ちの動きに、警備は構える隙も無い。一拍置いて、七尾の動きに付いて行くように中空に飛沫く朱色。二人の警備はそのままよろけるように数歩歩いたかと思うと、それぞれ力無くあっさりその場に倒れた。絶命。
七尾の方はと言うと、殆ど音も無く二人の警備を『喰い殺した』時点で、いつの間に取り出していたのか白く煌く『己の牙』を――ナイフを手の中で弄い、いつものように器用に羽ばたかせて見せている。
それから、悪戯っぽく邑士を振り返り、不敵に嗤うと、廃倉庫の中へ。
するりと消えたその姿を見、おいおい、とばかりに邑士はがっくり項垂れる。…段取りも何もあったもんやないなぁとぼやいてもみるが、勿論、答えも返らないし七尾も戻って来ない。それどころか――廃倉庫の中から派手に響いてくるのは明らかに状況開始――と思しき物騒な異音とテンション高めな七尾の哄笑。なんかもう、色々待ったナシ。
「…ま、しゃあないか」
軽く諦めてひとりごち、邑士は渋々、七尾に続く。
■
…七尾に続いて廃倉庫の中に入って早々、そこかしこに血飛沫が花と咲いていた。
何が起きたかは簡単に想像が付く。手口からして、全て『牙を剥いた』七尾の仕業。おーやっとるやっとると呑気に呟きつつ、額に手を添え、遠くを眺めるようにして邑士は行く先を見る。…訳のわからん雑多な障害物のせいで基本的に見通しは悪い。が、派手に音の響く方に七尾は進んでいると見当は付くのでそちらを確かめようとは考える。取り敢えず、そこかしこにべったり付着している黒――もとい橙色のグラサン越しに見る赤色やら、首やら腕やら足やら切り裂かれて倒れているここの警備らしい黒服からして、七尾は元気そうではある。…無傷かどうかは――。
「ッは! 遅っせぇよばァーか!! ンなもん当たんねぇってのッ!!!」
――聞こえてくるオオカミさんの声の調子からしてまず問題は感じない。まぁ元々、七尾は回復力も頑丈さも尋常ではないのだが。かすり傷程度なら端から気にしていない可能性すらある。
「ぎゃはははは! ンなもん使う気? マージでぇ〜? ムリムリ。全ッ然意味ねーってのッ!!」
七尾の心底愉しそうな絶叫と共に、今度は銃撃音まで聞こえた。邑士としては、わー、と思わず空々しい声を漏らしてしまう。…それはこの手の組織さんの人員の武装ともなれば銃が出てくる可能性も無いとは言わないが。あんまり想定したくない事態でもある。…面倒臭い。音もデカいし、火花も派手。硝煙もケムい。そして実際に七尾がバンバン撃たれてるその姿を見てしまえば、軽く眩暈もする…気がする。
「あーもうホンマに派手にやっとるなぁ…大丈夫かー?」
「んー? つーかおまえ来るの遅ぇっての。ホントに俺が全部喰っちまうぞー? いいのかー?」
「そりゃ勿論。七尾が全部喰ってくれる言うんならそれに越したコタァないわぁ〜」
銃撃を食らっても気にも留めない七尾の姿に、半ば恐慌状態になっている当の銃撃した方のヤツ。後から現れた邑士と呑気に会話しつつも、七尾はソイツにすかさず肉迫、程無く首筋にナイフを突き立てあっさり始末。した時点で――何かのついでに今思い出した、とばかりに、邑士ー、と軽く名を呼ぶ。
と。
呼ばれた邑士のその背後、鉄骨らしいものを振り被り、今にも邑士に振り下ろそうとしているチンピラめいた姿が一つ。邑士は気付いている様子も無く、凶器はそのまま容赦無く振り下ろされる――。
――かと思いきや。
振り下ろされる途中だった鉄骨が途中で勢いを無くし、がらんと音を立てて地面に落ちる。チンピラめいた姿は鉄骨を振り下ろし掛けたその姿のまま動いていない――どころか、唐突にそのまま一気に上方へ引っ張り上げられた。まるで首吊りでもするような様を見せて、ぶらりと力無くその場に揺れる。
邑士はそんな己の背後を振り返りもせず、軽く嘆息。それから――いかにもワザとらしい泣き真似。
「も〜兄さん、弱い者虐めはアカンて。ビビって動けなくなってまうやないかぁ〜」
そう言い切ると同時に、邑士は指先で手許の中空をピンと弾くような仕草をする――否、弾いたのは中空では無く手許から天井付近に伸びているほぼ不可視に近い暗器のワイヤー。弾くと同時に、どさりと背後のチンピラが地に落ちる。
落ちたところで、邑士の手許に弧を描く光が戻る。その光が暗器のワイヤー――上方にまで張り出している訳のわからん障害物の一部を支点に、今のチンピラを一気に引っ張り上げ締め上げた当の得物。…邑士も邑士で、七尾に呼ばれるまでも無く当然のように背後のチンピラめいた輩の存在には気付いていた、らしい。
邑士は何でもないようにそこまで始末を付けてから、七尾の姿をちらと見る。
「…なんや、結局取りこぼしあるんやないん…って。次来とるで?」
「ん? おう♪」
軽く応じる言葉と共に、また鮮やかに閃く七尾のナイフ。
その間、邑士もまた周囲の様子をのほほんと――その実、隙無く窺っている。…次の手合い。何処から来るか。何人来るか。自分と七尾、どちらの位置が近いか。障害物との位置関係をも考えた上で、どちらが遣り易いか。即座の判断。メインは七尾。…出来る限り彼に任せて、どうしても、となったら自分が暗器で。
より自分にとって楽に済む方に、面倒にならない方向に――と、その方針を大前提に、邑士は思考を巡らせる。
「ほーら、右、右やて。はい次左」
「言われなくても!」
打てば響くように牙を剥く七尾の動き。廃倉庫内部の残り、踏破してない場所はもう限られる――イコール、まだ行き当たらない、目的の重要データがある筈の事務所位置の見当もそろそろ付く。
次の扉。七尾が開けようとした時点で――まだ開いていない当の扉の向こうから派手に銃撃が来た。扉を貫通した弾が直接七尾に被弾する――ちなみに邑士の方はいつの間にやら銃弾が届かない位置に消えている。七尾は被弾した銃撃の勢いに負け、うおっと、とばかりによろめくが――何とか持ち直し、改めて扉を見た。
次弾は来ない――今のでもうこちらを始末したとでも思ったか。にやりと笑い、七尾は己が『牙』を手の中で弄い、敢えて黙してその場に留まる。中の様子――先に動くのを待つ。やがて、様子見でもするようにゆるゆると中の者の手で開かれる扉。次の動き。警戒しつつ扉のこちら側を――銃撃した結果を確認しようとした相手のその頭を、今度こそ七尾は一気に狩りに行く。まず目、それから首を狙い、切っ先を――牙を穿つ。
ほんの一瞬、扉を開けた当の敵がこちらに僅か顔を覗かせたその瞬間。それで敵の位置は測れる。…七尾の場合、ある程度なら新たな銃撃を受けても問題は無い。ある種、捨て身で行っても問題が無いからこそ取れる戦法。注意深く行動していたつもりだろうその敵を、七尾は嘲笑うようにあっさり喰い殺す。…実際、酷く愉しそうな嗤い声も唇から漏れた。
直後、何処に居たのかまたも暗器のワイヤーを手許に引き戻しつつ邑士が七尾の前にまで戻って来る。…どうやらただ要領良く銃撃から逃げた――と言うだけでも無かったらしい。軽く息を吐きつつ、あ〜、かったるいわぁとばかりにぼやいている。
が、七尾が喰い殺した最後の一人が居た部屋を見て、お、とばかりに邑士の声のトーンがやや上がる。
「…どうやらこれでアガリみたいやな。御苦労さん」
曰く、この部屋が目的の事務所になるらしい。まだきちんと確認出来てはいないが、ノートパソコンや周辺機器、記憶媒体の類は、無造作に設置された事務机の周辺に乱雑に積んである。…まず、目的の重要データはこの中の何処かにあるだろう。
となればコレで今回のオシゴトはほぼオシマイ。
そうなると、邑士としてはガンガン銃撃されてまで頑張ったオオカミさんには御褒美の一つでも、と言う気にもなるのだが。
…その邑士が何を言い出すより先に、雰囲気を読んだ七尾の方が先回り。
「へへ、やっりー♪」
隙アリとばかりに邑士にとびつき、七尾はじゃれつくように軽くキス。
…した、そこで。
ぴろぴろと電子音が鳴り出した。何処から――邑士の懐。音色からしてすぐに気付き、はいはいー、とばかりにすぐ通話に出る。
と。
――――――(狐、仕事ヲ持ってキましタよ)
軽い声。淡々とした――それでいて何処か面白がっているような――こちらをからかっているような響きもある歪な声が邑士の耳に流れ込んで来る。今に始まった訳でも無い、聞き慣れた声。いつもの通りの。
(喜んデ下サい。しがない仲介屋ガ、組織ノ御曹司になれル楽しイお仕事デす。飛行機のチケットと、予約したホテルの情報は後デ送りまスね)
と。
用件のみ滔々と話されたかと思うと、こちらが何を返す間も無く――ぴ、とばかりに通話はすぐさま切られて置いてきぼり。
…ま、これもまた、いつもの事やけども。
思いつつ、邑士はじゃれつくようにキスをして来たその流れで――今度は甘える大型犬のように自分の肩にべったりと取り付いて来ている七尾を視線だけでちらと見た。見られた七尾の方も七尾の方で、なになに? とばかりに邑士の顔を覗き込んで来ている。…離れる気は全く無し。七尾が気になっているのは今の通話――と言うか邑士の方は実質喋ってもいないので通話相手の喋りの内容についてか。もしくは自分のキスに対する邑士当人の反応かその両方か。とにかく、邑士を見て興味深げにきらきらと悪戯っぽく輝く青色の目。
…どちらにしろ、邑士の次の挙動が気になってしょうがない。
いかにもそんな様子な七尾のその顔を見てから、邑士は軽く肩を竦める――と言うか、竦めようとしたが、当の肩には今現在七尾が乗っていて重い――結果、そないなところでムダな労力使う気にもならんし、と実際は別にそこまでしていない。…ただ、そんな気分。
そんな訳で、肩を竦めるのは諦めた邑士は――オシゴト完遂ではしゃぎ気味の七尾を見、溜息混じりにひとまずぽつり。
「仕事や」
次の。
今の電話。そこについてだけの端的な発言。
聞いた七尾は、すぅ、と唇に薄く愉悦の笑みを刷く。
そして――舌なめずりするように、ぺろり。
「っしゃ、そう来なくっちゃ――」
――次もその次もこれからずっと。もっとたくさん、喰わせてくれんだろ♪ な? ゆーし?
【了】
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