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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


滅びの天使たち


 巫浄霧絵が一体、何を考えているのか。それは明らかではない。
 明らかな事は、ただ1つ。
 藤田あやこが、ここでいかなる選択をしようとも、この大破壊は必ず起こる。
 遠未来の地球「時の崖」は、雷を司る蟲の攻撃を受ける。大勢の地球民が死ぬ。
 その未来は、どうやら変える事が出来ない。雷の蟲による報復行為を、止める事は出来ないのだ。
「それなら……せいぜい、私に出来る事をさせてもらうわよ」
 あやこは決断を、そして命令を下した。
「進路を白亜紀の地球へ! 本艦は、これよりテチス海へ向かう」


 お前に任せる、と藤田あやこに言われてしまった。
 何を任されてしまったのかと言えば、この少女である。頭髪を刈られ、無惨な禿頭を晒して泣きじゃくる、1人のビキニ姿の少女。
「ひっく……うえぇ……な、何で……あたしが、こんな目にぃ……」
「うん。それはね、あたしたちが貴女を必要としてるから……なぁんて言って、納得してくれるわけないよねぇ」
 綾鷹郁は溜め息をつき、頭を掻いた。
 艦内の、更衣室である。そこで郁は今、とある時代から拉致されて来た少女と2人きりであった。
 拉致された挙げ句に頭を刈られ、培養液に漬けられ電極に繋がれ、その他様々な事をされた結果、人間ではなくなってしまった少女。
 この少女の力は、やがて必要となる。時空の往来などをしていると、そんな事もわかってしまう。
 だから過去の時代において、彼女の身柄をしっかりと確保しておかなければならない。このような、拉致・監禁・洗脳も同然の手段を用いてもだ。
(その汚れ役をまさか、あたしたちが引き受ける事になるとはね……)
 思いつつ郁は、とりあえず確認してみた。
「あたしは綾鷹郁……貴女は?」
「……三島……玲奈……」
 しゃくり上げながら、禿頭の少女が答える。
 郁は思う。自分たちは、この少女に憎まれて当然の事をしている。それでも彼女は、質問には答えてくれる。会話に応じてくれる。
(脈あり、って事でいいよね……)
 三島玲奈。幸い、人違いではなかった。
 彼女を、自分たちは、味方戦力として確保しておかなければならないのだ。
 郁は自分のロッカーから、衣類一式を取り出し、玲奈の眼前に叩き置いた。
「泣いてる女の子が元気になる方法って、3つしかないのよね」
 呆然としている玲奈の涙目を見据え、郁は言った。
「1つは、彼氏を作る事。これはまあ夏休みの手抜き工作じゃあるまいし、速攻で出来るもんでもないから却下だね……もう1つは、スイーツとかとにかく食べまくる事。これもまあ、今は一応軍事行動中だから却下。となれば最後の1つ、着道楽になる事。いろんな服着てキャッキャウフフしてるうちに、辛い事も悲しい事も綺麗さっぱり忘れちゃうもんだって。女の子の頭って、そういうふうに出来てるの」
「いろんな服……って」
 眼前に置かれた衣類一式を、おずおずと広げ、見つめながら、玲奈はしゃくり上げた。
「セーラー服に、スクール水着……ブルマに、アンスコとか……何か、すっごい趣味に偏ってるような気がするんだけど。それに軍事行動中って……こういうのは、いいの?」
「いいのいいの。これ、ちゃんとした制服なんだから」
「それ何」
 郁が手にしているものを見て、玲奈は後退りをした。
「それ……褌? にしか見えないんだけど……」
「海亀様の、お守りだから。きっちり締めてないとね」
「やめてー」
 弱々しい悲鳴を漏らす玲奈に、郁は襲いかかった。


 せっかく泣き止みかけていた玲奈が、また泣いている。
「ふぇえ……えっく……な、何でこんな恥ずかしい格好しなきゃ……」
「泣いても叫んでも、褌ってのは無理矢理に穿かされるもんなの。あたしもそうだったんだから、貴女もやるっ」
 可愛い尻に褌を食い込ませた玲奈の細身に、郁は手際よく、ビキニの上下を巻き付けていった。
 郁も、今は同じ格好である。いくらか際どいビキニの上下を貼り付けた、スリムな半裸身。
 その背中から、ふわりと翼が広がっている。天使のような、白い羽毛の翼。
 玲奈が、泣きながら呆然とした。
「綾鷹さん……貴女も……?」
「郁でいいよ。あたしも、まあ色々あってね。人間やめる事になっちゃった」
 言いつつ郁は、背中の翼をワンタッチ傘の如く折り畳んだ。これをやるには若干、練習を必要とした。
 郁は続いてビーチバレー用のローレグビキニを、それに陸上女子用のハイレグブルマ上下を重ね着して、折り畳んだ翼を縛り隠した。
「まあ何があっても最終的にはね、色々あった、で片付けちゃうしかないと思うんだ」
 そんな事を言いながら郁は、玲奈にも同じものを着せた。
 禿頭の少女が呆然としている間に、ローレグビキニ及びハイレグブルマ、それにスクール水着とレオタードを、まるで着せ替え人形に衣装を着せるかの如く、被せてゆく。
「色々あった結果、あたしも貴女も、普通の女子高生やってられる身体じゃなくなっちゃったワケだけど」
 これだけ重ね着をしても、しなやかなボディラインを一向に失わない少女の身体に、郁はさらに純白の体操着を着せて濃紺のブルマを穿かせた。
 その上から、テニスウェアなど着せてみる。
「ま、普通じゃなくたっていいじゃない。あたしも貴女も人間じゃない、なんちゃって女子高生として……面白おかしく、生きてみようよ。ね?」
 言葉と共に郁は、最後の衣装を玲奈に向かって差し出した。
 丁寧に折り畳んだ、セーラー服である。
 とりあえず、といった感じに受け取った後、しばらく迷ってから、玲奈はそれをテニスウェアの上から、おずおずと身に着けた。


 プリーツスカートから、アンダースコートのフリルがひらひらと覗いている。それを三島玲奈は、恥じらっているようであった。
 無惨な禿頭には特注の鬘が被さって、作り物とは思えない黒髪をサラリと伸ばしている。
 藤田あやこは、賞賛の言葉を口にした。
「完璧な女子高生じゃないか。私が男であったら、大いに萌えているところだ」
「で、でも……あたし……」
「誇れ。その鬘と制服を、力ある人外の少女の証としてな……お前は思念で、事象艇を自在に操るのだ」
「わけのわからん事を言って話の腰を折るのは、やめてもらおう」
 提督が、いらいらと声を発した。
 時の崖。領主居城を兼ねた、巨大基地。
 その建造管理責任者である提督が、藤田あやこを呼び出して一方的な話をしているところである。
「それより妖精王国政府は無論、私とこの基地を守ってくれるのであろうな? とてつもない危機が迫っていると言う事実、知らぬとは言わせんぞ」
 生命体と思われる巨大な飛行物体が、時の崖に接近中であるという。
「軍資金も軍需物資も、これまでの3倍は送ってくれなければ困るぞ。さもなくば妖精王国は、謎の生命体の襲撃によって、時の崖という領土を失う事になってしまうのだからな」
 要するにこの提督は、まだ敵かどうかもわからぬ生命体の接近を、襲撃であると騒ぎ立て、妖精王国政府から大量の援助を騙し盗って私腹を肥やそうとしているのだ。
「政府が何もしてくれぬとなれば、狐国に助けを求めるしかなくなってしまうのだが?」
 時の崖もろとも、狐国に寝返っても良いのだぞ。
 この提督は、そう言っている。
 あやことしては、言い返すべき事は1つしかない。
「……そうなったら、私が妖精王国軍の先頭に立って、時の崖を狐国から奪い返す。ただそれだけの事」
 言葉と共に、あやこは提督に背を向けた。
「その時、貴官とは戦場で相まみえる事となろうな」
「ま、待たれよ藤田女史……」
 慌て始めた提督の身体にビシビシッ! と何かが絡み付いた。
 壁の一部が、砕け散っていた。
 そこから何匹もの蛇のようなものが室内に泳ぎ入り、提督を捕えている。
 触手であった。
 悲鳴を垂れ流しながら提督が、何本もの触手によって、壁の大穴へと引きずり込まれてゆく。
 玲奈が、おろおろと慌てた。
「あ、あの藤田さん……助けて、あげなくて、いいんでしょうか?」
「放っておけ。私たちが助けなければならない相手は、別にいる」


 基地の地下道に、綾鷹郁はあっさりと潜入していた。
「まったく、警備が全然なってない所だからいいけど……相変わらず、人使い荒いんだから」
 この基地がどういうものであるのか、まずは自分の目で探って確認してこい。藤田あやこは、そう言っていた。何か知っている様子ではあった。
 この基地がどういうものであるのかは、まだ明らかではない。ただ、不気味な地下道であるとは言える。
 壁にも、床にも天井にも、大小不規則なパイプが縦横無尽に走っているのだ。
 気のせいか、それらパイプが脈打っているように見える。まるで血管か神経のように。
 建造物の地下を歩み進んでいるのではなく、何やら巨大な生物の体内へと呑み込まれつつある。郁は、そんな事を感じていた。
 何か、聞こえた。悲鳴のようだった。
 この先で、誰かが酷い目に遭っている。
 助けてやる事になるかどうかはわからぬまま、郁はとりあえず足を速めた。
「わ、悪かった、私が悪かった! 助けて、許してくれええええ」
 巨大な、臓物のような空間である。
 そこで提督が、何本もの触手に拘束されていた。
 どうやら、電撃を流し込まれているようである。悲鳴に合わせて、提督の身体が滑稽な感電のダンスを踊る。
 面白いからしばらく見物していようか、と郁は思った。


 接近中の巨大な生命体が、「時の崖」上空に姿を現した。そして基地周辺の市街地に迫りつつある。
 まるで戦艦のような、大型の蟲である。
「さあ、どうするの……このままでは大勢、人が死ぬわよ」
 巫浄霧絵が、いつの間にか近くにいた。
「艦隊を引き連れているのでしょう? 一刻も早くあの蟲を殺処分しないと……私が見せてあげた未来が、現実のものになってしまうわよ」
 蟲による、市街地の壊滅。
 あれを現実のものにしないためには、蟲を排除するしかない。
「同じ人間を守るためなら、他のあらゆる生命を排除する事が許される。まるで汚物を消毒するようにね……それが、貴女たち人間でしょう?」
「巫浄霧絵……私は、艦隊など引き連れてはいないよ」
 言いつつ、あやこは片手を掲げ、指を鳴らした。
「私が連れて来た艦は、これだけだ」
 蟲とほぼ同規模の巨大戦艦が、雲を割るようにして出現した。
「テチス海の海皇類を、生きた戦艦へと遺伝子改造したものだ……お前の相棒だよ、三島玲奈」
「え……」
「貴女が選択するのよ。蟲を守るか、人間を守るのか」
 戸惑う玲奈の目を見据え、あやこは言った。
「言ったでしょう? 貴女はあの艦を、思念で操れるのよ。望むなら、まず真っ先に私を艦砲で消し飛ばす事も出来る……それだけの事を、私は貴女にしてしまったのだから」
「藤田さん……」
「罪滅ぼしのつもりはないわ。ただ貴女の思う通りにしなさい。私は、そう言っているだけ」
 ずかずかと、足音が聞こえた。
 綾鷹郁が、巨大なボロ雑巾のようなものを引きずって来たところである。
「このバカ提督の口から……きっちり裏ぁ取っといたぞね、あやこ艦長」
 それを、郁は乱暴に放り出した。
 死にかけた、提督の身体だった。
「この基地は、死にかけた蟲ば改造したもんじゃき……まっこと胸くそ悪うなる事やりゆうぞ」
「わ、私は何も悪くない……」
 息も絶え絶えに、提督が言う。
「ただ、瀕死の蟲を助けてやっただけなのに……何故このような」
「助けるんなら、手当てだけしてあげればいいじゃないですか……」
 玲奈の声が、震えた。
「それなのに、基地に改造なんて……ゆ、許せない……それが、人間のやる事なんですか……?」
 少女の全身で、セーラー服が、テニスウェアやスクール水着その他もろもろが、ズタズタにちぎれた。
 白い、天使の翼が、広がっていた。
「それなら、あたし……人間なんて、守りません……あたし、人間じゃないから!」
 玲奈の怒りの思念に合わせ、元海皇類の巨大戦艦が火を噴いた。
 艦砲の、一斉射。
 基地周辺の市街地あちこちで、爆炎が噴き上がった。
 凄惨な爆撃の光景を眺めながら、あやこが人差し指を振るう。
「なってないわね、玲奈さん……服の破き方は、こうよっ」
 セーラー服が、ブルマやアンダースコートが、細かな布切れと化し、あやこの全身から破け散る。
 それらをヒラヒラと美しく舞い散らせながら、左右に広がったもの。それは白い天使の翼だった。
「藤田さん……貴女も……?」
 玲奈が、呆然と呟く。
 あやこは何も言わず、ただ微笑み、片手を掲げた。
 長大なプレートが出現し、光を放った。万能兵器・烈光の天狼。
 その光が、玲奈の艦の砲撃と合流しつつ、市街地を焼き払ってゆく。
「な……っ……」
 巫浄霧絵が、絶句した。
「何の……つもりなの? 貴女たち……」
「見ての通りだよ虚無生命体。お前は私たちに蟲を殺させ、人間の残虐性を暴き立てて、いい気になろうとしていたのだろう?」
 あやこが、冷たく笑う。
「だが残念ながら、私たちは人間ではない……」
「人間よりも、ずっと残虐な怪物……あたしは、それでいい!」
 天使の翼を激しくはためかせながら、玲奈が片手をかざす。
 槍のような大型銃が、そこに出現した。
 それを玲奈は、燃え盛る市街地に向かって思いきり、ぶっ放した。
 廃墟から焼け野原へと化しつつある市街地が、真っ二つに裂けた。
 その裂け目から、巨大な死骸のようなものが出現し、のたのたと宙に舞い上がる。
 いや、死骸ではない。死にかけてはいるものの辛うじて生きている、蟲であった。
 苦しげに飛行しようとする同族を、気遣い助ける格好で、上空の蟲が降下して行く。
 2体の巨大蟲が、寄り添った。
「夫婦……なのね」
 天使の翼を広げながら、郁が呟く。
「奥さんが、旦那を助けに来た……って事?」
「助ける過程で……この市街地は、どのみち滅びる事になっていた」
 あやこは言った。
「それなら、私たちの手で滅ぼしてやるのもいい……どうだ? 虚無生命体。我々の残虐性を暴き立てる事が出来て、満足か」
 巫浄霧絵は答えず、何やら表記不可能な奇声を発している。
 もはや普通に言葉を発する事も出来ないほど、怒り狂っている。
「ババア、ざまっ!」
 嘲笑いながら、郁が羽ばたき、上空へと舞い上がる。あやこが、玲奈が、白い翼をはためかせて続く。
 蟲の夫婦も、ゆっくりと天空へ帰って行く。
 祝福するかのように、白い羽根が舞い散った。