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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.25 ■ 伝説の男、復活








「――繰り返します。東京交戦、虚無の境界幹部、ファングを撃破……!」

 作戦司令室。全世界に向けて報告されたその発表に、結果だけ聞いたIO2関係者は歓喜していたが、先刻までモニターで見つめていた誰もが言葉を失うものであった。

 虚無の境界に所属しているファングと言えば、日本のIO2だけではなく海外でも最重要危険人物の一人として名を馳せている存在だ。戦闘能力の高さから、これまでIO2がどれだけの煮え湯を飲まされてきたか。
 その被害総額や人数を考えれば頭痛で眩暈でも引き起こしてしまいそうな程度には、といった所だろう。

 そんな男が、たった一人の少年によって撃破されたのだ。

 そんなファングをたった一人で撃破出来るだけの存在がいるという脅威を眼前に、彼らは歓喜出来ないのだ。

 ――あまりにも不安定な要素が多すぎる。

 少年という、思春期を過ごしている少年少女ら。そんな彼らと自分達を繋いでいるのは、ディテクターというたった一人の男でしかない。
 あまりに細すぎる関係ではないか。素直にそんな恐怖すら抱くのも至極当然と言えた。

「……フフフ、笑っちゃうわね」

 口を開いたのは楓であった。呆然とするその室内を見渡し、楓は続ける。

「私達が何年も戦い続けてきた相手が、たかだか十代の子供に負けてるわ。
 さて、そんな光景を見て呆然とし、いつしか自分達にその矛先が向くかもしれないと恐怖を抱く大人を相手に、彼は信頼などしてくれるかしらね?」

 楓の言葉にその場の空気が一瞬でピリッと張り詰めた。

「IO2に名を連ねる者ならば意地を見せなさい。彼らだけに全てを委ねるなんて、そんな真似をするぐらいならこんな組織は消えた方がマシよ!」

 楓の発破と共に、司令室内は一斉に動き出した。
 そんな光景を目の当たりにしながら、楓は懐かしい光景を思い出す。

(……フフフ、武彦が同じ様な事をした時、私も上官にそう叱咤されたのよね。あの時は姉さんだけがただ純粋に喜びを表して、武彦に声をかけていた。
 今思えば、姉さんはいつも私の前を歩いていたわね……)

 懐かしい記憶を呼び起こし、そして楓はただただ小さく笑う。
 あの時の自分より、今の自分は成長したのだと噛み締めながら。












「作戦は成功って事かな」
「えぇ。草間さんの仰る通り、虚無の幹部を誘き寄せて叩く事に成功しましたもの。あとはこの辺りの魑魅魍魎を倒すぐらいですね」

 凛が勇太へと答えたその直後。
 百合が突然勇太と凛の背後へと空間を接続し、その場に姿を現して何かを弾き落とし、三寸釘を後方へと投げつけた。

「おっとォ……、ヘヘヘ、良い勘してやがるなぁ、クソガキィ」

 百合が釘を投げたその先で、突如空中でその釘が動きを止めた。まるで映像が浮かび上がる様に姿を現したのは、赤い髪を揺らした気味の悪い男。病的なまでに色は白く、まるで蛇の様な男だ。
 男はニタリと口元に三日月を作り上げながら、釘を落として再び姿を消した。

 どうやら先程、百合は飛来してきたナイフを弾き落とし、反撃したようだ。

「敵よ」
「……姿を消す能力者って事?」
「みたいね。さっきから嫌な視線を感じていたのよね」
「でも、どうします? 姿が見えないんじゃ、こちらからは攻撃のしようがないのでは……?」
「面倒だけど、こっちは三人よ。後手に回るけど、反撃を優先すれば良いわ」

 三人で背を合わせて周囲を警戒する様に身構える勇太達。そんな三人を嘲笑っているかの様に、周囲からは音が消える。

「……クソ、ニヤニヤ笑いながらこっちの様子窺ってんのかな……」
「有り得るわね。決して性格の良さそうな見た目はしていなかったもの」
「ちょっと気色悪い印象でした」

 決して挑発している訳でもない三人の言いたい放題の言葉である。

「――ッ! そっちだ!」

 勇太が物音に反応し、そこに向かって念の槍を具現化し、一気に駆け出す。

「勇太! それは罠――」
「――ビンゴォ」

 小石を投げて弾いた音に釣られ、三人の陣形が崩れる。それと同時に男の声が響き、百合と凛の背後に男が姿を現した。

 駆け出した勇太に視線を向けてしまった百合と凛。その背後に唐突に現れ、ナイフを振り下ろす男。
 空間接続で何とか脱する事は出来なくもないが、凛を連れる事は出来ない。

 ――間に合わない。

 百合がそう考えながら凛を押し飛ばし、自分だけがその場に残る。
 既にナイフはあと数センチで自分に突き刺さるだろう。

 そう考え、目を閉じたその瞬間だった。
 甲高い金属が弾かれる音が百合と男の間から鳴り響き、ナイフが弾かれた。

「な……ッ!?」

 後方へと飛んだ男が、周囲を見回す。
 明らかに遠距離からの狙撃。ナイフを撃ち落とされたのだと男は理解していた。しかし、ファングとの戦いを間近で見ていた男は、三人の中に銃を扱う存在はいないと考えていたのだ。

 そして男は視線の先に、一人の男を捕らえた。
 黒いロングコートを羽織り、サングラスをかけた男。口には煙草を咥え、紫煙をあげている。その手には銃が握られ、こちらへと向かって歩いて来る。

「……あ、の格好って……」

 勇太は思わず呟く。

 その格好は、最近では全く見る事もなかった懐かしい服装。そして身体から放たれている、どこか冷たい雰囲気。
 しかし見間違えるはずもない。

 かつて自分を救い、道を示してくれた男の姿を、どうして見間違える事が出来るというのか。
 勇太は思わず武者震いする。

「草間さん……」

 数年間見る事のなかった、勇太が憧れた最強の男。
 ディテクターの姿がそこにはあったのだ。

「テメェ、俺様の狩りの邪魔しやがるとは良い度胸だぁ!」
「コソコソ隠れ回ってるだけしか取り柄のないガキが、いちいち吠えるんじゃねぇよ」

 再び姿を消した男。
 しかし武彦はそれに対して動じるでもなく、銃口を動かし、その先を撃ち抜く。

 一見すると虚空を撃ち抜いたようにしか見えない行動であったが、その銃声の直後に響き渡った甲高い金属音と、飛び散った火花。
 男の手に取ったナイフを弾き飛ばしたのだと誰もが理解した。

 動揺と共に腰から崩れた男の能力が解け、唖然とした表情を浮かべた男の姿が顕になる。

「……ど、どうして……」

 動揺のあまりに大きく目をむいた男。その男にゆっくりと歩み寄る武彦はフゥっと紫煙を吐き出すと、銃口を真っ直ぐ男に向けた。

「まだまだガキ共に負ける訳にはいかねぇんでな。ダダ漏れた醜悪な殺気を読むなんざ、俺にとっちゃ朝飯前なんだよ。
 能力にかまけた素人に負ける程、俺は落ちぶれちゃいねぇ」

 堂々たる宣言。
 ディテクターが完全に復活した。まるでそう告げる武彦の姿に、勇太の口角は吊り上がるのであった。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「……やれやれ、虚無の境界の協力を断ったばかりだが、その戦力を殺しちまうとはな」

 赤い花が咲いたビルの屋上へとやって来た宗は頭の後ろをポリポリと掻きながらそう独りごちる。

「邪魔だったんだ。ここが一番丁度良い場所だから」

 その言葉に、宗は込み上がる笑いを噛み殺せずにくつくつと笑みを浮かべた。

 特に戦う理由もない相手。助力するつもりもないが、わざわざ殺す必要はない虚無の境界の能力者。そんな能力者を、ただこの場にいたのが邪魔だったという理由で排除してみせたのだと少年は告げたのだ。

「……クククッ、成る程。それは確かに先客は邪魔だろうな」

 宗が少年の横へと歩み寄る。
 どうやら少年が見ていたのは、勇太や凛、百合。それに武彦の事を指しているようだ。

「……宗、アレは何? 僕に似てる」
「アレはただの失敗作だったものだ。今はそれなりに使えそうだが、所詮は失敗作に過ぎない」

 少年が指差した先に立つ少年、勇太を見つめて宗は淡々とそう告げる。

「宗、僕はアレと少し話してみたい」
「……やめておけ」
「どうして?」

 少年が宗を見上げ、不思議そうな顔をして尋ねると、宗は少年の頭に手を置いた。

「得るものが何もないからだ」
「……そう」
「行くぞ」

 踵を返して歩き始める宗に、少年はただゆっくりと付いて行くのであった。その途中、僅かに振り返る仕草を残しながら。