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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆夏の終わりに


 花火がしたい、という全く突然の誘いであった。
「花火?」
 いきなりやなぁ。季節ものやけど、と呟きながら石段に腰かけたセレシュが振り返る先、得意気に手持ち花火を抱えた少女が歩み寄ってくる。今時期コンビニでも見かけるような花火の束は、子供っぽい色使いで、薄闇に包まれつつある境内の中では嫌でも目を惹いた。
 ――鎮守の杜では、蜩が鳴いている。
 ベッドタウンの住宅街にひっそりと建つ神社の境内は、かつての威容を失ったとはいえ、都会の喧騒の程遠い、夏の夕暮れの気配を湛えていた。
「うん、花火! セレシュちゃん暇でしょ?」
 当然のように問われると素直に頷く気にはなれない。石段に座っていたセレシュは、近付いてくる人影を胡乱な視線で見遣った。夏休みを謳歌している暇人学生と一緒にしないで貰いたいものだ。
「これでも自営業やで。夏休み満喫中の学生と一緒にせんといて」
 見た目こそ10代に見えるセレシュだがこれでも自称21歳である。心外だ、と主張するように眼鏡の奥の視線を鋭く向けるものの、目の前の女子高生は悪びれもせず、
「またまたぁ。暇だから神社まで来たんでしょ」
「…そこは否定はせぇへんけどな」
 それを言われてしまえば、セレシュに返す言葉は無い。そう返しながら石段から立ち上がり、近付いてきた響名が自慢げに差し出す花火の束を見下ろした。矯めつ眇めつした後、頷く。
「――普通の花火やな」
「ちょっとー、花火以外の何に見えるのよ?」
「いや、響名の持ってきたものやしなぁ…、うちをそうやって何かに誘う時は、大概ろくなことせぇへんやんか、自分」
「セレシュちゃん、いたいけな女子高生捕まえて何言ってるのよ!」
 意味も無く胸を張る響名に、セレシュはこれまで以上に胡乱な視線を向けた。呻く。
「人どころか神様相手に自作の魔具の実験やりよる女子高生がどこの世界におるんや。『いたいけ』って言葉に謝るべきやで」
「セレシュちゃんってば失礼だな。あたしは実験やる相手はちゃんと選んでるよ」
「…相手の許可は事後承諾やろ、いつも」
 セレシュの的確な言葉に対しては聴いていないふりを決め込んだか、響名からは返事が無い。ただ、頭上の方から鈴を転がすような楽しげな笑い声が響いただけだ。
<その辺りで勘弁しておあげよ>
 柔らかな男性の声に、セレシュは視線を上げる。空中の何もない場所に、セレシュの眼には、二人分の人影が見えていた。が、地面にその影は落ちてはいないし、宙に浮いて平然としている存在が尋常のもののはずもない。この東京で、空を飛んでいる人間くらいはそこまで珍しくも無いのだが、それはさておいてセレシュにはこの二人、正確には二柱に面識があった。
「なんや、姫だけやのぅてさくらも居るんか。珍しいなぁ」
 ふわふわと宙を舞う人影は、この小さな小さな神社の祭神である。常日頃から艶やかな着物姿なのだが、今日はどういう趣向か、二柱共に白地にそれぞれ金魚と朝顔の描かれた浴衣姿であった。
 長い黒髪を揺らし、猫の描かれた団扇で顔を隠しているのが姫ことふじひめ。満開の桜を連想させる薄紅の髪に、狐のお面を被っているのは、本体を失い、瀕死の状態であるさくらだ。セレシュが「珍しい」と口にしたのは、力を大部分失ったさくらが、専ら本殿で寝入っていることを知っていたためである。
 ちなみに元々神域に縁を持つセレシュは「神」と呼称される類の存在を認識できるため、彼らとも当たり前に会話が出来る。
「あれ、さくらちゃんも来たの、珍しいね? 無理しなくていいんだよ」
 一方、二柱を見上げるセレシュの隣で、響名も同じようなことを口にしていた。二人の物言いに、宙に浮いた神様、さくらは少しだけ拗ねたような所作を見せる。
<何だい。響名が『花火を見せるから』と言って私達を呼びつけたんだろうに。それとも来たらまずかったかな?>
「ううん、大歓迎。でも、無理はしちゃ駄目だよ、さくらちゃん」
 響名の返答は、心底から「友人」を労わるような気遣いに満ちている。その気遣いに答えたのは、さくらの隣で団扇を優雅に揺らす、姫神の方であった。
<花火は、わたくしも兄様も大好きなのよ。…火は嫌いだけれども>
「そりゃそうやろうなぁ」
 ここの祭神は二柱共に、樹木神だ。火とは相性が悪かろう。
<花火をお前がわたくし達に見せてくれると言うのなら、それは奉納になるでしょう。綺麗な花火なら、それはきっと兄様の力になってくれるわ>
<…ひめ、心配してくれるのは有難いけど、ぶっちゃけ私はそこまで考えていないからね?>
 単に好きだから見に来ただけだ、と、さくらは堂々と考えが無いことを表明する。呆れたように団扇の陰で嘆息するふじひめに、セレシュも思わず苦笑するほか無かった。
 ――自らが消失しかかっているがために、周りの人間を心底から心配させているこの神様は、しかしどうも周囲の心配を余所に、大層能天気なのであった。



 さて、そんないつものやり取りを交わしつつ花火である。すっかり更けて、しかし星も少ない夜空を見ながら不意に気が付いて、セレシュはひとつ手を打った。今日は東京でも有名な花火大会の日では無かったろうか――そういえば神社へ向かう道すがら、逆に都心へ向かう人々の中にはちらほらと浴衣姿も散見されていた覚えがある。そう口にすると、うん、と水の入ったバケツを運ぶ響名が頷いた。
「そうそう、花火大会。藤と佐倉先輩がデートに行ってるはずだよ」
 道理で、この神社の神主見習いと巫女見習いが揃って姿を見せない筈だ。
「デート、なぁ」
 いささかならず胡散臭げに呟くセレシュに、背後から楽しそうなさくらの声が割って入る。
<藤の主張だとデートだね。桜花の主張だと違うみたいだけど>
「せやろな…眼に浮かぶようやわ」
<桜花は響名に頼まれたと言っていたわよ。お前、今日は何を仕込んでいるの?>
 厄介事ではないでしょうねぇ、と言いながらこちらも愉しげな調子でふじひめが問えば、響名はニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべたまま、
「秘密! はい、じゃセレシュちゃん、ロケット花火にする? 蛇花火?」
「チョイスが微妙にも程があるわ」
 差し出された蛇花火を押しやり、セレシュはビニールに包まれていた花火を手に取った。何の変哲もない、多分ススキ花火だ。
「ウチから始めてええの?」
「どうぞ。あ、はいこれ、マッチ」
 差し出されたマッチを擦り、点火する。先端からシュウ、と音と煙をあげて、名の由来でもあるススキの穂状の炎が上がった。鮮やかな緑――はともかくとして、少し煙たい。独特の花火の煙の匂いが鼻を刺激するのを感じながら、セレシュはそれを眺め、ふと思った。
(ああ、何か飲み物買うて来ればよかったわー)
 煙が咽喉に染みたせいで一瞬そんなことが頭をよぎった、その途端だった。
 ――セレシュの眼前に、今まさに飲みたいと思っていたペットボトル入りのミネラルウォーターが浮かび上がった。
「………。はぁ?」
 表面に結露を浮かべたそれは触れれば冷たそうだ。が、恐る恐るセレシュが手を伸ばすと、伸ばした手がすり抜けてしまう。幻覚だ、と、一応確認してからセレシュは花火を見つめ、それから鮮やかな緑の炎と煙の向う側で得意気に笑みを浮かべている女子高生を見遣り、唸った。
「響名」
「うんっ、なぁにセレシュちゃん!」
 呼ばれた響名はとっても満足げである。嬉しそうに両手に持ったスパークタイプの花火を振り回している――危ない。
「まず落ち着き。そんでええと、この状況、説明してや」
 要求には満面の笑みが返ってきたが、セレシュの表情は引き攣った笑みになった。
「種を明かすとね、マッチだよセレシュちゃん。花火じゃなくてマッチの方に仕掛けがあるの」
「結論から頼むわー…」
「えー。じゃあ一言で言うと、アレね、『マッチ売りの少女』のマッチ。マッチで火をつけてる間だけ、幻が見られるの。マッチだけじゃつまんないから、今回は花火に火をつける趣向にしてみました」
 マッチ売りの少女。
 メジャーな物語ではあるが、セレシュの感覚で行けば割と新しい方に分類されているお話である。
「…貧乏な女の子が寒空の下で売りもんのマッチ点けたら欲しいモンが幻になって見えたっつー、あれか」
「うんそう、それ。で、そのお話に出てた『マッチ』をちょっと作ってみました」
 ――毎度思うが「ちょっと」で作れるものでもないし、そんな軽い感覚で作ったものを他人で実験するのは如何なものか。
 セレシュはそう思いこそするものの、最早指摘するだけの余力も無い。
「…まぁ、響名が持ってきたものって時点で嫌な予感はしとったしなぁ」
「セレシュちゃんってあたしに対する評価が全体的に辛いよね!」
「いや逆に、どこら辺に評価が良くなる要素があったん、自分」
 過去の行いを思い返してもらいたいものである。
 等とやり取りを交わす間に、手元の花火の炎が勢いを失っていく。
「ああ…」
 萎びて行く花火を見ていると、出現した「ペットボトル」の幻覚も同時に弱々しく掠れて消えていくのが分かった。成程、と内心でセレシュは頷く。幻を見せている大本は「マッチ」のようだが、マッチで火を点けた対象が燃えている限りは幻覚を見られる、という仕組みらしい。
「で、これで何するん?」
 終わってしまった花火を、水を張ったバケツへ放り込む。じゅ、と火が消える音が響いた。
 そして視線を上げて、セレシュは思わず苦笑する。
 響名の方も恐らく同じ「マッチ」で点火したのだろう。彼女の横に、かき氷やら、焼きそばやら、たこ焼きやら――そんな「屋台」が並んでいるのが見えたのだ。
<花より団子ね、響名。そんなにお腹が空いているの?>
 さすがに呆れた様子で、花火を桜の樹上から見守っていたふじひめが問うと、響名が照れたように頬をかいた。
「いや、ほら、藤と先輩がお祭りに行ったじゃない。お祭りって聞くと、こういうのムショーに食べたくなるんだよね…」
 それから彼女はうーん、と鼻の頭に皺を寄せる。
「これ、『幻覚』を見せるって言うけど、材料がマッチで媒介が『炎の光』だもんねぇ。光学部分しか再現出来ないのかな」
「…何や。自分の魔具に駄目だしか?」
「まぁねー。…だって屋台が見えるのにソースの匂いがしないなんて、物足りないと思わない?」
 口を尖らせて不満げな響名の言葉にさすがにセレシュは吹き出してしまう。――高校生くらいの年頃の子はそれでなくても「良く食べる」ものではあるが、それにしても随分と食欲に素直なことだ。笑うセレシュの横でぶつぶつと、響名は炎の勢いと一緒に姿を消していく「屋台」の幻影を見送りながらぼやいている。
「再現できるの、『視覚』の部分だけみたいだね。音と匂いが再現出来ないのは悔しいなぁ」
「マッチが媒体やと、その辺は難しいんちゃうか。根本的な材料から見直さんと」
 それより、とセレシュは、手渡されていたマッチを擦る。新しい花火を取り出し、点火した。
 ――幻影が浮かび上がるまでは少しタイムラグがあるようで、この時点では普通の花火だ。変色花火らしく、最初は真っ白かった炎が、次第に青みを帯びていく。
(…ふむ、幻か)
 一度目を閉じ、イメージを固めて瞼をそろそろと開ける。
 ――すると今度は開いた視界に青いものが映り込んだ。足元を洗うように波が押し寄せ、空中を鮮やかな魚が泳いでいく。最近テレビで見かけて、たまには遠出もしてみたいものだなぁ、とのんびり思っていた南国の海の風景をセレシュは思い出しながらイメージしてみたのだが、
「成程な、このマッチ、『見たいものが見える』訳か」
「おお、凄いねセレシュちゃん、これ沖縄の海か何か? キレーだねぇ」
<海の風景か、私達はあまり遠出が出来ないから、これは嬉しいね>
 樹上から、今度はさくらの声もする。どちらからかは分からないがほう、と、嘆息するような声も漏れた。
<これって、遠くの海に居る魚なのかい?>
「南の方に居る魚やね。うちも詳しい訳やないけど、沖縄とかあの辺」
 答えながら気になることがあり、セレシュは目を瞬かせた。樹上で足を揺らすさくらを見上げてみる。そうしている間に花火は勢いを失い、寸の間境内を満たした小さな海と魚群の姿は静かに音も無く、群青色の黄昏の空気に溶けて行ってしまう。
「そういえば、さくらって、町から外には出られるん?」
 何気ない問いかけであったが、問われたさくらは困ったように苦笑したようだった。と言っても常に面を被ったさくらの表情は、はっきりとはセレシュには分からないのだが。
<出雲の神様会議の時は出かけるけれど、それ以外の時はあまり出ないねぇ。町内から外に出る場合は町の守護の分担とか、外出先の神様への連絡とか、色々と事前の通達が必要でね。余程の大事でない限りは、町から外には出ないんだ>
「お役所仕事みたいなこと言うんやな。神様やのに」
 笑いながら指摘すると、そうだね、と柔らかな声も笑いながら同意する。
<だからこういう風景は嬉しいなぁ。最近はテレビでも色々見られるけど、こういうのも愉しいね>
<そうね。響名にしては悪くは無いんじゃなくって?>
 ついには普段厳しいふじひめにまでそう評されて、バケツに花火を突っ込んでいた響名がぴょこんと飛び上がった。
「わぁい、褒められた!」
<…あまり調子に乗るんじゃなくってよ>
 ふじひめが苦言を言い添えたが、はぁい、とお行儀よく返事する響名がどれだけその言葉を受け止めているかは――まぁ、本人のみぞ知るところだ。今は追い打ちをかけるのはやめておこう、とセレシュは新しいマッチを手に取った。今度は何を映し出そう、そんなことを想い、さっきのさくらの言葉を思い返す。
 普段、滅多なことでは町から出られないらしいさくらとふじひめは、そういえば、夏となればあちらこちらで開催される花火大会の、夜空に打ち上げられる巨大な花火を見ることはあるのだろうか。
 気になって問えば案の定、二柱はそれぞれに残念そうな声を上げた。
<一度くらいは近くで見てみたいとは思うのだけれど。ああしたものは『祭り』の場だから、余所者の神様が混じるのは、矢張り少し気が引けるわね>
<そうだねぇ。偶に隅田川の方の神様からお誘いを受けたりもするけれど、お邪魔するのも悪くって>
 もう数百年は、打ち上げ花火の見物なんてしていないのだ、と。二柱がしみじみとそんなことを教えてくれた。
(ふむ、そんなら、打ち上げ花火の幻もええかもなぁ)
 とは思うものの、生憎とセレシュは最近、わざわざ人出の多い祭りの現場にまで出向いて打ち上げ花火を見上げた覚えがない。あるとして一年前の夏祭りで、脳内に仕舞い込んだ映像はいささかピンボケを始めてしまっている。
(…他にしとくか)
 最近見たもので、二柱が喜びそうなもの。そんなことを考えながら、セレシュはマッチに火を灯した。






 夜空や流れ星、あるいは鳥や、最近食べた料理の映像――こっちはもっぱら響名の仕業だが――そんなものをつらつらと、幻灯機のように浮かび上がらせながらしばし続いた花火は、やがて最後に近付いて、残る手持ち花火が線香花火だけになった頃。石段をからころ、と耳にも軽やかな下駄の音が上がってきたもので、セレシュはおや、と顔を上げた。見れば視線の先、石段に設置された街灯に微かに照らされて、藍色の浴衣を着た少女と、藍色よりは少し灰色がかった、鼠色の浴衣の少年が仲良く並んで境内へと入ってくる。
「あれ、セレシュちゃんだ、こんばんは!」「あら、セレシュさん。いらしてたの」
 元気よく手を振る少年はこの神社の神主見習いである藤、彼の隣で静かに会釈する少女は居候で巫女見習いの桜花だ。
「何や二人とも、もう帰ってきたん? 花火大会、見に行っとったって聞いたんやけど」
「人の多い所は苦手なもので。…あら、線香花火? いいわね。響名、私の分もある?」
 常日頃から感情をあまり露わにしない性質の桜花は淡々と答えて、響名から線香花火を受け取っている。その隣、藤がこそりとセレシュに教えてくれた。
「…近くに居た人にどーも悪いコが取り憑いてたみたいでね。桜花ちゃん、俺が目を離した隙にまた憑依されちゃって。急に倒れて大騒ぎになっちゃったから、慌てて帰ることにしたんだ」
「あちゃぁ…」
 ――桜花は極度の憑依体質なのである。
「でも、ま、打ち上げ花火は見られたし…桜花ちゃん、それは喜んでたみたいだから、良かったよ」
「そうかー。ま、季節物やさかいな、今見られんかったら来年になってしまうし。良かっ…」
 セレシュの言葉はそこで途切れた。藤の背後で、響名から線香花火を受け取った桜花が、例の「マッチ」に火を点けたのだ。
「あ、それあかんやつや、桜花!」
「え?」
 きょとりと桜花が目を丸くするのと、線香花火に火が灯されるのが同時。
 何が浮かぶだろうか――僅かなタイムラグを置いて、戦々恐々とするセレシュの、頭上。
 町の夜空が突然、光を放った。
「…あれ?」
「お?」
「おー!」
「…えっ」
 その場の人間がそれぞれの反応を返す中、夜空が瞬くように、輝く。
 ――音が無いせいで酷く違和感はあったものの、空一面に、打ち上げ花火が上がっていたのだ。響名の「マッチ」を擦った桜花が、脳裏に刻まれた花火を思い浮かべていたせいなのだろう。見上げる響名が楽しそうに手を打った。
「大成功! 先輩ならやってくれるってあたし、信じてました!」
「……。あまり事態が呑み込めていないのだけれど、とりあえず響名の仕業だってことは理解できたわ」
 それだけ理解できれば十分だろう、とその場の誰もが思ったに違いない。が、皆一様に空を見上げていたもので、そのことを指摘する者は、人も神もそれ以外も、誰も居なかった。
 線香花火がぱちぱちと小さく弾ける頭上を、幾重にも、花火が大輪を咲かせ、重ね、弾けて、散る。
<音が無いと物足りないねぇ、とはいえ、…これだけ大きな花火を見るのはどれくらいぶりかな>
<そうねぇ。響名、お前、精進なさいね。来年は音入りでお願いしたいわ>
 樹上で足を揺らす二柱の神様達が、幸せそうに吐息をつく。どちらの感情に呼応したものかは知らないが――あるいは二柱のどちらの感情にも呼応したのかもしれない――重たく湿った夜の底を、心地よい風が吹く。

 それきり線香花火が落ちるまで、誰一人として、口を開くものは無かった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8538 /  セレシュ・ウィーラー / 女性 】



◆ライターより
私事により納品遅延しました、まことに申し訳ありません。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。