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<東京怪談ノベル(シングル)>


慈悲なき鉄槌―T






「――最近多いですわね」

 黒く艶やかな髪を指で掻き上げながら耳にかけた一人の女性は呟いた。薄暗い室内で椅子に腰掛け、そんな女性へと背を向けている男性はその一言に小さく嘆息して肯定を示すと、改めて女性へと身体を向け直し、口を開いた。

「何かが起きている、と考えるのが妥当だろう」
「心当たりでも?」

 まるで挑発するかの様に、女性は口角を吊り上げてその眼に鋭い眼光を宿した。その姿は誰もが息を呑んで見とれてしまう程の妖艶さを醸し出していた。

 黒いスーツを身に纏いながらも、たおやかな膨らみが白いブラウスの間からその存在を強調し、身体のラインは細く引き締まりながらも女性らしい膨らみを失ってはいない。ただ細いだけではなく、鍛えられ、引き締まった肢体。
 そして黒く美しい、長い髪。全てが整った完璧なまでの女性。

 それが彼女――白鳥 瑞科だ。

 僅かに飲み込まれかけた男性は、あくまでも伝令役に過ぎない。瑞科の直接の上司ではなく、彼女に任務を伝える為だけに接触しているのだ。
 【武装審問官】である彼女にとっての上司は、人ではない。彼女らが所属する【教会】こそが彼女らが従う存在だ。

 その美しさに心を惹かれ、思わず口説きたくもなる男であった。そんな男の劣情は、いざ対峙した事によって完全に砕かれてしまったのだ。
 決して彼は瑞科に対して言い寄った訳でも、それを断られた訳でもない。

 彼は唐突に理解したのだ。
 ――「この女にはどう足掻いても手が届かないだろう」と。

 高嶺の花、というレベルではないのだ。空に浮かぶ満月に心を奪われ、その手を伸ばすのと同義。見えていても、決して届く事がない。そんな存在だと理解させられたのである。




 ――閑話休題。




 そんな彼がこうして瑞科を呼び出したのは、任務についての説明を行う為であった。
 任務の内容は、悪魔と契約を行い、世界に混乱や混沌を巻き起こそうとする邪教の殲滅だ。
 一般的ではないこんな任務ではあるものの、決して瑞科らにとって珍しい任務ではない。

 ――しかしそれでも、この二ヶ月の間に合計で4件目という異例の多さともなれば、瑞科らが訝しむのも無理はないと言えるだろう。

 そこでようやく、冒頭の会話に戻るという訳である。

「心当たりはないな。だが、こうも表の仕事もままならない程の頻度だ。何かが裏にあるだろう事は誰でも予測は出来るだろう」

 表の仕事。それは彼女らが【教会】に所属しているにも関わらず、こうして高層ビルが建ち並ぶオフィス街の一角で、商社として活動している事を指している。
 瑞科がスーツ姿でいるのもそれが理由である。

「確かに、最近の頻度はおかしいですわね。まるでこの日本で、“何か”が行われようとしているとしか思えませんわね」

 危惧すべき状況を示唆しつつも、瑞科の口角は若干吊り上がっている。その姿を見た男は、その妖艶さに息を呑みつつも改めて遠い存在だと再認する。

「“何か”、がな。それにしてもずいぶん楽しそうだな」

「フフフ、失礼。あまりにも手応えがない敵ばかりなので、いつも不完全燃焼ですの。こうして有象無象が集まっていれば、楽しめる相手もいそうなものですわ。そう考えると、少し楽しくなってきましたわ」

 その言葉は何も強がっている訳でもなければ、自身の強さを鼻にかけている訳でもない。それを知っている男であるからこそ、瑞科のその笑みはより妖艶にすら感じられたのだろう。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 カツカツと足を踏み鳴らし、銀色の細剣を手に持った瑞科が歩く。

 身体のラインを強調するかのような、ピッタリと身体を覆うシスター服。しかしそのシスター服には機動性を強調する為か、あるいは色気を醸し出す為にすら感じさせる程の深いスリットが入り、編み上げられた膝まであるブーツとニーソックス。そのきめ細やかな肌を僅かに覗かせている。
 胸を強調するかの様なコルセット。純白のケープとヴェール。手には意匠の凝らされた革製のグローグと、その下から二の腕にかけて、白い布地が腕を覆い、そこにも細やかな意匠が施されている。

 これが彼女の戦闘服である。

 まるでファッションショーさながらにその場を進んでいく瑞科であるが、その彼女の身体を照らすのは暗闇を切り裂く僅かな月光のみ。そして観客は歓声をあげる訳でもなく、身を隠して隙を窺う事に徹した者達。

 仲間が油断から瑞科に近づき、一瞬でその生命を刈り取られる瞬間を彼らは見ている。
 故に潜んでいる彼らは、瑞科が敵であると理解している。それも、自分達よりも強く、冷静で、それでいて慈悲すら持たずに一刀両断する程の強い決意を抱いている存在であるという現実と共に。

「う、うおおぉぉぉぉッ!」

 怒号。自らを奮い立たせるべく一人の男が叫び、そして瑞科へと襲いかかる。それを合図に、周囲から一斉に立ち上がった彼らは、瑞科へと向かって肉薄する。
 周囲に伝染した気迫。一斉に一人へと向かって雪崩れ込むそれらは、瑞科の逃げる隙を与えない為のものとなった。もちろんこれは彼らにとっては僥倖。あくまでも狙いすました行動ではないが、きっかけとして成立したのだ。

 どれだけの実力者であっても、これだけの数であれば対応出来まい。
 そんな思いが、襲撃者達の心に僅かな勝機となって見えてきた様なそんな気がしたのである。

 しかしそれは次の瞬間、鮮やかなまでに打ち砕かれる事となった。

「な……――ッ」

 雪崩れ込んだ人の並が、一斉にその動きを止めた。
 肉薄していた対象である瑞科が、その場から姿を消したのだ。

「こちらですわ」

 上空から聴こえてきた凛とした声。その声色は優しく促すような柔らかさであり、そのせいか襲撃者達は強制的に悟らされた。

 ――自分達は、この女の足元にも及んでなどいなかったのだ。振りかかる火の粉を振り払うのと同義。歯牙にもかけず、ただただ振り払われただけに過ぎないのだ。

 次の瞬間。その場には青い光が駆け巡り、襲撃者達は力なくその場に倒れこんだ。瑞科が放った電撃が、男達の意識を刈り取ったのだ。

 その場に降り立ち、銀色の剣を鞘に収めた瑞科は退屈そうに息を吐く。

「今回もたかが知れてますわね……」

 それは挑発ではない。
 心の底からの、ただただ単純な落胆にも近い感情だ。







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