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<東京怪談ノベル(シングル)>


慈悲なき鉄槌―V





 悪魔召喚とは即ち、この世界の住人が何かの代償を払い、この世界とは違った場所から悪魔を召喚する事を指している。それは天界とも冥府とも呼ばれる事もあれば、はたまた地獄とも呼ばれる事もある。

 無機質なコンクリート製の建物。その奥にある一角。
 薄暗い照明に僅かに照らされた室内。その部屋は一際その闇が目立ち、室内の非常灯が僅かにその暗闇に鈍い橙色の光を漏らしているだけである。
 それでもそれが佇んでいる赤い池は、明らかに血である事は見て取れる。視界は悪くても、瑞科の様に人間であれば影響はあるだろうが、それが相手では意味があるのかは解らない。

 少なくとも、まっすぐ瑞科を睨み付けているその姿を見る限りでは、あまり影響はなさそうだ。

 威嚇の咆哮を終えた悪魔が瑞科に向かって飛びかかるかの様に、腰を落とす。その動きに合わせて瑞科も僅かに腰を落とし、対処出来る様に身構えた。
 相手は人外だ。油断しようものならば、あっさりと身体を引き裂かれる可能性すらある。瑞科はその実力を持ちながらも、万全を期するのであった。

 敵と見定めた相手。見た目も気味が悪い程に肌の色が白くなり、青白い血管が浮かび上がっている。真っ赤な瞳は獰猛な獣そのものだ。 既に敵は悪魔に乗っ取られ、人外と化している。

 ――初動はどちらが先だったろうか。
 互いに弾ける様に飛び出す。

 瑞科は銀の剣を持ったまま腰を低くし、滑る様に駆け出した。そして対する悪魔はその場からたった一歩、何の助走もなく飛び上がり、瑞科へと向かって飛びかかった。
 唸り声から叫びへと代わり、口の周りの血と自身の涎を振り撒きながら飛びかかる悪魔。その口に生えた鋭い牙で瑞科のきめ細やかな肌を食い荒らそうという意思が見受けられる。

 しかし瑞科はその姿に恐怖するどころか、薄く笑みを浮かべて銀の剣を横薙ぎに一閃。悪魔の身体を切り裂く様に振り切った。
 あまりにしなやかな動きに、その動作に違和感を感じる事すら出来なかった悪魔は反応が遅れ、その銀を受け止める。硬質化した肌が切り裂かれる事なく済んだが、空中で横からの衝撃には耐えられず、その身体を横に崩された。

 着地に生まれる僅かな隙を瑞科は見逃さなかった。

 くるっと片足を軸にしてそのまま回った瑞科は、長い髪を揺らし、その動きが追いつく間もなく飛び上がると、空中で剣を逆手に持ち替え、悪魔に上空から追撃する。

 対する悪魔は振り返り、その動きに反応が遅れながらも、身体を僅かに逸らしてその攻撃が致命傷に至らぬ様に逃げようと動く。それでも額を狙っていた銀の剣は悪魔の左肩へと突き刺さり、大きな悲鳴をあげる。

 肉体から剣を抜き取る為に悪魔の右肩を踏み台に再び飛び上がった瑞科は、悪魔から離れた場所へと着地し、髪をかきあげると、そのまま悪魔を見つめた。

「痛そうですわね。下手に避けたりするから死に切れないのですわ」

 その挑発とも取れる言葉に悪魔は激昂し、再び瑞科へと肉薄する。どうしても許せないのだろう。瑞科を食ってしまおうとするその怒りは、ただでさえ単調であった悪魔の動きさらに散漫にさせ、そして隙を生む事になった。

 もちろん、瑞科がその隙を見逃すはずもない。

 瑞科は舞う。
 スリットによって布地が揺れ、髪は宙を踊る。瑞々しいその身体は揺れ、躍動する。まるで一つのダンスを見ているかの様に、単調な悪魔の掴もうとする腕を避けながら、その腕に銀閃を走らせる。

 ついに悪魔の動きが止まろうかと言う所で、瑞科が銀を胸に突き立て、その手を離した。
 胸から背に剣を生やした悪魔はそのまま動きを止め、そしてゆっくりと後ろに倒れた。薄暗い室内に立っているのは瑞科一人となり、瑞科は軽い運動をしたかの様に一息。そして何事もなかったかのように自身の剣を抜き取ると、剣に付着していた血を持っていた布で拭き取り、その布をその場に投げ捨てた。

「……任務達成ですわね」

 激しい戦いであったにも関わらず、瑞科にとってはどうにも物足りない、あっさりとした任務であった。そう告げているかの様な呆れた笑みを浮かべ、瑞科は帰路へとつくのであった。

 ――その映像を見つめていた【教会】上層部。先程までの戦いぶりを見ていた彼らはその動きに唖然とし、もしも彼女が敵になったらと考えるだけで戦慄を覚えたのだが、それは瑞科が知る所ではない。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 
 【教会】と言われる瑞科の所属している組織ではあるが、何も教会然とした佇まいをした建物ばかりではない。とは言え、何も商社としての表向きの顔をしている建物がその全てという訳でもない。

 私有地として記されている東京都内にある手つかずの山。その雄大な山の中には、上空からも見えない様に地下へと続く【教会】の東京本部が設置されている。
 ここは訓練や技術開発などにも使われているのだ。

 今回の任務を終えた瑞科は、近くに待機していた回収部隊と合流すると、任務の報告に東京本部へと戻っていた。

「――失礼いたしますわ」

 扉を開けて入ってきた瑞科へと振り返った男性。彼もまた、モニター越しに瑞科を見ていた神父であり、瑞科自身が全幅の信頼を寄せている存在だ。
 瑞科に見せる神父の顔もまた、まるで大事な孫娘にでも向ける様な慈愛に満ちた笑みであるが、そこには厳しさも混在している様だ。

「戻ったか。報告は届いている。白鳥、よくやった」
「フフ、どうという事はありませんでしたわ」

 褒められた事への喜びを噛みしめる様に笑みを浮かべた瑞科が、謙遜でもなく本音を告げる。その姿を見た神父は鷹揚に頷いた。

「また次も頼んだぞ。そういえば明日は休みだったな。ゆっくりと休みたまえ」
「えぇ、そうさせて頂きますわ。それでは、失礼致しますわね」

 扉を出て行く瑞科を見送りつつ、神父は椅子の背もたれに身体を預け、そのまま天井を見上げた。

「大司教殿らは、白鳥をどうするおつもりなのやら……」

 モニターを見つめて議論を交わしていた彼らのやりとりを思い出しつつ、神父は小さく嘆息し、そう呟くのであった。






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