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<東京怪談ノベル(シングル)>


穏やかな一日





 ――曰く、芸能人には周囲の目を惹くだけのオーラがあるそうだ。

 唐突にそんな事を思い出した女性は、それが事実であると改めて確信し、そして今、自分の隣りを歩いている仕事の先輩へとチラッと視線を向けた。

 長く艶やかな茶色がかった髪を揺らし、編上げのロングブーツにミニの白いプリーツスカート。その長い脚が顕になっている。
 上着はキャミソールに七分袖の上着。双丘は彼女の堂々たる佇まいによって必要以上に強調されている様にすら感じられる。

 整った容姿に自信溢れる佇まい。
 視線を集めるのも成程頷ける、と彼女は思わず嘆息する。

「どうかしました?」
「へ……ッ? あ、あぁ、先輩綺麗だなーって思って。同じ女として羨ましいなって……、あはは……」

 乾いた笑みを浮かべながら本心を告げる。

 彼女もまた武装審問官の一人である。もちろん、今隣りを歩いている瑞科程の実力がある訳でもない。至って一般的な実力より、ほんの少し抜きん出ているのは事実である。

 彼女はずっと追っているのだ。隣りを歩いてくれている、この憧れの存在に追いつけるように。

 危険度の高い任務をこなし、無傷で勝利と成功を収め、周囲の賛辞に対しても素直に感謝を述べる。見た目もこの通り視線を集める程だ。同じ女として、そのカリスマ性に惹かれずにはいられなかった。

 武装審問官として瑞科と出会う前まで、彼女は少々天狗になりがちであった。
 実力があるが故に、少々驕っていたと言える。

 そんな彼女が自らの失態で死地に追いやられ、絶望した所に現れたのが瑞科であった。
 瑞科はその絶望的な状況を難なく打破すると、彼女を救って当たり前の様に帰って行った。その姿は、今まで驕っていた自分があまりに滑稽だと感じられる程に優美であり、それでいて完璧であった。

 その日以来、彼女は瑞科に近づこうと懸命に努力を積み重ねている。

 もともと瑞科よりも年下であった事もあり、瑞科を尊敬する姉の様に慕い始めた彼女は周囲とのわだかまりも解け、今では一人の頼られる武装審問官という立場に立っている。
 瑞科との出会いが彼女を変え、今に至ったと言えるだろう。



 ――そんな彼女は今日、瑞科と休日が重なった事を理由に買い物へと誘ったのだ。



 彼女とてその容姿は周囲から見れば綺麗な部類に入るだろう。しかしそれも、瑞科を隣りに立たせていなければ、という話である。
 自分の容姿にも自信を持っていた彼女ではあるものの、比較対象が瑞科では自信も萎んでしまうというものだ。それでも彼女は瑞科と共に行動し、そしてその一挙一動を見逃すまいと観察している。

「助かりましたわ。最近買い物する機会もあまりありませんでしたから」
「え? 瑞科先輩、あまり買い物とかされないんですか?」
「えぇ。私服を着る機会もあまりないものですから、流行り廃りには疎くて」

 困ったように笑みを浮かべる瑞科であったが、流行り廃りに左右される様な性格でもないだろうと女性は心の中で小さくツッコミを入れる。

「でも、良かったです。激しい任務の後だったので今日誘って良いものか迷っていましたので……」
「激しい任務?」
「はい。悪魔召喚の組織と戦闘した、とか」
「えぇ、最近多いですわね。たいした事のない実力でしたけど、こうも多いと湧いて出て来ているかのようですわ」

 まるで黒い嫌われ者を彷彿とさせる様な瑞科の言い回しに、彼女は乾いた笑みを浮かべていた。

 一歩間違えれば死。そんな死地へと単独で乗り込む任務を、たいした事がなかったと言う。それは裏打ちされた実力と実績があるからこそであり、かつての自分の様に鼻にかけた言い回しでもなく、純粋にそう感じていたと言わんばかりの感想でしかない。

 ――やはり、高みは遠い。
 彼女は改めてそう確信するのであった。

「み、瑞科先輩。今日は私服選びで良いですか?」
「えぇ。あ、もし良かったら行きたい所があるので付き合ってもらってよろしくて?」
「はい、もちろんです! さぁ、いきましょー!」

 あまりの違いに落ち込みそうになった自分を奮い立たせる様に声をあげ、彼女は瑞科の背を押して歩き出すのであった。










「……瑞科先輩。これってもしかして……」
「どうしたんですの?」

 色とりどりの上下のセットが飾られている店内。少しばかり暗めの店内で、スポットライトが点在している、少し大人びた雰囲気のお店。

 ――瑞科によって連れられたのはランジェリーショップである。

 店内には男子禁制を物語る様な女性達特有の雰囲気が充満している。まだ19歳という彼女は、瑞科によって連れられた大人のお店に困惑しつつ、飾られている下着に目を向けては恥ずかしそうに目を泳がせている。

「これはこれは、白鳥様。ようこそおいで下さいました」

 スーツ姿の女性が歩み寄り、瑞科に向かって声をかける。年の頃は二十代中盤といった所だろうか。年齢よりも落ち着いた雰囲気で接客している。

「また何点か見させて頂きたいんですの。構いませんか?」
「えぇ、もちろんで御座います。お連れ様のものもこちらで見繕わせて頂きますね」
「え、あの、私は……」
「では、あちらの試着室の前で少々お待ち下さい」

 店員が奥へと早足で歩いて行くと、すぐに何名かのスタッフに声をかけて下着を見繕い始める。
 店員達は、瑞科がどこぞのお嬢様だと思っている。それはその口調と、一度来た際に、金の糸目を気にせずに買う豪胆さからそう判断しているに過ぎない。

 もちろんこれは、瑞科が普段からショッピングに勤しむタイプではない故のまとめ買いとも言えるのだが。

 それ故に、瑞科が連れて歩いているとなれば、当然連れにも売り込みという魔手は伸びる。
 しばしの後、彼女が持って来られた下着の値段を見て、思わず眩暈を感じる事となるのであった。

「――どうかしら?」

 結果として瑞科の試着を待つ事になった彼女は、試着室の中から聴こえてきた声に視線を向ける。試着室のカーテンを開けた瑞科は、下着姿で立っていた。

 きめ細やかな美しく白い肌。戦場に身を置いているとは思えない、傷一つない姿。
 そんな肌とのコントラストの映える、黒いレースのついた下着姿。その大人っぽさに彼女は思わず唖然とし、口を開けた。

「あ、き、綺麗だと思います……」
「そうかしら……?」

 くるっと回ってみる瑞科。その弾みに双丘が揺れ、同じ女性でありながらもつい視線が向いてしまう。
 そんな彼女を他所に、瑞科は少々険しい表情で鏡を見つめた。

「フィット感はありますけど、戦闘となると心もとないですわね」
「そっちですか!?」

 思わず彼女のツッコミが店内に響き渡ったのは言うまでもないだろう。





 数点の下着を購入し、その後も服を選んで歩いていく瑞科達。

 瑞科の後輩である彼女は、瑞科のその普通以上に任務に対する拘りを見せる下着選びや洋服への無頓着さが気になり、食事と休憩の為に立ち寄ったレストランで食事をした後、瑞科に向かって尋ねた。

「瑞科先輩は、怖くないんですか? 任務には死がつきまとったりするのに」

 それは、彼女ら武装審問官がいつも背中合わせにしている感情だ。
 しかし瑞科ならばどうなのだろうか。そう気になった彼女は、瑞科に向かって訊いてみたのだ。

 瑞科は僅かに考え込む様に目を瞑り、そしてゆっくりと瞼を開けて彼女を見つめた。

「私は死にませんわ。まだまだ、果たせていませんもの」

 その言葉の意味を追求する事も出来ず、彼女は息を呑む。
 そして改めて、その眼に宿った鋭い眼光に魅入られてしまう事になるのであった。

 どうしても、この人に追い付きたい、と。
 いつか追いついた時こそ、訊く権利が得られるのだ、と。

 彼女はそんな想いを胸に抱きながらも、小さく武者震いを感じる。

 買い物をして休日を楽しんでいる場合ではない。訓練をして、一歩でも瑞科に近づかなければ、と想いを新たにするのであった。