コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


襲来する悪魔―T






 東京近郊の山間部にある教会の本部。その地下には、対悪魔戦闘用の装備品などを開発している研究施設が設けられている。平時は研究者以外の出入りは禁止され、その技術を秘匿している、【教会】の中でも更に秘密の多い部分であると言えるだろう。

 ――しかし、瑞科はここに呼ばれる事が多い。

「いやぁ、瑞科ちゃん。急に呼び出して悪かったねー」

 屈託のない笑みを浮かべて瑞科へと手を振る、さながら少女の様な見た目をした研究者。そんな彼女こそが、この【教会】における技術開発の最高責任者であり、瑞科と親しい女性であった。

「いいえ、お気になさらず。それで、どうなさったのです?」
「あっはっは、私がただお茶したい為だけに瑞科ちゃんをこんな所に呼び出す訳ないよー。ここに来てもらったんだから、もちろん……――」
「――何か新しい“作品”が完成した、と?」

 瑞科が続ける様に答えると、研究者の女性はその口角を吊り上げて笑みを浮かべた。

 百聞は一見にしかずである。そう言って瑞科を奥へ付いて来る様に促した研究者のその女性は、その華奢で小柄な身体でくるっと踵を返して歩き出した。

 研究施設で開発された武器は、一般的にはテストを繰り返しながら修正を施し、それが武装審問官などに支給される。そういったテストを行うのは、一般的には末端の武装審問官であり、実力や評価の高い人間はテストに協力しない。
 これはひとえに、実力者達の動きを阻害する形にならない為の配慮であり、末端の武装審問官の訓練も兼ねている為である。

 しかし、こうして直接瑞科へと開発したものを手渡すのは、この研究者の女性が瑞科の為だけに仕立てあげた装備を開発する事が理由である。

 トップの武装審問官に対して、トップの技術開発者がその腕を振るう。
 至極単純な話であるが、それだけ【教会】も研究者の彼女も、瑞科に対して評価をし、期待をしているという事に他ならない。

 ともあれ、瑞科は彼女の腕を高く評価し、その道のプロフェッショナルとして尊敬していると言える。瑞科にとっても今回こうして呼ばれた事に対して、好奇心をくすぐられているのは事実であった。

「まぁとりあえずこっちに来てよ」

 促されるままに、さながら小学生かの様なサイズをしている先輩研究者の後ろを歩いていく瑞科。当然、研究機関のトップにいる彼女と、武装審問官としてその名を知らしめている瑞科の二人の組み合わせは周囲から興味を抱かれ、その視線にさらされることになるのだが、二人は至ってその事を気にしていないかの様に真っ直ぐ歩いて行く。

 研究施設内の内装は、全体的に白く統一されている。白と銀色の機械のコントラストといった所だろうか。明るく、それでいて無機質な空間であるとも言えるだろう。
 その中を奥へ奥へと進むと、女性研究員ばかりが集っている別室へと連れられる事になった瑞科であった。

 ここは武装審問官――つまりは戦うシスターの戦闘服などを開発している部署であり、男子禁制とも言える場所である。当然、試着するテスターは他にいるのだが、その前の試着はここの研究員達が担っているからである。
 女性だらけの空間である為、どこか華やかな匂いが充満している。

 中へ入ってきた二人を見るなり、周囲の研究者達が手を止め、その動向を見守る。さすがにそれには瑞科も違和感を感じたが、瑞科を連れ立って歩いている少女の様な彼女はむしろその慎ましやかな胸を張ってみせる。

「ふふん、みんなもお待ちかねみたいだねー」
「お待ちかね、というと?」
「ふふふ、さぁ、瑞科ちゃん。こっちこっち」

 得意気な声色で瑞科に答えると、奥のガラスケースの前で足を止めた。
 ガラスケースの横にはボタンが用意されており、今はガラスもスモークを張っていて中を見せようとはしない様だ。

「さ、これだよ。瑞科ちゃんの為に用意した――」

 その言葉と同時にガラスケースの横のボタンを押すと、スモークがみるみる晴れていく。

「――新しい戦闘服!」

 満を持してその場に見せた彼女は、瑞科のその反応を横目でちらりと見てみる。
 しかし瑞科の表情は少しばかり首を横に傾げただけであり、あまり驚きを示しているものではない。

 それもそのはずだろう。ガラスケースの中に飾られているのは、これまでも瑞科が着ていた戦闘服と一切見た目の変化がないのだ。

「これは……?」
「うん、見た目は一緒なんだよね。だから驚かないのは無理もないけど、もうちょっと反応欲しかったなー。ツッコミとか」

 瑞科の性格を知っている彼女は、瑞科がそんな性格をしていない事は重々承知していてそう言っているのだ。
 隣りにあった操作盤を動かすと、ガラスがそのまま地面へと吸い込まれ、新しい戦闘服が目の前に顕になる。

 やはりこれまでと変わっていない様にも見える。そんな事を感じながらも、瑞科はその戦闘服を手渡され、手で触れる。
 その時、僅かに瑞科の表情に変化が生まれた。

「……素材が違うみたいですわ……」
「さすがだね。ささ、そっちのカーテンの向こうで試着してみてよ」
「えぇ」

 促されるままにその先へと向かい、瑞科はカーテンを閉じる。

 上着とスカートを脱ぎ、下着姿となった瑞科は真新しいシスター服を上から着る。
 身体にしっかりと貼り付き、まるで筋肉の動きを邪魔しないどころかカバーする様な密着感。しなやかでありながら大きな双丘も押し付けられる事なくフィットし、腰まわりも無駄がない。
 太腿まであるニーソックスを通し、肌をしっかりと保護させる。こちらも上着と同様に、これまでの物とはフィット感が違う。肌につけている事すら忘れてしまいそうな程、自然な感触であった。編み上げのブーツを履きながら、改めて瑞科はそれを実感していた。
 胸を強調するかの様にコルセットをつけ、その上からケープを纏い、頭には純白のヴェールを乗せる。そして腕には二の腕まで続く白く意匠の凝らされた布地のグローブと、その上から手首までしっかりと固定させるグローブをつける。

 ご丁寧に用意されていた自身の剣を腰ベルトと共に帯刀し、瑞科は勢いよくカーテンを開いた。

 その顔はどこか楽しげでありながら、そして戦場に向かう戦乙女の様な凛とした表情であり、思わずその姿を見ていた他の研究者達からはため息が漏れる程であった。

「どう?」

 それは確信している言葉を待つ為の言葉である。
 研究機関のトップである彼女のその問いに、瑞科は口角を吊り上げ、頷く。

「最高ですわ」
「今は、ね」

 いずれはそれすら越えてみせよう。そう言わんばかりの彼女の受け答えに、瑞科は再び笑みを深めるのであった。

 そんな二人のもとへ、一人の女性研究者が駆け寄った。

「し、白鳥さん。緊急出動指令です。至急ブリーフィングルームへ来る様にとの伝令です!」

 その言葉に、瑞科は長く艶やかな髪を横に手櫛で掻き分ける。

「ちょうど良いですわ。試着試験も兼ねて行ってまいりますわね」
「うん。改良点があったら聞かせてね」

 これから死地へ赴くとは思えない様な二人の会話に、その伝令を告げた女性は唖然としてしまうのであった。



 再びの任務へ、瑞科は新たな戦闘服のフィット感を楽しみながら赴こうとしているのであった。





to be countinued...