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<東京怪談ノベル(シングル)>


最高の素材







 新たな戦闘服に身を包んだ瑞科が去った研究所内部で、瑞科の戦闘服の開発に携わった研究員達は、瑞科の先輩にあたるトップのもとへと歩み寄る。

「よろしかったのですか?」

 研究員の一人が尋ねる。
 本来であれば、瑞科に渡したあの戦闘服はまだ完成したとは言えない。もともとこの日、瑞科に試着をさせた上で、感想を聞き、そして最終調整に入るという心算であったのだ。
 しかし唐突な任務に参加する事になった瑞科は、それ着たまま出て行ってしまったのである。

「問題ないよ」
「ですが、まだあれは量産は出来ませんし、せめて予備の素材が届くまでは……」

 そう告げる研究員に向かって、彼女は笑みを浮かべる。
 その笑みは容姿とは似つかわしくない、何処か冷たさすら感じられる笑みだ。普段とは違う彼女の笑みに、思わず研究員は固唾を呑んだ。

「あの子は今までに傷一つ負った事はないの。そんなあの子が、激しい戦闘に身を委ねる。これ以上にない運動性能テストになる。
 最高のテストだと思わない?」

「そ、それはそうですが……」

 答えを濁らせる研究員に向かって彼女は再び小さく笑う。

「最高の作品をテストするには、最高の環境が必要なの。
 あの子は最高の素材でもあるんだから」

 研究者たる彼女だからこそ、瑞科の戦闘能力を知った上でそれがテストとして完璧であると言い切る事が出来るのだ。
 何も全てを利用しようという心算ではない。

 しかし、自分の作品に対してはそれも辞さない心構えである。

「さぁ、瑞科ちゃん。私の子と一緒に、どれだけのパフォーマンスを見せてくれるのか、楽しみね」







◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 闇夜。雲が多いせいか月明かりすら届かないそんな雲海と地上の間を飛ぶ一機のヘリ。その後部に座っていた瑞科は椅子に座ったままただ目を閉じている。
 やがて薄っすらと開いた瞼の奥からは、まさに研ぎ澄まされたという表現がそのまま体現したかの様にすっとその空気を張り詰めさせた。

「……もうすぐですわね」

 けたたましいプロペラ音にかき消された小さな呟き。
 そしてその直後、後部の扉が開かれた。

「反応があった。この近くだ!」
「えぇ、分かっていますわ」

 新品の戦闘服には似つかわしくない、ショルダーバッグを背負った瑞科がその開かれた扉から身を投げ出した。
 街頭すらないその山間部へと飛び込むというのは、まさに闇に飛び込むそれだ。天気の悪さがその闇を深める結果となっているが、瑞科はそこに何の恐怖も感じる事もなかった。

 ただ瑞科が感じていたのは、この新しい戦闘服の性能の良さ。そして、これから戦いに身を投じるという、独特の昂揚感だけが彼女の心を満たしている様であった。

「さぁ、悪魔と闇夜のダンスですわ……」

 瑞科はブリーフィングの内容を思い出しながら、遥か先に僅かに感じる気配に向かって空を滑空し始めた。



 ――最悪の事態。それが現実のものとなった可能性がある。



 唐突にブリーフィングルームへと呼び出された瑞科に告げられたのは、そんな言葉であった。
 悪魔を召還する際に生じる、特殊な磁場の変化。磁場が唐突に乱れ、悪魔がこの現世へとやってきた可能性が高いというのだ。

 異変を察知したその場所へとやってきた偵察部隊は悪魔と交戦し、敗北。そこで瑞科が出撃する事となったのである。




 パラシュートによって減速した瑞科は、木々の生い茂る森を越え、山道を走る道路へと降り立ち、そのままバッグを脱ぎ捨て、まっすぐ道路の先を見つめた。

 ひたりひたりと音を鳴らしながら歩み寄る足音。
 その足音の主もまた、瑞科に気付いたのか、ゆっくりと足を進める速度を落とし、そして立ち止まった。

 ――咆哮が鳴り響く。

 獰猛な獣の様な唸り声をあげながら、四足の構えをとった人型の悪魔。これまで何度となく対峙してきた悪魔と同じだが、決定的な違いがあった。

 それは悪魔の初動によって、瑞科も理解する事となった。

 弾けるように飛び出した悪魔の初動は、今まで瑞科が倒してきた悪魔とは比にならない程に速く、そして鋭い一撃を放つ。
 媒介によって人間の身体を使う悪魔とは、肉体が持つスペックの違いが大きい。悪魔にとって、人間の身体は脆弱で、力を発揮出来ないようだ。

 しかし、直接この世界に現れた悪魔は、自身の慣れ親しんだ身体で戦う事が出来るのだ。それは直接、戦闘能力に影響を及ぼしている。

 それでも瑞科は一切動じる事もなく、その攻撃難なくかわしてみせる。

「……フフフ」

 艶の孕んだ笑みを浮かべ、瑞科はただただ小さく口角を吊り上げ、そして悪魔を真っ直ぐ見つめた。
 鞘にしまったままであった銀剣を抜き取り、その切っ先を悪魔に真っ直ぐ向ける。瑞科のその剣先を照らす様に、雲海が避けて月が姿を現した。

「いきますわよ……!」

 瑞科の反撃が始まる。

 いつもの瑞科の戦闘スタイルは優雅に、それでいて確実に舞う様に敵を屠る。それはあまりに大きな実力の差から、瑞科自身が本気になれず、ただあしらう様に戦う故にそう見えてしまうのだ。
 そしてその度に、瑞科は「この程度か」と心のどこかで落胆する。

 自身の強さを、今よりもっと先を追及している瑞科にとって、今までの戦いはどこか不完全燃焼とも言える内容であった。
 自らの持つポテンシャルを最大限発揮する事もなく、戦いは終わってしまうのだから。

 ――しかし、この悪魔が相手ならば。
 そんな不謹慎ながらも若干の期待を胸に抱きつつ、瑞科は動き出す。

 僅かに腰を落として膝を折り曲げ、地面ぎりぎりを滑空する様に飛び出す瑞科。その動きの速さに悪魔も僅かにたじろぎ、それでも対応してみせる。
 瑞科が横薙ぎに振るった剣は悪魔に避けられ、悪魔が反撃に鋭い爪を振り下ろす。しかし瑞科もこれを足で蹴って横へとはじき、そのまま横へ飛び、ふわりと着地してみせる。

(……この服は素晴らしいですわね)

 戦闘の最中でありながらも、素直に用意された戦闘服への感想を心の中で呟いた瑞科である。

 今までの服よりも動きやすく、それでいて窮屈ではない。素材が違うとは言っても、ここまでの変化があるとは思っていなかったのが瑞科の本音であった。
 しかしこの服は見事に、瑞科を“邪魔しない”。

「さぁ、まだまだダンスタイムは始まったばかりですわよ」

 月光に照らされながら悪魔へと告げる瑞科。
 笑みを浮かべた彼女の本気の戦いが、ここから始まろうとしていた。







to be countinued....