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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


三人の邂逅――奈美






 雑居ビルの一室。決して広くなく、それでいて真新しさもないティア・クラウンの事務所となっているこの場所。古い造りのせいか、時折不注意と自分の背の高さが不幸を招き、奈美の頭部に激痛を招く事もあるが、それでもここは奈美が所属している芸能事務所であり、その事に関しては自分の不注意が原因だと額を擦りつつ笑ってみせる。

 スーパーという、色気も何もない場所。その上、特売セールというタイミングの中で声をかけてきたスカウトマン。そんな見ず知らずの男を家に連れ込み、そのまま親と面談させるという奈美の堂々としているとも言える行動力をそのままに、奈美は事務所で雑務を手伝っている。

 ――一歩間違えれば、仕事を増やしかねないのが玉に瑕というヤツだろう。

「するってーと、スカウトに出ているのはあと一人いるって事か?」

 男勝りな口調でスーパーで自分に声をかけたスカウトマンに尋ねた奈美は、相変わらず額を擦っていた。

「えぇ、そうです。奈美さんと同期にあたる白兎さん。それともう一人でユニットを組んでもらうつもりなんですよ」

 奈美が用意してくれたお茶を口に運びながらスカウトマンの男がそう告げる。

 そもそもお茶汲みは事務員の仕事であり、スカウトマンである彼らの仕事だ。それでも奈美がお茶を汲んでいるのは、ひとえにその世話焼き体質故といった所だろう。
 これから世話になるのだから、と一切スカウトされた事を鼻にかける事もなく自発的に手伝いを申し出た奈美に、周囲からの印象も好印象である。

「そうなると、その人が良い人を見つけて来ないとって事かぁ」
「そうなるね。だけどさっき、事務所に連絡が来たんだよ。これから連れて来るってさ」
「お、そいつは楽しみだね」

 これから自分が組むというもう一人の仲間に、僅かに期待に胸を躍らせる奈美であった。

「あぁ、そういえば。もう白兎ちゃんも来てるみたいだよ」
「ん? 姿が見えないけど……」
「あっちのソファーですっかり倒れちゃってるよ」
「暑いのダメだって言ってたからなぁ。ちょっと声かけてくる」

 奈美はそう告げてソファーに向かって歩み寄っていく。

 ソファーの上にいたのは、デフォルメされた白い兎獣人そのものであった。白兎の正体とでも言うべきか、どうやらすっかり暑さにまいっている様子だ。

 以前一度顔を合わせる事になった奈美は、白兎とは既に交流をはかってある。奈美や白兎は比較的早くこの事務所のスカウトに声をかけられたと言えた。とは言え、ここ一ヶ月の中での出来事であり、それはさほど遠い記憶という訳ではないが。
 
 とにかく、猛暑日と呼ぶには相応しい今日という日は、どうやら白兎にとっては致命的とも言える様だ。

「大丈夫かー? 白兎」
「無理……暑い……」

 言葉少なに返す様子から、その華奢な体躯から体力を奪ったであろう猛暑の厳しさが感じられる。そんな白兎に対し、奈美は苦笑いを浮かべつつも再び声をかけた。

「お茶でも用意してこようか」
「うん……お願い……」

 どうやら喋るだけでも憚られるらしい。そんな白兎の様子を尻目に、奈美は再び勝手知ったる給湯室へと向かう。
 給湯室に向かいながら、何度か苦渋を味合わされた頭をぶつけぬ様に回避する。回避出来た事に満足気な笑みを浮かべている奈美は、幾分か子供らしいいたずらっぽい笑みを浮かべ、給湯室の中へと入って行く。

「あれ、伊座那さん。どうしたの?」

 給湯室へとやってきた奈美に声をかけたのは、白兎をスカウトしてきた女性スカウトだ。キリッとした印象と整った顔立ちから、美人と思える綺麗な人である。
 白兎を紹介された際に同行していた女性である。

「あぁ、白兎が暑さでまいっちゃって……」
「あらら……。無敵の可愛さを誇るあの子も、この暑さには通用しない、か」

 苦笑混じりにそう言ってブラックのコーヒーを口にする女性に、奈美も苦笑を貼り付けた。
 奈美が白兎の為にお茶を用意している姿を横目に、女性は流し台にもたれかかる様に奈美の隣りから声をかける。

「ねぇ、伊座那さん。あの子とはうまくやれそう?」
「あの子って、白兎?」
「そう」

 そう尋ねた女性の表情は真剣そのものであった。
 白兎をスカウトしてきた以上、周囲とのやり取りにまで気をかけるのは当然と言えるだろう。

 だが、少々彼女の心配はただの心配とは毛色が違うものだ。

 白兎の正体。それに気付いたのは契約を済ませた後であった。
 新人アイドルグループを輩出してきた新進気鋭のティア・クラウン。そこに舞い込んできた、言うなれば男の娘。
 その異質とも呼べる存在でもある事から、急いで社長に駆け寄る事になったのだが、社長は笑って快諾してくれた。その事は彼女にとっても有り難い事であった。

 残る問題は、そんな男の娘とユニットを組む者がどう受け止めるか、だ。

 アイドルとなれば楽屋は同室になる事も多くなる。
 着替えなどでも影響が出るかもしれない。

 一番厄介なグループ内の恋愛は白兎の性格上有り得ないかもしれないが、いつ何がどう転ぶかは予測しかねる。

「良いんじゃないの? なんだか楽しそうだし」

 あっけらかんと答えた奈美の答えに、僅かに安堵する女性。そんな女性に奈美は続けた。

「まぁ男の子でも、あれだけ可愛ければ問題ないと思うよ」
「そうよね、男の子で……も……?」

 奈美の言葉に女性は驚き、言葉を止めた。

「き、気付いていたの?」
「なんとなくね」

 あっさりとそう言い放った奈美はお茶を用意して給湯室を後にしていく。その場に取り残された女性は、そんな奈美の態度に素直に胸を撫で下ろして良いものか逡巡する女性は、コーヒーを口に運びながら小首を傾げる。

 白兎が男の娘である事に気付かなかったのは自分だけなのだろうか、と。


 そんな彼女の葛藤を露知らず、お茶を持って奈美が白兎のもとへと向かって歩いて行く。閉まっていたはずの扉が半開きになり、中には白兎しかいなかっただろうその場所へと入っていく奈美が、扉の中へと入り、声をかけた。

「白兎ー、お茶持ってきたー……って、ん?」

 中に入った奈美の目に飛び込んできたのは、緑色の髪をサイドで一括りにした和装の愛らしい少女だ。手に抱いた赤いぬいぐるみと、一緒に抱き締められた白兎は、まるでぬいぐるみを二つ抱いている少女の姿である。
 とは言え、そんな少女に抱き締められている白兎は苦しそうにバタバタともがいている。

「ちょっとちょっと、苦しそうだよ!?」
「え、あ、ごめんなさい!?」
「ぷはぁ……、し、死ぬかと思った……」

 どうやら少女の大きめの双丘に押し付けられたせいか、窒息しかけていたであろう白兎を助ける事になった奈美は、苦笑を浮かべてその様子を見つめた。

「ご、ごめんなさい」
「いや、良いけどね。それで、あなたは?」

 白兎がようやくデフォルメされた獣人族の姿から、人間の少女の姿へと変わり、理絵子を見上げる。本来であれば人間にその様な姿を見せる訳にはいかないのだが、その姿に驚くどころか目を輝かせている緑色の髪の少女相手ならば問題ないだろう。

 奈美もまた、白兎にお茶を手渡してその横に立った。

「集まってるね」

 そんな奈美達のもとへと三人の男女がやってきた。自分をスカウトしたスカウトマンと、先程給湯室で話しをした白兎をスカウトしてきた女性。そしておそらくは、この緑色の髪の少女をスカウトしたのであろう男性だ。

「因幡さん、伊座那さん。紹介しよう。彼女が最期の一人となる予定の、逸見・理絵子さんです」
「え、あ、あの。話を聞くだけのつもり……」
「へぇー、これで揃ったって訳か。この三人でやるのかー。楽しそうだな」

 小さな呟きを気にせずに奈美が告げる。奈美の耳には届かなかったようである。

「よろしくな、理絵子」
「え、っと、はい……」

 声をかけ、第一印象を大事にする様に奈美は理絵子へと向かって握手を求める様に手を伸ばした。少しおどおどとした印象ではあるが、握手に応じる理絵子。
 初対面で握手をするのは奈美のクセとも言えるかもしれない。これは白兎ともやった事であり、大事な挨拶である。

「それで、僕の事なんだけど……」

 そんな奈美と理絵子を他所に、白兎がそう言ってスカウトの女性を見つめた。どうやら白兎もまたその事に対して懸念しているようだ。

「あぁ、性別の事ね? 伊座那さん、逸見さん。因幡さんの性別の事なんだけど――」
「「男の子だろ(ですよね)?」」
「……え?」

 ――やっぱり。
 そう奈美は確信していた。

 白兎は隠すつもりもない様であったし、その事について言及する事はしなかった。それを早い段階で明らかにするにしろ隠すにしろ、それについては受け入れる心算であったのだ。

 驚かされたのは、理絵子がそれに気付いていたという事ぐらいだが、どうやら理絵子もそれを気にする様子は見せていない。

「まぁ良いんじゃない? 面白そうだし」
「可愛いですよね!」

 どうやら理絵子という少女は、そんな事は二の次であるぐらいに白兎の可愛さにまいってしまった様だ。それはそれで面白い組み合わせであるし、先程のわだかまりが消えるのであれば、奈美としても嬉しい所だと言える。

「それじゃあ、問題はないみたいだし、早速三人の歌唱力や実力をテストもかねてレッスンといきましょうか」
「お、やっと始まるのか!」
「ふぇ……?」
「うん、良いよ」

 スカウトしてきた女性の言葉に、三者三様の返事が返される。

 こうして三人の邂逅は無事に済まされ、早速三人は最初のレッスンへと駒を進めるのであった。





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ご依頼有難うございます、白神怜司です。
三人の邂逅、奈美さん編。

こっちはスカウトの女性との関わりから性別について
以前から気付いていたという形にさせて頂きました。

姉御肌である奈美さんらしさを強調したつもりですが、
お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは今後共よろしくお願い致します。

白神 怜司