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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


三人の邂逅――白兎






 堂々たるナンパを成功させた、見た目とは正反対に計算し尽くされた愛嬌を振りまく白兎。そんな白兎がティア・クラウンの事務所に所属が決定してからというものの、これまでにそれらしいレッスンなどは一切行われていない。

 彼――と称するのが憚られる程の愛くるしさを醸し出す白兎であるが――は今日、これから自分が組む事になる三人目を紹介するという名目で事務所に呼び出され、事務所を訪れたのである。

 外は猛暑日そのものだ。
 コンクリートから照り返す地熱が気温を更に上昇させ、目も眩みかねない程の太陽の眩しさ。肌は何をせずとも汗ばみ、じわりと湿り気を帯びた風は心地良く感じる事すらなく、その整った顔を顰めさせる程であった。

 それ故に、白兎はその暑さにすっかりまいっていた。

 ティア・クラウンの事務所へと訪れた白兎は現在、デフォルメされた兎の様な兎獣人の姿でソファーの上でぐったりとしていた。

「大丈夫かー? 白兎」
「無理……暑い……」

 すっかり倒れこんでいるその白兎へと声をかけたのは、既に顔合わせを済ませた仲間と呼べる存在、奈美である。

 当初の奈美への印象は、自分とは正反対であると感じた白兎であった。
 可愛らしさとはかけ離れた、美しさを醸し出す黒髪の女性。それでいてボーイッシュな性格をしているのが奈美だ。
 男でありながら可愛いものをこよなく愛し、そして計算し、完成された可愛らしさを振りまいている白兎とは正反対の位置にいると言っても過言ではないだろう。

 そんな初対面の印象であったが、白兎は奈美を気に入っていた。むしろ好みの部類に入る美人であり、面倒見も良いのだから。

「お茶でも用意してこようか」
「うん……お願い……」

 言葉少なにそう返事をした白兎に、奈美は苦笑を浮かべつつもその場から立ち去っていく。

 暑さにまいりながらも、白兎はまどろむ意識の中で懸念している自分の性別に対して思考を巡らせていた。

 可愛さに対して追求するという点では、その辺にいる女性よりも自分は完璧だと自負している。当然、その事に対して矜持を抱き、自分の完璧さを自負している。それは自信過剰とも取られかねないが、誰もそんな批評をする事はないだろう。それだけ、白兎は完成された可愛さを作り上げているのだ。

 しかしながら、アイドルともなれば話は別だ。

 自分対世界。そんな構図をこれから相手にするとなる。それでもバレない自信はあるし、うまくやれるだろうという確信めいた想いを抱いている。

 問題は、同じグループになるという奈美。そしてこれから出会う事になるだろう相手が、どう捉えるか、だ。
 生憎スカウトの女性から、性別を明かすか否かは上と相談してから伝えると言われているものの、今の所その答えはもらっていない。

 初対面で明かすべきなのか、それとも隠し通す心算なのか。事務所の方針に従う覚悟は白兎にも出来ている。
 現に奈美に対しては簡単な紹介していない為、性別云々は告げていなかった。

(……どうなるのかな、僕)

 ごろん、と寝返りつつ天井を見つめた小さな兎は、そんな思考の海に投げ出されながらも次第に目を閉じて行くのであった。




「可愛い……!」

 眠っていた白兎の耳に飛び込んできた、聞き慣れた賛辞の声。寝ぼけながらもその賛辞に対して「当たり前でしょ」と心の中で言い返す白兎である。

 ――しかし次の瞬間、白兎は僅かに開いた視界が緑色の和服に包まれ、そして押さえつけられた様に息が出来なくなった。

 頭を押さえつけられ、おそらく抱き締められているだろう事は白兎にもすぐに理解出来た。しかしながら問題は、ただ抱き締められている訳ではなく、自分の顔を埋められている場所である。

 抱き締められる直前に見えた緑色の髪の少女の、豊かな双丘。それが問題なのだ。

 いくら男の娘であるとは言え、中身は男の子である白兎。その恥ずかしさと息苦しさから必死に抵抗を試みるも、デフォルメされた兎ともとれる兎獣人の姿であり、かつ5歳児程度の体躯である白兎の抵抗では、その腕は振りほどけそうにない。

 女性の胸の中で死ぬなんて、世の男性であればちょっとした夢だと口にする者さえいるだろうが、白兎にとってはそんなの冗談ではない。
 そんな脱線した考えが過る程度に意識が混濁し、既に魂が半分抜けかけていると言えた。

「白兎ー、お茶持ってきたー……って、ん?」

 そんな白兎の耳に届いた奈美の声に、白兎は奈美に助けを求める様にバタバタと再び慌てて抵抗を示す。奈美ならばこの異常事態をどうにかしてくれる。そんな何とも言い難い信頼を抱いている白兎である。

「ちょっとちょっと、苦しそうだよ!?」
「え、あ、ごめんなさい!?」
「ぷはぁ……、し、死ぬかと思った……」

 ただの冗談でそんな言葉を言う事はあっても、今回は本気である。白兎は大きくを息を吸い込み、そして吐きながら呼吸を整えつつ、抱き締めていた少女を見上げた。
 緑色の髪をサイドでアップにしている少女。和装姿と蝶のヘアバンド。見た目に厳しい白兎にとっても合格であると言える。

「ご、ごめんなさい」

 そう言いながら頭を下げる少女に、白兎は気恥ずかしい気分で目を逸らした。

「いや、良いけどね。それで、あなたは?」

 デフォルメされた獣人族の姿から、人間の少女の姿へと戻り、白兎は少女を見上げた。兎獣人の姿を見て可愛いと言って抱き締め、喋った事にも驚かない様子から、既に少女もまた人外である可能性が高いと考えている白兎である。

 奈美が手渡してきたお茶を受け取り、白兎はそれを口に含んでようやく落ち着きを取り戻そうとしていた。

「集まってるね」

 そんな三人へと声をかけてきたのは、それぞれのスカウトマンの三人であった。中へと入ってきた彼らを見つめ、白兎はお茶の入ったコップを机の上に置いて立ち上がる。

「因幡さん、伊座那さん。紹介しよう。彼女が最期の一人となる予定の、逸見・理絵子さんです」
「え、あ、あの。話を聞くだけのつもり……」
「へぇー、これで揃ったって訳か。この三人でやるのかー。楽しそうだな」

 紹介された理絵子の呟きを吹き飛ばす様に次に告げたのは奈美である。かんらかんらと笑う彼女の姿に、白兎も小さく笑みを浮かべた。

「よろしくな、理絵子」
「え、っと、はい……」

 奈美の勢いに負けたのであろう理絵子は、奈美から差し出された手を取って握手に応じた。

「それで、僕の事なんだけど……」

 白兎はその様子を見つめながら、自分をスカウトした女性へと視線を注いだ。

「あぁ、性別の事ね? 伊座那さん、逸見さん。因幡さんの性別の事なんだけど――」
「「男の子だろ(ですよね)?」」
「……え?」

 奈美と理絵子から一斉に答えが返ってきた事に、白兎は思わず声を漏らした。
 完璧である自分の女装が二人に見破られているなど、思いもしなかったのである。

「まぁ良いんじゃない? 面白そうだし」
「可愛いですよね!」

 奈美、理絵子とあっさりとした反応を返された白兎は、胸の中にあった僅かな不安が消えて行く事に気付かされた。

 自分で思っていた以上に、不安だったのだ。
 自分が否定されるのではないか、と。

 それを二人が気にしないのであれば、白兎にとって嬉しい事である。

「それじゃあ、問題はないみたいだし、早速三人の歌唱力や実力をテストもかねてレッスンといきましょうか」
「お、やっと始まるのか!」
「ふぇ……?」
「うん、良いよ」

 スカウトしてきた女性の言葉に、三者三様の返事が返される。

 こうして三人の邂逅は無事に済まされ、早速三人は最初のレッスンへと駒を進めるのであった。






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ご依頼有難うございます、白神怜司です。
三人の邂逅、白兎さん編。

今回はあまり動きがなかったので心理描写に
力を入れて書かせて頂きました。

お楽しみいただければ幸いです。

それでは今後共、よろしくお願い致します。

白神 怜司