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一瞬の夏
見渡す限りの真っ白な砂浜が広がる、それはそれは綺麗な海だった。何しろ砂はさらさらだし、ゴミなんて勿論1つも落ちていないし、まさに『かくあるべし』と言った海である。
砂浜から海へと眼差しを向ければ、沖まで見渡す限り透明な青が続いていて、実に気持ち良さそうで。何となく感動を覚えて潜ってみると、透明な海の中では色とりどりの魚が思い思いに泳いでいる。
底の方には海草が、ゆらゆらと神秘的に揺れていた。手を伸ばせば掴めそうに見えるのに、伸ばしても決して届かない距離にあるのが、何だか不思議で面白い。
砂浜には、元気に走り回る子供の姿。ずらりと並ぶ海の家からは、美味しそうな匂いが漂って来ていて、忙しそうに動き回っている若者はどうやら、この季節だけ雇われたバイトらしい。
食べて行かないかと、声をかけられて笑う。笑って視線をまた砂浜へと向けて、あちらこちらで、思い思いに海を楽しんでいる人の姿を、見る。
砂浜の中ほど、ビーチボールを楽しむ人々の間からは、不思議な悲鳴も聞こえてきた。
「やぎ〜〜〜ッ!? ボールじゃないやぎよッ!?」
「じゃあ次、いっくよー! そーれ!」
「やぎ〜〜〜ッ!!」
「………ヤギ?」
どうやらボールになって居るのは、ヤギによく似た生き物の様だった。とはいえ、ヤギが「やぎー」と鳴くなんて話は聞いたことがないから、きっと気のせいだろう、うん。
だから微笑ましく、短い手足をじたばたさせている様に見えるボールが、砂浜の上に広がる澄んだ青空の下を、楽しげな掛け声にあわせて行ったり来たりするのを眺めた。何度かボールを打ち合って、ボテッ、と砂浜に落ちたらまた、歓声に似た賑やかな声が上がる。
見渡すかぎりの、綺麗な青。空の蒼と海の碧が、水平線で混じり合い、曖昧に溶けて広がっていく。
さて。せっかくの海、いったい何をして遊ぼうか。
●若者であるがゆえの受難
「本当に…どうしたものか」
田中祐介は呟く。
彼は戸惑いの中にいた。
闇の氏族であるヒルデガルド・ゼメルヴァイス誘われ、海へとヴァカンスに来ていたのだが、心ここに非ずと言った風だった。
「どうした、祐介? サンオイルを塗る手が止まっておるぞ?」
白き美姫は意味ありげに微笑んで見せた。
この何日間をホテルで互いを貪っていた相手の杞憂を知っているぞと、その瞳が言っているようで祐介は溜息を吐く。
ついさきほどまでホテルで睦みあったのが夢のような気もしてくる。
最初は氷のように冷たいのかと思った白皙の肌は、瑞々しさ柔らかな感触で自分の手に落ち、夜の褥で花開いた。たっぷりと蜜を溢れさせ、自分を誘う真皓き華。隣で微笑む我が……さて、何と言えばいいのだろうか?
愛しい人。それとも、妻。
「むぅ…………」
祐介は唸った。
義母から「早く孫が見たいわね〜」など色々と言われながら、自分はそれに応じるでも拒否するでもなく、まあなんと言うか今日まで来てしまった。
ヒルデに海に連れて来かれ、貪っているがどこか心ここにあらず。
「はぁ……」
「……ふふっ……どうした、祐介? そんなに溜息を吐いて。心が彷徨い出ておるな。まあ、らしくない祐介の姿も愛らしいが」
ヒルデガルドは妖艶に微笑んだ。
祐介はまた唸るとヒルデガルドを抑え込む。
「こっ……このッ……愛らしいとはどういうことだ。それは普通、男が言うセリフだぞ」
「では、この観客がいる前で囁いてくれるのか? 隋分と、情熱的なことだ」
ふふんと笑うと、ヒルデガルドはチラリと目線で「横を見ろ」と言った。
そこにはヒルデガルドの美貌となまめかしい姿態に釘付けになった聴衆たちがこちらを窺って息をひそめていた。
立ち行く人は皆歩みを止め、買い食いをしていた人間は手にあった物を取り落していた。スイカ割の棒先は砂に埋まった人間に振り下ろされ、警備員は欲情を持て余してトイレに駆け込んだ。
祐介にとっては懐かしく、なじみ深い光景であった。
じぃと、皆の視線が何かを期待するかのように祐介を見る。駆け上がってくる恥ずかしさに、祐介は耐え切れず叫んだ。
「ちっ、散れ! こ、こ、こ、このやろう!」
動揺が隠せない祐介はオイルの入ったボトルを振り回して怒鳴った。
「わぁ! 彼氏が怒ったぁ」
「う、うるさい!」
「ひゃぁ!」
一目散に逃げてゆく観客たち。
「はははっ……愉快だぞ、祐介! お前は実に面白い。娘も喜んでおるぞ」
「ちょっ、こんなところで言うな! ……あぁ、まったく……」
きまり悪くなった祐介は、ブツブツと声をすぼめて抗議する。それを楽しそうに、愛おしそうに見つめてヒルデガルドは微笑した。
迷いふらついていることを指摘されれば、義母に言われた事を正直に話してしまおうかと祐介は向き合った。
「そろそろ子供が生まれるなら……覚悟を決めないと」
ぼそりと呟いた祐介に、ヒルデガルドはキスをした。
「そうか……待っていた甲斐があるというものだ、夫よ」
「んー……そうか、夫、なぁ……」
祐介はふと息を吐き、この掴めない感情を言葉にしようと思考を巡らせた。
先程まで若干重かった心も、口にしてしまえば、意外にすっきりとしてしまう。
(「やはり杞憂か……」)
祐介は苦笑した。
「さて、本題に入るぞ。俺の子はいつ出てくるんだ? 何年も経っていたのに、異界のドアが開くまでそのままで待ってるなんて……大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。問題はない、我が君?」
「……で、いつだ。今度はいきなり顔を見せられるとか、冗談じゃないぞ」
「そんなことはすまいよ。12月だ。『きねんび!』と娘は申しておる……無邪気だな。お前の母御に似て、明るい」
いつになく、優しげにヒルデガルドは笑った。
「はあ? 血は繋がって……」
「知っているぞ。まあ、それは関係あるまいよ、似たものは寄るのだ」
「……そうかぁ?」
胡散臭げに眉を顰めると、拗ねた祐介はヒルデガルドに文句を言う。
「祐介よ……我が君。娘の名は好きに決めてよいぞ。母御も……喜ぼう」
「……だろうな。孫の名前だもんなぁ……」
眩しいビーチを眺め、祐介は何とも言えない溜息を吐く。
とりあえずは、この仕返しを今晩してやるとしよう。そう考えて、祐介は自分自身を納得させることにした。
■END■
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
TK1098 /田中・祐介 / 男 / 18歳/ 孤児院のお手伝い兼何でも屋
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久しぶりです、今晩は! 皆瀬七々海です。この度はご参加ありがとうございました。
受注中に名前を変えました。
イラストレーター名(MS名)ですので、ご存じかとは思いますけれども♪
エリュシオンの方で、連動シナリオに2つ参加しておりまして、納品がギリギリになってしまったことをお詫び申し上げます。
ながーいお付き合い? ……だったヒルデガルド嬢は晴れて奥さまとなり申しましたが、近代稀にみる博愛主義(笑)の氏族の長ですから、東京怪談でのご依頼の方はお気になさらずご参加くださいませ。
さて、娘さんは12月だそうです。
大体、産期なんて変わるものですので、もし続きをご希望でしたらご依頼ください。
娘さんの明るい性格は、おばあ様似だそうですw
さて、どんな子でしょうか?
未来は未知なるもの……また、お会いいたしましょう。
皆瀬七々海 拝
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