コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


朽ちた世界の平和主義者
 未来。荒廃した大地。
 旗艦で救難にきた藤田あやこの前には、かつての面影など見る影もない荒れ果てた地球の姿がある。あまりにも凄惨な景色に、あやこは無意識の内に重い息を吐いた。
 しかし、不意に視界に入ってきたものに、艦を停める。
 奇跡、とはこういう事を言うのだろうか。不自然にもその部分だけまるで世界から切り離されているかのように、平和な日常を過ごしているであろう庭付きの一軒家がそこにはあった。
 攻撃を免れていた場所が、まだ地球に残っていただなんて。……しかし何故、この場所だけ無事なのだろうか?
 不思議に思いながらもあやこは、綾鷹・郁、ディテクターと共にその屋敷を訪問する事にした。どの道、生存者がいるのなら避難を促さなければならない。
 扉を叩く。恐る恐るといった様子で顔を出したのは、何の変哲もない一組の老夫婦だった。彼らは突然のあやこ達の訪問を警戒しているようであり、不安げに手を取り合っている。その事からも、二人の仲が円満である事が窺い知れた。
 老夫婦はあやこ達の事を室内に迎え入れたものの、その態度は彼女達の事を訝しんでいる事を隠せてはいなかった。帰ってくれと言わんばかりに、その言動はよそよそしい。
 この夫婦、何かがおかしい。あやこの慧眼がそう告げる。
 探りを入れようとするあやこ達の事を依然老夫婦は警戒していたが、郁の執り成しで家宅捜査の許可を貰う事に成功した。
 全く、口の上手い少女だ。感心するあやこの視線に気付き、郁は得意気に微笑む。
「この老夫婦、敵と何かやばい取引でもしているんじゃないか?」
「なっ、私はそんな馬鹿な事は決してしない……! 私は、平和主義者だ!」
 あやこに小声で告げたディテクターの声は、老夫婦にも聞こえてしまったらしい。
 激高した夫に、ディテクターはお詫びの言葉を告げる。夫はハッと我に返り、彼らに向かい頭を下げた。
「お願いします、もう帰って下さい。私と妻を、どうかそっとしておいてほしい」
 そう頼んでくる夫の声には、どこか悲痛ささえ感じた。何か彼をここまで必死にさせる理由があるのだろうか。
 けれども、またいつ敵が襲来してくるかも分からないのだ。この場所は、決して安全ではない。
 彼の願いを渋るあやこの耳に、突然悲鳴が響く。振り返ると、頭を抱え、何かから逃れるように身を捩る郁の姿が目に入った。
 そして、そのままその場で茶髪の少女は踊り始める。
「何が起こったの、綾鷹!?」
 あやこの問いにすら答える事が出来ず、ただただ踊り狂う郁。あやこ達は郁を連れ、一度艦に戻る事にする。
 一体何がどうなっているのだろうか。その上、よりにもよってこの忙しい時に侵略者の艦が再訪した。直ちに迎撃するが、既のところで取り逃がしてしまう。
 踊る事をやめようとしない郁は、閉鎖病棟へと預けられる事となった。それでも、彼女の体は踊りを欲した。疲れが、彼女の腕と足を蝕んでいく。
 けれど、音楽が……音楽が鳴り響くのだ。少女の頭の中で、ぐるぐると。
 それが、郁に休む事を許さない。手足が壊死してるにも関わらずに、彼女は踊り続ける。ひどく美しく、ひどく苦しげに。

 あやことディテクターは、再び老夫婦の家へと訪れていた。
 再度避難を促すが、やはり彼らにはここを離れる気はないらしい。
 夫は、二人の馴れ初めを語り始める。半世紀前、旅行中に出会い電撃結婚をした二人。この場所は彼らにとって終の棲家であり、離れ難いのだという。 
 あやこは納得したような素振りを見せ、その場を離れる。ようやく彼女達がいなくなり、夫は安堵した。
 しかし、しばらくして彼は驚愕する事となる。あやこ達が、再び戻ってきたのだ。
「帰ったのではなかったのか!?」
「私はあなた達を保護するわ! あなた達が何を望んでいようと!」
 彼女達は敵艦へと八百長を挑み、敵艦を撤退させてきていた。老夫婦の事を諦めたわけでは、決してなかったのだ。
「そんなの、保護の押し売りじゃないか! 私は梃子でもここを動かない! 絶対にだ!」
 お互いに、譲る気などなかった。言い合いは続く、二人の主張は拮抗していた。
 作戦室に戻り、どうやって老人達を説得するか頭を悩ませるあやこ。そんな彼女に、ディテクターが呟いた。
「今度は敵艦を放置してみろ」
 信じられない、とでも言うかのように、女はオッドアイの瞳を見開く。
「そんな事をしたら、地球が滅ぶわ」
 ディテクターは何も答えない。けれど、彼には何か考えがあるようだ。その事を察したあやこは、彼の提案に頷いた。
「無人の地球を監視しろと?」「何を言い出すんですか!?」「艦長が狂った!」
 しかし、兵士達がそれを許さなかった。叛乱が起き、艦内が荒れる。
 彼らの糾弾に、あやこはその命を失う事となった。彼女の瞳に最期に映ったのは、滅び行く人類の姿だ。

 人類は滅び、地球は死んだ。
 しかし、老夫婦の邸宅は、何事もなかったかのようにそこにあった。
「やはりな。……俺の予想通りだ」
 呟いたディテクターは、夫婦の家へと乗り込んだ。ディテクターの再訪に驚く老夫婦に、彼は告げる。
「奥さん、あなたは死んでいる。そしておまえは……殺人者だ」

 ◆

「な、何を……私は平和主義者だ……。殺人だなんて、そんな事をするはずが……」
 夫の言葉を、ディテクターが遮る。彼は煙草を咥え直し、今回の件について語り始めた。
「敵艦はおまえの産物だった。おまえらは俺達が慄かないので、今度は死んだふりをした。そうだろ?」
 老夫婦からの返答はない。沈黙は、肯定を意味していた。
 しばしの静寂の後、夫がようやく声を振り絞る。「……すまん」その唇が紡いだのは、謝罪であった。
「私は平和主義者で、地球人を見殺した」
 夫の正体は、平和を好む神だった。人間に化けていた時に妻と出会い、恋に落ち婚姻の契りを結んだ。
 けれど、ある日この地球に侵略者が現れる。神通力で脅して撃退を試みるも、それは失敗に終わった。レジスタンスに参加した妻は、――戦死した。
 夫は復讐心のあまり、敵種族を瞬時に滅ぼした。その後、再生した我が家で妻と二人、慎ましく暮らしてきた。罪を全て、忘れようとしながら。
「嫁が斃れるに及んで、敵を瞬殺かよ!」
 ディテクターは唾棄した。怒りを孕んだ言葉は止まらず、咥えられた煙草が揺れる。
「俺達も粉砕すれば良かろうに! 優柔不断で何億死んだ!?」
 老人からの返答はない。全てを知っている癖に、否、全てを知っているからこそ、彼は言葉を紡げない。
 沈黙を守る老人の代わりに、ディテクター自身がその問いへの答えを口にする。
「億どころじゃない。……一兆だ」
 重く、絞りだすような一言だった。
 共感能力で、郁はその全てを悟ってしまったのだろう。そして、そんな彼女を、夫は狂わせた。
「すまぬ……。儂でも、治せぬ」
 夫はあやこを蘇らせた。けれど、そんな彼でも郁の事は治せないのだという。四肢を失い車椅子へと腰をかけている郁を前にして、彼は力なく首を横に振った。
「許してくれ。すまない……」
 繰り返される謝罪に、あやこは何も返さない。郁の乗った車椅子を押し、彼女は屋敷を後にする。
 残された老夫婦は、何を思うのだろうか。それが何であれ、もうあやこの知った事ではなかった。
「永遠にあの家で悩むがいいわ!」
 振り返る事もなく彼女が叫んだ言葉は、幾多もの屍の上に築かれた世界へと溶けていく。
 ある平和主義者が望んだ世界。彼ら以外に誰もいない、ただただ平和なだけの何もない世界に。