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<東京怪談ノベル(シングル)>


堕天を断罪せし者 中篇

踏み込んだ瞬間、ありとあらゆる欲望を混ぜ込んだねっとりとした邪気が社を包み、本来あるべき清浄なる気がどこにも感じられなかった。
くゆりと立ち込める煙から感じる独特な香り。
その香りに覚えがあり、瑞科は小さくため息を零してゆっくりと社の奥へと進む。
社のあちこちに飾り付けられた悪魔像や魔術の文様。
全く碌でもないというしか何もでもない。
そこへ少し前方から趣も情緒も欠片のない派手な足音が聞こえてきて、瑞科はあら、と小首をかしげ、愉しげに腕を組み、右手を口元に当てる。

「いたぞ、侵入者だっ!」
「おのれっ、我らが神聖なる社によくも踏み込んでくれたなっ」

異様に殺気立った教団員たち。
ざっと見渡した限り、その誰もの目がひどく吊り上り、狂気に染まった色を抱えている―総勢30名。
与えられた銃器の先を平然とこちらに向けている時点ですでに異常なのだのは分かっていたが、なんとも滑稽としか言いようがない。
精神の異常な興奮と極限にまで高められた四肢の筋肉。
そして社のあちこちに焚かれているこの香り。
間違いなくこれは違法なもの―麻薬に等しい危険な代物。
ごく微量であろうと常習化していけば、中毒症状を引き起こし―二度と直らない。

「全くどこの悪徳……失礼、悪魔・邪神崇拝の教団というのは危ないものですわね」
「黙れ、蒙昧なる侵入者めっ。我らが神の裁きを受けるがいいっ!」

目を血走らせ、トリガーに指を掛ける教団員。
まともな判断に欠いているのは明明白白。
ふうと息を吐くと同時に瑞科の姿が掻き消え、次の瞬間、数人の男たちが吹っ飛ばされる。

「ひっ!」
「遅いですわ。残念ですが、貴方たちは教主にとって下の下というわけですね」

短い悲鳴を上げて、銃口を向けようとする教団員に憐みを覚えつつも、容赦なく鳩尾に拳を沈める。
カエルのつぶれたような声を上げて倒れかかってくる教団員を振り払い、呆然とたたずむ別の教団員の足を払い飛ばす。
大きく倒れる教団員を踏みつけ、勢いをつけて背後からナイフを振りかざした教団員に肘鉄を食らわせる。
ものの数分で半数以上が沈黙させられた光景を目の当たりにし、恐慌状態に陥った何人かが武器を放り出して逃げ出していくのを確認しながら、やけぶれかぶれとばかりに襲ってくる教団員たちに集中する。
もっとも瑞科の手を煩わせるほどの実力者はないが、砂糖に群がるアリの群れのような連中にいつまでも相手にしているのは時間の無駄だ。

「手間を掛けさせないでいただけますかしらっ!」

手前にいた教団員の腹を蹴り飛ばし、その反動で上に飛び上がると手のひらに力を集中させる。
ほとばしる電流を教団員たちが捉えた瞬間、天から降り注ぐ裁きの光のごとき電撃がその全身を射抜き、全員の意識を焼き切った。
とんっ、と軽い音を立てて瑞科が着地すると焼け焦げた匂いを漂わせて気絶した教団員たちが声にならない苦悶の声を上げてのた打ち回っていた。

「かわいそうですが、自業自得ですわ。恨むなら人に仇をなすことをよしとする者たちに従ったご自分を恨みなさい」

冷やかな言葉を残して、瑞科が白木の廊下に踏み出そうとした瞬間、空気を切り裂く音ともに鋭い刺が無数に打ち付けられた天井が落ち、轟音をあげて床を砕く。
しかも先へと続く廊下20メートル全ての天井が、だ。
横へと避ける通路のない、ただの一本道でこれだけの仕掛けを落とすとはやってくれる。
ほんの一瞬踏み出すのが早ければ、直撃は避けられず、さすがの瑞科も無傷ではいられなかっただろう。

「さすがは武装審問官さん。見事な判断力と回避能力です。いえ、罠を感知する本能というべきですか」

場違いな拍手と明るい男の声が聞こえ、そちらに視線を送ると、下の下と切って捨てた教団員たちの服と異なり、ダークブルーのロングコートとアッシュグレーのボトムスに黒いブーツで身を固めた温厚に笑う男が拍手しながらつり天井の上を渡って来ていた。

「あら、どなたですの?」

くすりと笑いかける瑞科に男はああ、そうでしたねと右拳を左の掌で打ち、恭しく一礼をする。

「初めてお目にかかります。私は教主直属の親衛隊を預からせて頂いている者でございます」
「つまりは親衛隊長というわけですね」
「そうなりますかね……まあ、どうで私にはどうでもいいことなんですけどね」
「まぁ、危険な人」

小さく笑いながらも瑞科は親衛隊長と名乗る男の目に浮かぶ狂気を正確にとらえていた。
先に倒した輩とは明らかに違う―あまたの戦場をくぐり抜けてきた独特の匂いが、この男からは発せられていた。

「さて、一応教主様のご命令です」

にこりと親衛隊長は笑みをこぼすと、その両の掌には大ぶりのサバイバルナイフが握られ、その切っ先が瑞科に向けられる。

「目障りな『教会』の番犬・武装審問官に血の裁きを」

穏やかな口調は裏腹に親衛隊長の動きは俊敏だった。
滑るように地を蹴ったかと思うと、一瞬にして瑞科の間合いまで飛び込み、ナイフを振り下ろす。
だが瑞科はその一連の動きを正確にとらえ、己の間合いに踏み込んできた親衛隊長の攻撃を拳一つ分の距離で回避してのける。
それも予測ずみとばかりに親衛隊長は間髪入れず、まるで演武のごとき無駄のない華麗な動きで切りつけて来る。
素早さと鋭さだけでなく、くり出される一撃全てが即死につながる急所狙い。

―全く危険極まりない男ですわ

格段に違う戦闘力の高さに舌を巻きつつも、瑞科の目から見ればまだまだ隙だらけで反撃はいつでもできた。
しかしこの手の敵は他者の命どころか己の命にも執着を抱かないタイプが多い。
その中でも目の前の敵を倒すことに熱中することが好きな戦闘狂と殺すことに酔いしれる殺人狂の二つに分かれるが、この男の場合は明らかに後者。
戦うのにもっとも面倒がかかる―危険極まりない人物。
一気に沈黙させてしまうよりも、ある程度動き回らせて、充分に絶対的優位を味わせておかないと厄介と瑞科は判断していた。
縦横無尽に振り落される刃を寸前でかわす瑞科に親衛隊長の表情は徐々に恍惚としたものへと変化していく。
当たりそうで当たらないぎりぎりの距離を保つ獲物の実力に驚嘆し、いきなり攻撃の手を変化させる。
その一瞬、瑞科は小さく舌を打ち、剣を抜くと鋭い刃を弾き返して親衛隊長に切り返す。
高い金属音を立てて床を滑るナイフを見て親衛隊長は大きく目を見開くと、凶悪極まりない笑みを刻み込む。
右手にしたナイフで逆袈裟がけと思わせて、一気に心臓を狙ってきた突きに反撃したことに対し、病的な歓喜に打ちう震えている親衛隊長の姿に瑞科は軽い頭痛を覚えた。

「本当に危険な男ですこと」

戦うことよりも命を奪うことに快楽を覚えた殺人狂。
血を求める邪神を崇拝する教団。
当人たちにとっては最高の、瑞科たちや普通の人々にとっては最悪な組み合わせ。
少し遊びが過ぎたと瑞科は反省し、すうっと息を整えた。

「おや、どうするんです?」
「終わりにするだけですわ。これ以上遊んでいられませんもの」

にいっと笑いかけてくる親衛隊長に瑞科は凍り付いた瞳で笑うと、大きく床を蹴る。
攻撃が来ると悟り、身構えたがそれは無駄なことだった。
どっぷりと戦場につかり、いくつもの修羅場を駆け抜けてきた親衛隊長の目に瑞科の姿を捕えたのはほんの一瞬。
瞬きする程度のわずかな時間。
まるで風のように掻き消えたと思うよりも先に腹部に超重量級の砲弾のごとき衝撃と電流が襲い、その凄まじさにだらしなく胃液を巻き散らす。
大きくのけぞって吹っ飛ぶ親衛隊長の身体。
床に落下するよりも早く回り込んだ瑞科は裂帛の気合とともに大きく膝蹴りを食らわせる。
天井とまともにキスをかわし、重力とともに落下してくる親衛隊長の背に容赦なく瑞科は拳を乱打していく。

「がはぁっっっ!!」
「お終いですわ」

冷たい瑞科の声とともに親衛隊長は白目をむき、自らまき散らした胃液の上にごろりと倒れ、そのまま動かなくなった。
ふうと息を吐き出すと瑞科は一瞥することなく、迷うことなく諸悪の元凶たる教主がいると思われる社の最奥へと足を向けた。