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<東京怪談ノベル(シングル)>


堕天を断罪せし者 後篇

頼りない蝋燭の火が無数に並べられた廊下。独特の香りがむせ返るほど立ち込めている。
普通の人間なら正気を保つことはできないほどの強さに瑞科は顔色一つ変えることなく、最奥へと突き進む。
ぼんやりとした明かりに照らされて、闇の奥に浮かぶ青銅のレリーフのはめ込まれた大きな白木の扉。
迷うことなく瑞科は扉に手を添えた瞬間、音もなく扉が開く。
誘い込まれているとすぐに察しがついたが、一切の躊躇もなく瑞科は足を進める。
そこに広がるのは20畳はあろう広間と正面に飾られた白木づくりの祭壇―本来ならば神を祀る神鏡があったはずのその場所にはドクロを抱いた禍々しい邪神の像。

「ようこそ、武装審問官のお嬢さん。あの戦闘狂を倒してくるとはさすがだね」

くくっと愉しげにのどを鳴らし、祭壇の横から姿を見せたのは漆黒の神官服を纏った一人の男。
背は高いが枯れ木のように細い体。げっそりと痩せこけた頬にくぼんだ瞳。
だが、狂気に満ちた色が瞳に宿り、その全身から禍々しい気をまき散らす。
見ているだけで不快に思うが瑞科はそれを微塵にも感じさせず、にっこりと微笑んで見せた。

「初めまして、教主様。でも残念ですが、すぐにお別れさせていただきますわね」
「ほう……それはどういう意味かな?」

ねっとりとした眼差しで嘗め回すように見てくる教主の問いに瑞科は手にした剣の切っ先を向ける。

「武装審問官として―貴方を倒すということですわ」

カッと高い足音が一瞬なったかと思った瞬間、鋭い切っ先が教主の顔面に迷うことなく狙って突いてくる。
短い悲鳴を上げて右へと避けるが、それを読んでいた瑞科はなめらかに―だが、鋭さを増しながら剣をなぐ。
寸前で何とかかわす教主だが、冴え冴えと輝く冷たき月のごとき刃が正確に狙いを定めて追いかけてる。
反撃の暇すら与えられないすさまじい攻撃に圧倒されながらも、教主は何とか寸前で瑞科の攻撃をかわす。
忌々しい『教会』の審問官がこれほどまでに強いとは予想外だった。
それも豊満でしなやかな身体をした美貌の女とは考えたくもない。
こちらの動きを読み、しなやかに、伸びやかに追撃してくる瑞科。
そのすさまじい正確さと鋭さに教主は背に冷たいもの流れていくのを感じた。

「あらあら、それでも教主様なんですの?全く歯ごたえがなくて退屈しそうですわ」

ふんわりと笑って剣を振るう瑞科に教主は憎悪の眼差しを送ると、懐に手を入れ―数枚の札を取り出した。
その表に書かれたのは神の名を刻んだ黒い文字ではなく、邪気を引き寄せる鉄さびを混ぜた赤い文字―血文字。
剣印を結び、振り下ろすと同時に邪気まみれの札を瑞科に向かって放つ。
放たれた瞬間、禍々しい炎をまき散らし、大人の頭ほどの球となって瑞科に襲い掛かる。
とっさに後ろへ飛び、距離を取ると瑞科は動じることなく剣を振るい、火球を薙ぎ払う。
床の上に飛び散った炎の欠片が2、3回飛び跳ねて音もなく消えていくが、それを気に留めることなく瑞科は一息で教主の懐に入り込むと、そのまま左下から切り上げる。
とっさに身体をひねって避けるも、鋭い切っ先は教主の服を切り裂き、その下に隠していた札を切り刻む。

「ひぃぃぃぃいっっ!!」

情けない悲鳴を上げると、教主はやぶれかぶれに剣印を振う。
剣印が振り下ろされるたびに禍々しい火球が無数に現れ、瑞科に襲い掛かるが、無造作に振るわれる剣の前に次々と消え失せていく。
元々は由緒ある神官の家系に生まれ、それなりの素地はあったのだろう。
それがどこで道を間違え、邪神を崇め、教主となったことが哀れだった。
まっとうな―自らの手で殺めてしまった兄と同じ道を歩んでいたならば、惨めな敗北を知らずにすんだもの、と皮肉に感じた。

「だからと言って手は抜きませんわよ!」

火球を弾き飛ばすと、剣を床に突き刺し、それをばねにして一気に間合いを詰める。
編み上げられたブーツに包まれた瑞科の美脚が華麗に舞い、恐慌状態に陥った教主の側頭部を蹴り飛ばす。
くるくるとバレーダンサーのように回転する教主を頭上をきれいに飛び越して前に回り込むと、一息で連続の蹴りを食らわせた。
脆い砂の山のようにあっけなく崩れ落ちていく教主に毛筋ほどの温情も与えず、瑞科はとどめとばかりに邪神の像に向かって蹴り飛ばした。

「任務完了ですわね」

弱すぎて話になりませんわよ、と思いつつ、派手な音を立ててだらしなく倒れ伏す教主に一瞥すると、瑞科はくるりと背を向けた。


常に神聖かつ厳粛な空気に包まれた礼拝堂だが、今は死者を悼む静寂が支配する。
祭壇にひざまづき、一身に祈りを捧げる司令の背がひどく悲しげなのは決して気のせいではない、と悟り、瑞科は黙ったまま、その背後に立つと十字を切って祈りを捧げる。
しばしの沈黙が流れた後、ようやく司令は顔をあげ、自嘲気味に微笑んだ。

「任務ご苦労、白鳥審問官。さすが……だな」
「いいえ。今回の一件、魔の力に魅入られた人の弱さが生み出したものだと痛感させられましたわ」
「そうだな……だが、亡くなった神官もよく言っていたよ。『人の心はひどく弱い。けれど、人を救うのは人。互いを思いやり支え合う―深い優しさを秘めている』とな」

ふっと遠くを見た後、司令は表情を引き締め、下がりかけていたモノクルを直して背筋を正す。

「今回は一個人による邪神教団で他につながりもないようだ。が、教主をその道に引き込んだ存在がいるとの報告もある。こちらについては詳しい調査を指示した。後日、結果が来れば報告がある。また次の任務も頼む」
「了解しました、司令」

踵を鳴らし、司令に敬礼すると瑞科は優美に背を向けて、礼拝堂を後にする。
そのまま長い廊下を戻り、エレベータに滑り込むと瑞科は大きく息をついた。
相手は大したこともなく、二流どころか三下以下で歯ごたえも何もなかったが、犠牲者を未然に防げなかったことに悔いが残る。
もう少し早く動くことができれば、救えたかもしれない。
けれどそれは仮定の話で、瑞科にはどうすることもできないことだ。

「楽な仕事―でも、もう少し叩きのめしておいた方がよかったかしら」

くすっと笑いを零すと、前触れもなくエレベータのドアが開き、柔らかな光が差し込んで闇を照らす。
この光のごとく、闇を切り裂き、人々を守ることが武装審問官の務め、と新たな決意を胸に瑞科は一歩を踏み出した。

                                               FIN